からっぽの異世界転移
気づいた時、俺――黒野陸は真っ白な部屋にいた。
床も壁も天井も、すべてが白一色で塗り潰され、扉らしきものはどこにも見当たらない。
いや、マジでどこだここ?
俺はとりあえず数分前の記憶を手繰り寄せる。確か、いつものように夜中にネットサーフィンをしていて、ちょっと尿意を催したからトイレに行って……気づいたらここだった。
まさか知らない間にトイレの改装工事をしたわけもなし、となると考えられる可能性は一つ。
異世界転生――いや、死んだ覚えはないから異世界転移というやつだろう。というか、便所で死んでるとか嫌だから転移の方であって欲しい。
そう思うと俄然気分が落ち着いてきた。異世界についてはネット小説でばっちり予習済み。どうせ現実じゃヒキニートなんだし未練もない。このあとは神様が出てきてチート能力をもらえるんだろ? なら俺は待つだけである。
にしても、味気ない転移もあったものだ。トラックに轢かれるとかは遠慮したいが、もう少しそれっぽい演出があっても良かったのに。
なんて不満はあるが、思い返せば俺の人生はいつもそんな感じだった。
学校でいじめられることはなかったが、親友と呼べる者はいなかった。
失恋をしたことはないが、恋愛と呼べる感情を抱いたこともなかった。
悔しい失敗も、嬉しい成功も、楽しいイベントも、悲しいアクシデントも、俺の人生には起こらなかった。
それがなんだか無性につまらなくて引きこもってみたりもしたけど、それでも世界は何も変わらず、俺の知らないところで回っていた。改めて己の無価値さを再確認しただけで、何の意味もなかった。
まあ要するに、俺の人生はこの部屋と同じだ。
何もなく、空っぽなだけ。
さて、もう回想じゃ間が持たないぜ。そろそろ神様が出てきてもいい頃だろ?
なんて思っていた矢先、部屋に変化が訪れた。
壁、床、天井、すべてが光を放ち始めたのだ。徐々に強くなる閃光に、眩しすぎて目を開けていられない。と同時に、急速に意識が遠のいていく。
今度は何が起こっているのか、思考すらままならないその刹那、遠くで女の声が聞こえた。
「――すまないね、こんな役目を押し付けてしまって――」
そうして俺の意識は来た時と同じように途切れたのだった。