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第四話

 そんな未花さんの非常に個性的な授業を受けながら(酔った未花さんの愚痴を聞いているだけという気もしなくはないのだが)学校に通っていると、僕の高校に一人の臨時の先生が現れた。

 世界史を担当していた先生が病気のため、代わりに授業を受け持つらしい。

 その先生の授業は、教科書ををただ棒読みするだけではなく、その時代時代に出てくる人物や国の特徴について、魅力的に語ってくれた。

 しばらく聞いていて、

 ……なんだか未花さんみたいだな。

 そんな風に思った。


 キーンコーンカーンコーン

 やがて、その先生の一回目の授業が終った。

 僕は授業に興味を持ったため、先生に話しかけてみることにした。

「先生の授業、面白かったです」

 僕が教壇に近づいて言うと、その先生は微笑んだ。

「はは、ありがとう。授業をするとなると色々と準備とか大変になってしまうのだけれど、生徒からそういってもらえるとやりがいがあって嬉しいよ」

「僕の知ってる人で面白い方がいるのですが、何だかその人と似ていたような……」

「へえ、どんな人だね?」

「未花さんっていいます」

「……未花? ……もしかして、長嶋未花かね」

 先生の目つきが、不意に真剣なものになった。

「そうですけど」

 僕が返事をすると、先生は無言になってしまった。

 ……未花さんを、何か知っているのだろうか……?

 先生はその後しばらく思案する様子をみせたあと、「……放課後、よかったら職員室で少し話をしないか。ここじゃなんだから」と言った。


 職員室に設けられた個人面談室。ここで、僕と先生は二人だけになった。

「さ、座って。お茶も用意したよ」

 僕は先生の真向かいの椅子に座って話を聞き始めた。少し聞いているうちに、その先生は、別の高校で授業をしていた時、未花さんを受け持ったことのある人だということが分かった。

「前の高校で、彼女が高校1年生の時に授業を受け持ったのだけれど、彼女は恐ろしく頭がよかったよ。彼女の話や書いた文章は、どこから探してきたのやらわからぬけれど、妙に奇想天外で笑ってしまったものだ。それでいてしっかり的をついているのだからね」

 僕は、驚いた。

 今の未花さんと同じだ。

「けれど、彼女はその類稀なる能力と引き換えに、人と上手くやっていくという能力を犠牲にしていたような気がするんだ……。さらに彼女の周りには、その奇想天外な理論を生み出すことの出来ない人々の妬みが、ことごとくついて廻ってね。彼女のことを快く思わない生徒が、やがて積極的に彼女の悪評を垂れ流すようになったんだ。自分の立場を少しでも上に位置させようとするために。そして、やがて『優しかった』彼女は転校してしまった」

 先生はかすかに唇をかみしめていた。

「私は、今でも後悔しているんだ……彼女のために、何かしてやれることはなかっただろうか、とね……。彼女と数度話をしたことがあるのだが、あれほど無欲で、好奇心に満ちた子はほとんど見たことが無かった。きっと、そんな純粋さが彼女の類まれな天才性を引き出したのかもしれない」

 先生は静かに語る。

「彼女は今、どうしてるかね? 元気でやってるかね?」

 僕は先生の期待に満ちた言葉を聞いて、ヒッピーしています、とは何だか言いづらかった。

 それで、「元気に働いています」とだけ言った。

 先生は、「そうか」と言って薄笑いを浮かべた。

「それならよかったよ」

 先生は、言った。

 それから僕と先生は、少し雑談をして、別れることになった。

 別れ際に先生が、

「ここでの話は内密にね」


 個人面談室を出たときには、もう夕暮れ時だった。

 僕は誰も居ない廊下を歩いた。

 心臓が、まだかすかにどきどきしていた。

 僕が、「大体分かった」と思い込んでいた「未花さん」。

 けれど、実は未花さんのことをまだ全然理解しきれていなかった。

 そのことに気づいてしまったから。

 校庭を包む夕焼けの濃いオレンジ色が、眩しかった。



 家に帰ると、未花さんは台所で鼻歌を歌いながらカレーライスを作っていた。

「今日さ、仲良くなった八百屋さんにたまねぎとかにんじんとかのカレーセットをわけてもらっちゃって。せっかくだから食べよう」

 未花さんはいつもと同じように笑顔を浮かべていた。

「今日、未花さんの高校の時の話を聞きました」

 僕が言うと、未花さんの声のトーンがわずかに下がった。

「誰から?」

「臨時で来たっていう、世界史の先生から……」

「……ああ、多分、タニガキさんかなぁ……」

 未花さんは懐かしむような口調で言った。

「それで、その先生が、未花さんはすごい人だったって」

「べつに私はすごい人じゃないよ。あの先生は私をひいきしてくれてたからね。それで、過去の思い出を過大評価してくれてるんじゃないかな」

「まさか。先生はそんな風には――」

「すとっぷ」

 未花さんは言った。

「これ以上この話を続けるようなら――」

 未花さんの表情が、鋭くなった。

 僕はびくっとした。

「……私のお手製カレー、食べさせてあげないぞ?」

 未花さんは鋭い表情を一瞬でひっこめ、冗談っぽい口調で笑った。

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