第1章-3【拭えぬ恐怖心】
警護人達が捜索を続ける中、遠くの方から馬が走ってくる音が聞こえた。
音の方向に恐る恐る目を向けると、金髪の少女が必死な顔つきで馬を走らせていた。
その隣には身の丈程ある大剣を背負った大男が同じく必死な顔つきで馬を走らせていた。
「ガンダルヴァ!」
俺はガンダルヴァを見た途端に体の震えが引いていくのを感じた。
アルダの英雄ガンダルヴァ。
統一戦争の際、父率いる七天傑の先鋒隊長として勇猛果敢に激戦区に飛び出して行った戦士だ。
その武功はとどまるところを知らず、数々の勝利を父に捧げた。
彼の信条である領地を侵せど人は侵さずの精神は人々に尊敬の念を抱かせた。
その功績を讃えアルダの民は彼のことを崇め、歴史の礎を築いた大英雄と呼ぶ声もおおい。
俺はそんな大英雄が来たことに安堵を覚えた。
「遅くなって申し訳ありません。若様。」
ガンダルヴァは到着するやいなや馬から飛び降り、跪いた。
「そんなにかしこまらないでくれ!来てくれて安心したよ。」
「お話しはティア殿より伺っておりますが、改めて何があったのか詳細をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
俺はガンダルヴァに事の経緯を詳しく話し始めた。
「なんと…信じられない話ですがミケファウロス様でさえ感知できぬ魔法ですか。そのような事が出来る者といえばやはり……。」
ガンダルヴァはそばに居たミケファウロスと目配せをする。
「メイサ…でありますか。」
ガンダルヴァは信じられないと言ったような面持ちだ。
「まだ情報証拠といった段階で、正確なところまでは分からぬのが難儀なところよのぉ。」
ミケファウロスは不安げに髭をなでながらこたえる。
「ともかく、こうなってしまった以上はこのガンダルヴァ、若様の警護にあたらせていただく所存であります。シュークリッド様の身辺には私の部下を配置しておりますので問題は無いかと。」
「英雄殿の部下であれば心配は要らぬとは思うが、相手がもしメイサであったとするならば油断はできぬ状況ですな。我々も急ぎ王宮へと向かうことに致しましょう。」
ミケファウロスはそう言うと捜索にあたっている警護人達を呼び戻し、彼らに変わって自身の召喚したエメトに捜索を一任し、王宮へ移動することになった。
「ミケ爺、あまり無理をしないでくれ。エメトの継続召喚はさすがにこたえるだろう。」
「ハミング殿がワシの心配をするなど1000年早いわい。いまは緊急事態、悠長なことも言ってられますまい。」
エメト召喚は言ってしまえば毒だ。
常人の魔力量では一体召喚するだけで体内の魔力が枯渇してしまう。それほどまでに魔力をくらい尽くしてしまうのだ。
普通の魔法のように一定の魔力を込めれば完成するのではなく、エメトは魔力を注ぎ込み続けなければならない。
それを何十体と同時に召喚しているのだ。
俺でさえ、せいぜい10体召喚できるかできないかといったところだ。
自然のマナを我がもののように扱えるとはいえ、ミケファウロスの潜在能力には驚かされるばかりだ。
「ミケ爺と同等か、それ以上の敵か。」
ガンダルヴァが来てくれたおかげで心に余裕は多少出来たが、それでも完全に安心しきれない。
それほどまでにメイサという存在に恐怖してしまっている。
これから王になるというのに、怯えきっている自分の弱さにいら立ちを隠せない。
無意識に唇を噛み、噛んだ所から溢れ出る温かさを感じながら王宮へ向かう馬車に揺られていた。