第1章-4【謁見】
「なんとか、ここまでは敵襲も無く来ることが出来ましたな。」
ミケファウロスは疲れたと言わんばかりに胸をなでおろす。
俺たちは王宮都市、エテッレに入ることのできる門の前までたどり着くことができた。
「ハミング様!よくぞご無事で。」
門を守る兵士が嬉しそうに駆け寄ってくる。
兵士はハミングに一礼するとガンダルヴァに対して素早く敬礼し、現在の状況を話し始める。
「情報は既にすべての兵士に行き渡ったことと思います。我々も最大限の警戒をしておりますが未だ怪しい人物は見つかっておりません。出入りできる門はもちろんのこと城壁の周り、水路、下水道など侵入が少しでも可能と考えられる場所には全て兵士を配置しております。」
兵士は敬礼の姿勢を崩さず報告する。
「了承した。継続して警戒に当たるように。」
了解しましたと一言いうと兵士は持ち場へと戻り、門を開け始めた。
王宮都市エテッレはアルダに数多くある街の中でも1番煌びやかで美しい街だ。
そのため皆ここに住もうとするため人でごったがえしている。
人混みの苦手な俺はエテッレから少し離れたところに居を構えている。
何度かこの街には来たことがあるがここを訪れる度に素晴らしい景観に心を奪われる。
今この街は民衆が今日のために準備してきたであろう飾りやらでいつも以上に煌びやかになっている。
人々が今か今かと継承の儀を待っておりお祭り騒ぎだ。
普段の俺ならば感激し街の散策を始めるのだろうが、残念ながら今の俺にそんな余裕はない。
「若様、王がお待ちです。」
ガンダルヴァは王宮へと急ぐよう促す。
俺は無言で頷き王宮へと歩を進めた。
ガンダルヴァに案内されるまま俺は王の待っている部屋へ向かっている。
さすが王宮だと言わんばかりにあらゆる所に兵士が配置されており警備は万全といった具合だ。
大きな扉の前まで来ると、俺たちが来るのを待ってましたとばかりにゴゴゴと大きな音を立てながら扉が開かれる。
赤い絨毯が一直線に敷かれており、その両側で多くの臣下達が不安げな顔でこちらを見ている。
「ハミング!話は聞いておる、ケガはしておらぬか?」
シュークリッド王は玉座に座りながらとても心配そうに声をかけてくれる。
「ご無沙汰しております陛下。この度はご心配をお掛けしてしまい大変申し訳ありませんでした。」
俺は王に対して跪きながら謝罪を述べる。
「よさぬか、ハミングよ。そなたと私の中ではないか。かしこまらなくてもよい。楽にしてくれ。」
シュークリッドはニコニコしながら他のものも楽にしてくれという。
王の近くに立っていた1人の臣下が鋭い顔つきで口を開いた。
「ミケファウロスよ、お主が傍についていながらなんという失態をしてくれたのだ!ハミング様のお命を危機に晒したのだぞ!」
ミケファウロスに叱責しているのは政策の指揮を取っておられる、エクレード様だ。
とても厳しい方で、一時期勉学を教わっていたが何度も逃げ出したくなった思い出がある。
「返す言葉もございません。自らの力を過信したばかりにこのような失態をしたこと、いかような罰もお受け致しましょう。」
ミケファウロスは深く頭をさげる。
「お主への罰は後々考えるとして、まずは事の詳細を話すがいい。」
そう言われるとミケファウロスはありのまま起こったことを話し始めた。
「なるほど、メイサか。大賢者と言われるお主をもってしても対応できなかった理由がそこにあるのか。」
エクレードがそう言うと辺りに不安の空気が漂いはじめる。
「メイサの実力はよく知っている。あれほどのものが黒幕だったとするならば此度の継承の儀は延期せざるを得ないだろう。民にまで危険が及ぶのであれば致し方ないことであるが。」
シュークリッドは仕方ないという面持ちである。
するとそれに対してガンダルヴァが口を開いた。
「陛下のご意見ご最もでありますが、儀式を中止にした場合の危険性をお話してもよろしいでしょうか?」
シュークリッドは許すと言ったふうに頷く。
「襲撃の際に不可解な点がございます。それは誰も巻き込まない形で馬車を爆発させたことです。仮にメイサの狙いが新王であるハミング様の命であったのなら、あのタイミングで外す事など有り得ますでしょうか?暗殺を得意とするあのメイサがです。どうにも私には他の理由があるのではないかと思うのです。」
周りがざわつき始める。
何人かはガンダルヴァの意見に対して非難の声を上げるがそれには応えず話しを続ける。
「もし、メイサの狙いがハミング様の命ではないのだとすれば、この街、あるいは民に対して何かを仕掛けてくる可能性が大いにあるのです。その状況下で継承の儀を中止とすれば、多くの民がこの街を出ることになります。そのタイミングで襲撃されてしまえば警護の手の届かない場所も多くなり被害がより大きくなることも考えられるかと。」
「つまり、中止になればなったで更なる危険がでてくると言いたいのか。」
エクレードは弱ったとばかりに頭を抱える。
「ガンダルヴァよ、継承の儀を予定通り行うとしてそのタイミングで襲撃があった場合、民を守ることは可能か?」
シュークリッドはガンダルヴァを真っ直ぐ見据えて言う。
「すくなくとも、民がバラけてしまうよりかは救える命は多くなるかと。」
「ふむ…ハミングよ、ガンダルヴァの意見を聞いたお主はどう思う?」
ガンダルヴァの言うことは正しいように思う。
ここで中止にすれば多くの人の命が危険になる。
しかし儀式を行ったとしても危険はつきまとう。
俺は自分を祝ってくれる民たちが危険に巻き込まれるのはごめんだ。
どっちも危険だと言うのならば。
「儀式を行うべきだと思う。俺はガンダルヴァを信じる。必ず民を守ってくれると。みんなを頼むぞガンダルヴァ。」
ガンダルヴァは力強く頷いた。
「よろしい。では予定通り継承の儀をすることとする。」
シュークリッドに異を唱える者はおらず、こうして最大限の警戒をもって王継承の儀を行う運びとなった。