第1章-7【それは唐突に】
俺は儀式が行われる玉座のある大広間に通された。
場内の至る所にレプスが設置され、儀式の様子はこれを通して世界各地にリアルタイムで流れているらしい。
ここは襲撃に備えた兵士達の物々しい雰囲気に包まれている。
この空気に俺は自然と体に力が入ってしまう。
見たところ警備はとても厳重で大広間の壁にそうように兵士が何人も配置されている。
これほどの人数であれば隅々まで目が届くことだろう。
仮に襲撃者が兵士の目をかいくぐって侵入したとしても、その時は魔法兵達が予め設置しておいた罠の魔法で賊を捉えることが出来るとミケファウロスは言っていた。
そういった意味でもここの警備はとても厳重だ。
兵士たちは俺にすら疑いをかけているのか、俺の動向を観察しているように感じる。
俺はそんな兵士たちの視線を受けながら玉座の近くまで歩き、シュークリッドに対して跪いた。
玉座に腰かけているシュークリッドの隣にはガンダルヴァが立っている。
殺気などというものはよく分からないが、見る人から見れば殺気立っているとでも言うのだろうか。ガンダルヴァもまた辺りの警戒を怠らないでいる。
「ハミングよ、この日をどれほど待ったことか。」
シュークリッドは、玉座から少し離れたところで跪いている俺に向かって優しく言った。
俺は投げかけられる言葉に相づちを打ちながら王の言葉を聞き続ける。
「父のことは覚えておられるか?」
シュークリッドは唐突に問いかけてきた。
「父との思い出は私の中にほとんど残っておりません。しかし、受けた愛情は忘れることはありません。そして、父がどれほど素晴らしい人物であったのかは周りの方々の話を聞き理解しております。けれども願わくば父が何を見て、何を感じたのか、それを直接聞きたかったと思わずにはいられません。」
俺のそんな話を聞きながら、シュークリッドの目には涙が溜まっているように見えた。
「良い目をしているな。王となる覚悟は既に出来ているようだ。その目を見ているとあの人のことを思い出す。兄もさぞこの日を待ち望んでいたことだろう。」
「陛下や父の期待に答えられるよう身命を賭して王の責務を果たしていく所存であります。」
俺の言葉を聞いたシュークリッドは無言で頷き、近くにいたエクレードに始めるよう目配せをする。
「ではこれより王継承の儀を行う。ハミングよ、王の御前に。」
エクレードに促され、俺は玉座の前まで歩き王の前で改めて跪く。
俺が立ったタイミングでミケファウロスがシュークリッドの元に王冠を持ってきた。
王冠は金色に輝き、様々な色の宝石が埋め込まれている。
シュークリッドは王冠を受け取ると、目の前にいる俺を見据え微笑んだ。
「この王冠に埋め込まれている石にはそれぞれに意味がある。火、水、土、風、雷、陰、陽。この世の全ての自然、つまりアルダ様の全能の力を表している。これを持つものはアルダ様に代わり世界を導いていく使命を課される。私が先王、エーデルヴァルト様より受け継いだ物でありそして今、私からお主に受け継がれる。お主はこれより、民を先導し統一国家アルダの王として使命を全うするのだ。民は全てお主の味方であり家族だということを忘れぬようにな。」
シュークリッドはそう言うと俺の頭に王冠を載せた。
「新王、ハミング様である!」
エクレードがそう言うと場内に歓声が響き渡った。
歓声が止まないうちに俺は民たちに王となった姿を見せるため街全体が見渡せる露台に立った。
眼前には街が広がっていて、その中心部分の広場には歓喜の声をあげているたくさんの民衆が見える。
俺は民衆に向けて手を振ると、喜びの声がさらに大きくなった。
民は俺が王になったことを喜んでくれている。
その期待に答えられるような立派な王でありたいと強く思う。
ここはとても見晴らしがいい。街だけでなく遠くの山々もハッキリと見ることができる。
今のところ特に目立った動きはない。
遠くの方で煙も上がっていなければ、街のどこかで暴動も起こっていない。
このまま何事もなく終わってくれればいいのだが。
そう思いながら民衆に向けて王となった抱負を述べようとした時、街全体が眩い光に包まれた。
このまま何事も無く終わって欲しいと淡い期待を抱いていたが、それは一瞬にして崩れ去った。
「ハミング王!」
外の異常事態を察したミケファウロスが露台に出てくる。
「襲撃は予想していたが、まさかこれほどとは。」
空を見上げると、煌々と輝く魔法陣が展開されている。その輝きに驚かされたのはもちろんのことだが、それ以上に大きさがとてつもない。
エテッレと同じくらいの大きさの魔法陣が上空に展開されているのだ。
「あれほどの大きさともなると、たくさんの協力者が必要じゃ。敵勢力は我々が思った以上に大所帯であったか。」
魔法陣の光はどんどん強くなっていく。
このまま魔法が発動されれば街ごと消し飛んでしまう可能性がある。
これでは避けようが無い。
「ミケファウロス!何とかならんのか!」
「あれほどの魔法じゃ、長いこと準備していたのでありましょう。あれを打ち消す魔法を今から用意するのは正直なところ厳しいのぉ。ですが、やれるだけのことはやらせて頂きましょうぞ!」
そう言うとミケファウロスは魔法陣に向けて両手を広げた。
大広間にいる何人もの魔法使いがミケファウロスに力を貸すため詠唱している。
「ハミング王、お主の最初の仕事が街を守ることとは全く前途多難ですな。」
「皮肉を言ってる場合か!俺の魔力も使ってくれミケファウロス!」
「もちろんそのつもりですじゃ、王都が焼け野原になってしまってはなんの意味もありませんからな。」
ミケファウロスに魔力を貸すため詠唱を始める。途端に体内の魔力が根こそぎ持っていかれていくのを感じる。
自然のマナが力を貸してくれるがどうやらそれだけでは足らず、体内のオドまで吸い上げられて行く。気を抜けば気を失ってしまいそうだ。
大広間で魔力を提供していた魔法兵士達はほとんど倒れてしまっている。
「我らの命で民を守れるなら本望!」
敵側の魔法陣には遠く及ばないが、こちらも大きな魔法陣が展開されていく。
上空の魔法陣は未だ力を溜め続けているようだ。
「発動される前に破壊しろ!ミケファウロス!」
「またこれを使うことになるとは…アルダ・ガ・ナーヴォドン!」
アルダ様の名を冠する炎熱系最高位魔法の1つ。
山々すら燃やし尽くしてしまう程の威力を有している禁断魔法である。
「…これが最高位魔法。見るのは初めてだ。」
陽の光を一点に収束したような白く輝く光線は巨大な魔法陣目掛けて一直線に飛んでいく。
地鳴りでも起こったかのような爆音と共に光線は魔法陣に命中し、空中に煙が充満する。
「ここまで…とは。」
煙が晴れていき、その隙間から光が伸びていく。
直後、空中に漂っていた煙が一瞬にして消え失せたと同時に魔法陣から巨大な光の柱が轟音と共に放たれる。
それは先程の光線よりも圧倒的な大きさであった。