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楽しんで頂けると嬉しいです。
この世界は一部の人が魔法を使え、一部の人に精霊の加護が与えられる。王国リディグース。七賢者に選ばれし七つの公爵家により国政が執り行われている。
私は七賢者の一つノーズワット公爵家の長女に生まれた。2歳上に優しい兄がいる。金色のふわふわの髪の毛に緑色の瞳。昔から周りの人々に綺麗と可愛がられた。
9歳の頃に誘拐された恐怖で、音が聞こえなくなり声も出せなくなった。
そして、前世の記憶を少し思い出した。
前世の私はゲーム大好きで、特に乙女ゲームを好んで遊んでいた。17歳の時に不慮の事故に遭い前世は終わった。
この世界で覚えている事は、物語は乙女ゲーム『幸せのエンゲージリング』で、私は主人公を苛める悪役令嬢のリアーナ・ノーズワット。ゲーム内で私が主人公に行う悪事。
後は、主人公の設定だけ。誰が攻略対象だったのか思い出そうと考えるとモヤがかかった感じでわからない。
しかし、悪役令嬢リアーナ・ノーズワットの設定と今の私は違いがあり過ぎる。
私は音が聞こえないし声は出せない。そして、精霊の加護を与えられているという事実。
ゲーム内では、音も聞こえるし声だって出せる。それに、精霊の加護なんて与えられていなかった。
これからどうなるんだろうと考えても仕方ないので私は時に身を任せた。なるようにしかならないのだから。
前世の記憶が戻ってから5年が経った。
聞こえない事と声が出ない事は変わりは無かった。自分では大丈夫だと思っていても心の奥深い所が拒絶しているらしい。
でも、私はこの生活に慣れ楽しんでいた。
音は聞こえないが、精霊の加護を得た事で妖精の声を聞くことが出来たし、私が思えば妖精側も理解してくれる。どこにいても妖精たちは構ってくれるので生活に不安を感じる事はなかった。
今日も屋敷の庭園の奥にある噴水のベンチに座り妖精たちと話をする。妖精たちと話をする事はとても楽しいのだ。人間の醜い感情を感じないから。素直に感じ取る事が出来る。
まぁ、困った話になる事もあるけれど……。
『リアーナは誰が好みなの?アッシュ』
『何言ってるの?リアーナは精霊王レオ様でしょ』
『いやいや、どう見てもディオだよね』
『グライアドもいるよ』
(何を言ってるのですか?私は誰も好きにはなりせんよ)
私の周りを嬉しそうに回っている妖精たちは、不満顔になり私の肩に乗り、不満な言葉を言っている。この妖精たちは今のところ私以外には見えてはいないらしい。
「お嬢様」
肩を軽く叩かれ振り向くと、その人物がいる事に気付く。青い瞳に長い青みがかった黒髪をしばっている人物を見て自然と笑みが溢れる。
(ディオ、来てくれたのね)
久々に会えた嬉しさをディオの手を握る事で伝われば良い。
ディオは私の主治医ターラの息子で5年前から一緒に住んでいる。
「迎えにあがりました」
ディオに手を引かれ庭園から出て廊下を歩く。
「お嬢様はお元気でしたか?」
ディオはゆっくり喋ってくれる。口の動きでディオの言いたい事は理解できる。
私はうなずき笑う。そして、立ち止まる。
(ディオは学園は楽しい?)
