第二話
「ここがキミのアパートかあ……。いいね」
築40年のかなりガタがきている賃料格安アパートを目の前にして、未花さんは言った。
「そうでしょうか」
僕にはボロアパートにしか見えなかったので、そっけなく返事した。
僕は結局、一時の気の迷いを経て、未花さんをアパートに連れてきてしまっていた。
格安アパートの部屋を開けると、殺風景な1Kの部屋が広がる。
すると、
「久しぶりの部屋だぁ」
未花さんは畳にダイブした。
「最近リアルネットカフェ難民だったから、腰が痛くて……」
未花さんは畳に頬をこすりつけながら、まるでネコのように嬉しそうな表情をうかべた。
「でも泊まるっていっても、部屋が一つと台所しか無いから、寝る場所無いようなものですよ?」
「ああ、私は台所の床に寝るから大丈夫だよ」
「……それで大丈夫なんですか?」
「うん。一泊30円くらいの宿舎っていうか……屋根の無いスペースみたいなとこで虫やら何やらに囲まれながら野宿してたこともあるから、屋根があるだけでも全然ありがたいよ」
未花さんは、さらりと凄いことを言ってのけた。
「あ、あと」
「何ですか?」
「えっちなことしても、おねーさんは大丈夫だヨ☆」
「えっちなこと!? ……し、しませんよ! そんなこと!」
「かわいい」
未花さんはそう言って、微笑んだ。
……心臓が持たないよ……。
僕は思った。
その日、未花さんは本当に台所の床で寝た。僕は結局、その日は未花さんから出来る限り離れて寝ようとしたせいで、何だか寝付けなかった。
○○○○○
次の日の朝。
未花さんは僕が作った朝ごはんを綺麗に平らげ、ついでに僕の分のおかずまで半分食べた。
見知らぬ人の家にいきなりお邪魔して爆睡し、しかもご飯を丸々平らげることができるなんて、一体今までどんなサバイバルな生活をしてきたのだろう……?
お茶を飲みながら心なしか表情がツヤツヤした未花さんは、これまでの状況説明を始めた。
「私もさ、別に好きでNEETになったわけじゃないんだよ」
「まあ、誰もがそうですよね」
「私は前にね、一生懸命勉強して、真面目に働けば、シアワセな家庭が築けると思っていたんだよ。CMでよく流れてるみたいな、一家四人で鍋をつつくあったか家庭みたいな。だから、思い切って高校三年間の青春を全て学業に費やしたんだ。そうしたら自動的にあったか家族が手に入るんじゃないかと思って、むずかしーい本とかもたくさん読んで頑張ったんだよ。でもそんなことしてるうちに恋愛なんか一回も出来なかったし、男の子には『勉強の虫』とか言って馬鹿にされるし。で、ともかくぎりぎり素晴らしい大学に受かったには受かったのだけれど……そう、そこにシアワセな未来は待っていなかったのさ!」
未花さんは宝塚ばりの迫力ある言葉遣いをした。
「大学に入ってからも、また来る日も来る日も勉強に明け暮れ、将来のためにホネとタタミを使い分けて」
「ホネとタタミ?」
「間違えた、将来のために、本音と建前を使い分けて人間関係を構築! いい会社に入ってお金を稼げるようになるためにね。……けれどそんなことを繰り返してるうちに、なんだか頭の中がめちゃくちゃになってきてね。たくさん本音にタテマエを織り交ぜて、幸せを手に入れようと目を血走らせて、一体何の意味があるんだろうって。それで、気づいたら全てがばかばかしくなって、最終的にNEETになっちゃったってわけなのだ」
「なのだって……うーん、でも、これから大学を受験する身としては、なんだか複雑な思いがしますね。いい大学に入っても、いい生活が送れるかどうかわからないなんて」
「まあ、すごい大学に入っても、フリーターになったりする人間なんて結構ごろごろ居るからね。私はNEETだけど」
「僕は、いい大学に入ればエスカレーター式にいい人生を歩むものとしか思ってませんでした」
「フッフッフ。君ははまだお子ちゃまだね。人生の奥深い部分は、私のような大人になって始めて分かるのだよ」
未花さんはなぜか自信満々に胸をはった。
「お子ちゃま、ですか……」
「まあともかく、私をしばらくキミの部屋においてほしいんだ。ご飯代くらいは何とか工面するし、家事も全部やる。歳末助け合い募金に協力したと思って、私にも協力してよ」
何だかよく分からない理屈で僕は丸め込まれてしまい、彼女との不思議な共同生活が始まった。
僕が高校に行っている間、彼女は家事を済ませ、夜は一緒にご飯を食べた。
高校生と、ヘンな元大学生。
これから一体どうなってしまうのだろう?
実はやっぱり未花さんは詐欺師で、僕はいつの間にかじわじわと身ぐるみをはがされて、最終的に寒空の下に放り捨てられることになってしまうのだろうか? それとも、僕の部屋でしばらく普通に時を過ごすだけにすぎないのだろうか?
……あるいは、キャッキャウフフ(?)の超展開が待ち構えているのだろうか……?
どんな未来も、皆目見当がつかなかった。
とりあえず現実はただ一つ、謎のNEETな未花さんが僕の部屋にやってきたということだけだった。