第七話 聖杯
「大変だぁー! ものすげえミッションが始まるらしいぜ!」
「まじか! どんなミッションなんだよ?」
ごつごつとした鎧を身にまとった戦士や、清らかな衣を着た魔法使いが、押し合いへし合いながら掲示板に殺到してる。
俺はそれを横目に、ノリーナが待つテーブルへと戻った。
「……長かったじゃない……。またいやらしいことしてたんじゃないでしょうね……」
「そんな時間はない」
「どうだか」
つん、とそっぽを向いたノリーナの視線の先に、件の人だかりが入った。
「あれ? なんかすごい人だかりだね。何か、新しいミッションがでたのかな?」
「どうやらそのようだな」
ノリーナは立ち上がり、小さな体を人込みにねじ込んでいった。
やれやれ、俺は背嚢に隠してあった酒瓶を取り出し、二三口喉に流し込んだ。
喉が、胃が焼けるようだ。
「ミコガミーッ!」
やれやれ、相変わらず騒がしい奴だ。
「すごいよ! すごいすごいすごい! ……って、全然反応がないね」
まあ、シャーリーンから大体話は聞いているから、などというのはやめておこう。
「一体、どんなミッションなんだ?」
「“聖杯”! 聖杯探索のミッションだよ! って、またミコガミ、お酒飲んでたでしょ! だめだよ! 朝っぱらから!」
「わかったわかった」
まったく、やかましい奴だ。
「それより、その任務、俺たちもエントリーするぞ」
「え? ミコガミは自分のミッションを遂行中だったんじゃないの?」
「気が変わったんだ。とにかく、そのなんとか、っていうコップを探しに行くぞ」
「コップ!? もしかしてミコガミ、聖杯がどんなものかも知らないのに、探索をしようっていうの?」
「なんだかよくわからんが、それをただ探すってことなんじゃないのか」
「君って本当にわけわかんない……」
はあ、ノリーナは深いため息をついた。
「聖杯ってのはね、伝説の杯なの。大昔の聖者が、この杯に注がれたワインを自分の血だと思って飲め、っていって振舞ったもので、最高の聖性を備えた、聖遺物と呼ばれる代物なの」
聖遺物、また仰々しい名前もあったもんだ。
「そんなもんを手に入れて、一体何になるんだ」
「はあ? 自分で探そうといってたくせに、何で探すのかって? 君、自分の言葉の矛盾に気づいてないの?」
言われてみればまあ、そうだな。
「あのね、聖杯って言うのは、それを手に入れた人間は、この世の支配者になれる、って言う代物なの!」
こらこら、興奮しすぎだ。
顔が近すぎるぞ。
「そこに聖者の血を注げば、あらゆることがかなうって言われているの! だからこれだけ皆大騒ぎしているの!」
「そうか。まあ何でもいい。とにかく、その探索者として、登録しに行くぞ」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ」
―――――
たっぷり一時間待たされた俺らの後ろにすら、まだまだ終わりが見えないほどの冒険者たちが列をなす。
「大盛況のようだな」
「おかげさまで、ね」
小さなウィンクを、シャーリンは俺に対して向けた。
「一応規則だから、三百ダールの登録料をいただくことになってるんだけど、この間の話を聞く限りは問題なさそうね」
俺はノリーナから金貨を受け取ると、それをシャーリーンに渡した。
「毎度。じゃあ、ここにサインをしてね」
サインをした俺たちに
「これを巻いておいて」
シャーリーンはひとつのバンドのようなものを差し出した。
「聖杯探索登録者の証明書よ。探索者として、色々便宜を図ってもらえるはずだから」
「いろいろすまないな」
「いいえ。それより」
ちらり、シャーリーンは俺の後ろに視線を移した。
「そちらのお嬢ちゃんに、しっかり守ってもらいなさい。こっちの世界での冒険には、ああいうお嬢ちゃんの力も必要だから」
「だれがお嬢ちゃんだ!」
ふふん、シャーリーンは鼻で笑い
「――これ、あなたにだけは教えておくわ」
俺の耳元に顔を近づけた。
「ちょっと! 何いやらしいことしてんだよ!」
「上層部からの指令よ。まずは南東の方向を目指せ、とのことよ。このミッション、きっとあなたを本当の目的に導いてくれるらしいわ。せいぜい頑張ることね――」
―――――
「で、これからどうするの?」
城壁の門の前で、ノリーナは言った。
「とりあえず、探す当てはあるのかい?」
「何とも言い様がないがな」
俺は背嚢を背負い直し、そして門番に左手のバンドを見せる。
すると門番は敬礼をして下がり、大きな城門を開け放った。
「とりあえず、南、南東の方向へ行く」
「南東と言うと……」
ノリーナは両手を、何かを掬うようにして掲げる。
「マポウ!」
すると、立体映像のように地図が浮かんだ。
「それも魔法か」
「自分が行ったことがあるところしか、表示されないんだけどね」
ノリーナは、東南の方向に光る点を指で指示す。
「ラ・ミアの街を目指した方がよさそうだね。一度、別の冒険者とパーティーを組んだとき、行ったことがあるんだ」
どうやら、こいつを仲間にしたのは、あながち間違いだったとも言えないな。
「早速いこう。そこに行けば、何か手がかりがつかめるかもしれないからな」
「けど、気をつけてね」
ノリーナが真面目な表情で言った。
「君は腕に自信があるみたいだけど、ここはゲームの世界だから。ここでの戦い方というものに、しっかりと慣れておいた方がいいよ」