いつも持ち歩いている紙に書いてディオに見せる。
「えぇ、ですが。お嬢様に会えないのは寂しいですね」
(私もディオがいないと勉強つまらないよ)
私の書いた文字を見ると、3ヶ月会っていないだけで大人びて見えるディオは、少し寂しそうな表情で笑う。
この世界では15歳になる年に学園に通うことが出来る。学園では魔法を使えるか適性検査を行い、魔法クラスと普通クラスに分かれる。学園は勉学と協調性を高め様々な人との出会いの場として機能している。
ディオと私は同い年で本当なら私も今年から学園に通うはずだったが、音が聞こえず声も出せない為に通う事は難しかった。
乙女ゲーム『幸せのエンゲージリング』は学園が物語の為、私は悪役令嬢としての役目をしていない。
(私はこのままで良いのかしら)
いつも思う疑問を胸の奥に仕舞い込み、ディオに連れられ1日1回体調を見てもらう為、主治医ターラの部屋に入る。
「お嬢様、お待ちしてましたよ。さぁ、こちらに」
ターラは椅子に座るように促す。私は椅子に座りいつもの様に目を瞑る。
目を瞑れば全ての感覚は無に近い。ターラは魔法で悪い所がないか手を身体にかざし探す。この魔法はあまり好きではない。深い海の底にいるみたいに身体が重くなるから。
「今日も大丈夫です。お疲れ様でした。ディオ、いつもの」
「はい。どうぞ、お嬢様」
私の目の前に私が好きなクッキーが出される。
ターラも私があまり好きでは無いのを知っていて、頑張ったご褒美に毎日いろんな種類のクッキーを出してくれる。
(ありがとう)
声が出ない口を動かせば、ターラは嬉しそうに笑ってくれる。彼にとって私は娘に近い存在だと思う。私にとっても。
あまり仕事で家に帰って来れないお父様に代わり、私の面倒を見てくれている第二のお父様なのだ。ターラが笑えば私も嬉しい。
久しぶりに3人でお茶とお菓子を囲み話している。
「ディオ、休みはいつまでだ」
「3週間あるけど、学園に戻らないといけない用があって、あと2週間ぐらいかな」
ディオは私にも分かる様にゆっくり話してくれる。
あと、2週間しか一緒に過ごせないのね。
ディオが戻ってしまうのは寂しいけど、元気に学園に通えているなら良かったわ。
手紙には魔法クラスになったって書いてあったけど、魔法クラスは貴族が多いからディオが心配。
(手紙でも書いたけど友達できた?返事には書いてくれなかったから)
「大丈夫です。ちゃんと友人出来ましたよ」
はにかんだ笑顔が想像以上に眩しくて私は苦しく感じた。私とは違う世界に行ってしまった。
私の方が少しお姉さんだから、ディオの頼りない姉として接して来た。5年間いつも一緒だったからなのか私が知らないディオを見るのは苦しい。
ディオはいつか自分の進む道を選んで私から離れてしまうのでしょうね。
こんな事今まで考えた事もなかったのに。
こんな気持誰にも知られたくない。
悟られない様に手元にある紙に向き合う。
(良かった。ディオは恥ずかしがり屋だから友達できないかもって思っていたから嬉しい)
書いたのをディオに渡せば真っ赤になって怒ったそぶりを見せる。
「お嬢様。私はもう子供じゃないです。友達ぐらい作れますし、恥ずかしがり屋でもありません」
そっぽを向くディオを見て私はターラと視線が合い笑い合った。すごく、楽しかった。
その日の夜。ディオが帰って来たのが自分が感じてる以上に嬉しかったのか、なかなか寝付けなかった。
窓から外を見ると月は半分欠けている。
『リアーナは寂しいの』
光り輝く金髪の青年。普通の人みたいなのに身体から光を放っている。精霊王のレオ様だ。悲しそうに私の顔を覗く。
(いいえ。寂しくはないですよ)
人は歩んでいくものなのだ。ただ私が歩めないから置いてかれると感じてしまうのだろう。
レオ様はいつもの様に私の手を握り目線を合わせる。
『僕の妃になれば、声も耳も治してあげるよ』
(そんな大それた事出来ません。お気持ちだけありがたく頂きます)
『僕は何回でも言うよ。リアーナ好きだよ』
(ありがとうございます。私にはそんな資格ありません。精霊王レオ様には私よりももっと良い方がいらっしゃいますよ)
初めの頃は慌てる私を見て、レオ様は楽しんでいた。今は私が慣れてしまって適当にあしらえる様になってしまった。
レオ様は悲しい感情を持つと必ず現れて声をかけてくれる。その事が本当に嬉しかった。
感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を言う。
(いつも心遣いありがとうございます)
『……リアーナ』
悲しい表情をしているレオ様に気づかないフリをして笑いながら話しを続ける。
(レオ様。もう、遅いですから乙女の寝室に入り浸ってはいけませんよ)
『そうだね。今日はもう行くよ』
レオ様は去り際に私の額に口づけをしてから姿を消す。
レオ様はなぜ私に精霊の加護を与えたのかしら。だって、精霊の加護を与えられた者は幸せが約束される。
私は世間からは可哀想な令嬢として有名になっているけど、幸せなんて自分で決めるものよね。
悩む事もあるけど、今の私はとても幸せだわ。
読んで頂きありがとうございました。