第一話
僕は今までこの地球上において、「いつかは主人公になれる」と信じていた。
努力を積み重ねていけば、いつかは社会で主役になれるはず……。例えば、ヒーローとか社長さんとか。
けれど、世界という概念が僕個人に突きつけてきたものは、それとは微妙に異なっていた。
真面目に努力すれば、確かにある程度は成功するのかもしれない。
けれど、それはあくまでも「ある程度」でしかない。
僕は学校の成績は大体平均点を少し下回るくらいで、ルックスも人望も普通並み。けれど一方で、同じ勉強量努力量にも関らず、学年成績上位をキープ、しかも容貌も人望もバツグン、というクラスメートが居る。
僕はその時、感じた。
『生まれてきた時から才能がなければ、この地球上において、どんなに努力しても無意味なのではないか?』
確かに努力は必要だ。けれど、どんなに頑張ってもみんながみんな羨望を持たれるモデルにはなれない。元々のルックスがあるからこそ、努力をして、素晴らしいモデルになれる。また声で人を魅了する歌手にだって、生まれ持った独自の声や音感がなければ、なりようがない。
それどころか、どんなにルックスや歌を磨いても受け入れられず、人々に冷たく嘲笑されるだけで終ってしまう人間さえごろごろ居るのだ。
……つまり世界というものは、実のところ、僕たちを主人公にしてくれる存在とは程遠いものではないのだろうか?
お金もルックスも権力も何もかも、その人が善人であろうとなかろうと、「たまたま才能を持って生まれた」者だけに微笑むのではないだろうか……?
そういうことを考えた時、僕は何となく虚しいような、ヘンに達観したような、複雑な感情が心の中を渦巻いていた。
高校二年生。
大学受験が始まろうとしていた時期のこと。
そんな時、僕は地元の駅のホームで一人の女性と出会った。
いや、女性というよりは、子供と言ったほうがいいのかもしれない。
とびっきり頭のいい、どこか一本ネジが外れたような、無邪気な子供――。
僕と彼女が化学反応のようにぶつかりあうことで、僕の普通で終わるはずだった人生、そして彼女の人生は微妙に変容していくことになるとは……この時はまだ気づいていなかった。
○○○○○
「ねえ」
駅のホームで見知らぬ女性が、話しかけてきた。
「悪いんだけどさ、泊めてくれないかな。君の家に」
「……冗談ですよね? 見ず知らずの人間に向かって」
僕が呆気にとられて返事すると、
「いや、冗談じゃないって。お金が無いんだよ。今私、28円しか持ってないんだ」
「そんなこと言われたって、無理ですよ。というかお姉さん年齢的に、仕事してるんですよね?」
化粧や服装から判断したところ、その女性は20代前半くらいの大人に見えた。どこかの会社で受付の仕事をやっていると言われても、おそらく違和感はなかっただろう。
「ううん、京等大学卒業してから働いてない」
そのお姉さんはさらりと爆弾発言をした。
「……京等大学卒業してNEET!?」
京等大学とは、この国で五本の指に入るほどの有名大学である。そこを卒業した学生は、なみなみならない企業に就職するとも聞いている。
だから僕は、なおさら驚いた。
「うん、NEETだよ」
そのお姉さんはあっけらかんと言った。
「そんなのありえないですよ。絶対的に嘘です。オトナのしたたかなウソに、僕は騙されませんよ」
「嘘じゃないって。なんなら昔の学生証見せたっていいよ」
お姉さんはそう言って、在籍していた頃の学生証を取り出した。
『京等大学 4年 長嶋未花』
確かに京等大学の学生証だった。
「けど……偽造とかの可能性もありうるし」
「そんなことないよー。ねえ、お願いだから泊めてよ」
実際のところ、実家から送金してもらって一人暮らしをしているので、泊めること自体は出来なくもない。
けれど……。
非常に、不安がある。
実際、女の人は優しい人が多い反面、嘘をつく人も結構多いと思う。
そして、この人は可愛い。かっこいい人や可愛い人は、なんだかんだで危険な気がする。偏見かもしれないけれど、男女問わず容姿に恵まれている人は、ワガママを突き通そうとする可能性が高い。これは、ルックスの高い人と何回か接触して得た教訓。
これは危ない系な気がするなあ……。
泊めたとたん怖い男の人が現れて「ワレェワシのオンナによくも手ェ出してくれたなぁ! 誠意見せてもらおーかい」とか言いながら数百万円請求されるかもしれない。そこまでいかなくても、体に触れても居ないのに「アナタ体触りました! この事実を近所親戚に知られたくなかったら……」とか言われて、やはり数百万円請求されるかもしれない。
やっぱり、関らないほうがいいかも……。
僕が断る方に心を傾きかけると、そのおねーさんは笑顔で、
「大丈夫。私は優しいよ。世の中の女性と比較しても、私は偏差値60くらいの優しさを持っている自信はあるね」
「自分で言っちゃうところが怪しさ大爆発ですよ」
「そんなことないって。……うーんどうしたら信用してもらえるのかなあ。……そうだ。そしたら、体で証明したげよう」
未花さんはそう言うと、僕の手を取った。
「社会の厳しい荒波に疲れた時は、おねーさんのふかふかな胸に飛込んでおいでー」
そして僕の体を強引に引っ張って、顔を胸に引き寄せた。
僕のほほに、ふわっとした感触が感じられる。
これは、衝撃だった。
どんな曖昧な言葉よりも、ふかふかした胸の感触は、信じられる気がした。
「改めて自己紹介。私、長嶋未花っていうの。よろしくね」
ああ、うまいこと騙されてしまったかなあ……。
僕は、未花さんのふかふかした胸と柔らかな腕に包まれながら、思った。