第六話 シャーリーンの肢体、そして下される命令
「シャーリーン! 本当にミコガミって何者なの?」
酒場に帰るなり、ノリーナがシャーリーンに詰め寄った。
シャーリーンはそれを受け流すように、タンブラーを磨きながら言った。
「あなたがオープンしたステータスどおりの男よ」
「それにしたって謎が多すぎるんだよ! いきなり魔剣ティルフィングを取り出すし! しかも売っぱらっちゃうし! どうなってんのよ!」
「シャーリーン、一杯くれ」
「はあっ!? 君はまたお酒を飲むつもり? もう少しお酒を控えなよ!」
「だが、そろそろ昼飯時だ。一杯やらないと――」
「お昼ごはんはお昼ご飯を頼むものなの!」
やれやれ、やかましい奴だ。
俺はポケットから金貨を三枚ほど取り出し、シャーリーンに握らせた。
「あら、いいのよ? あなたからはお金を受け取るつもりはなかったのに」
「そういうわけにはいかない。ここしばらくの宿代と酒代、そして飯代だ。二人分の、な」
「え? 僕の分も払ってくれるの?」
「嫌ならかまわんが」
「そんなわけないでしょ!」
急にその顔には満面の微笑が浮かんだ。
「な、なんだか照れちゃうなあ……。ようやく、ミコガミにパートナーって認められたってことだから……」
まったく、騒々しい奴だ。
食事の後、俺たちはまた町に出て、ノリーナの意見を聞きながらさまざまな任務遂行のための物資を購入した。
―――――
月のいい夜だ。
俺は柄にもなく、カットグラスに酒を注ぎながらそう思った。
こうしてベッドで寝ることが出来るのも、もしかしたらしばらくないのかもしれない。
ようやくこの安穏から開放される、そう思っただけで、ほんの少し俺の心は高ぶった。
コンコンコン――
俺は枕もとのナイフを引き寄せる。
「だれだ」
「あたしよ。シャーリーン」
シャーリーン?
「ねえ、入ってもいいでしょ?」
俺は、ナイフを構えたまま反応する。
「何の用だ」
「お酒、持ってきたわ。いつもの奴より、ずっといいお酒よ」
酒、か――
警戒心を解くことはできないが、まあ問題あるまい。
俺は出入り口のドアのカギを解いた。
「あら、ベッドに一人でいるときでも、そんな仏頂面なの? かわいい顔が台無しよ?」
「ほっといてくれ」
俺がそういう間もなく、シャーリーンは俺の部屋へと入ってきた。
寝間着だろうか、いつもとは違う、フード付きの白い薄いベールが風に揺れた。
酒瓶をテーブルに置くと、シャーリーンはそのベールをゆっくりと、なまめかしく脱いだ。
ベールの下から現れた黒いレースの下着が、やや浅黒いシャーリーンの体の、最低限の部分だけを覆っていた。
やれやれ、そういうことか。
「大人から子供まで楽しめる、健全な仮想空間。それがこの『レヴィアタン・オンライン』じゃなかったのか」
「どこにいたって、人間は変わるものじゃないわ。あなただって、それを感じたはずよ」
完璧なS字を描く体ラインの端には、豊満な胸元と、つんと形の良いヒップが、はち切れんばかりに自己主張する。
「二十四時間、セクシーな格好をして男たちからのいやらしい視線を集めながら、すました顔をして仕事をしてるのよ? あたしにだって、たまにはこう言う自分自身を開放する時間が欲しくなるわ」
「悪いが他をあたってくれないか」
明日からまた、任務の達成のために動かなければならないんだからな。
「つれないじゃない」
「ん……」
シャーリーンの情熱的な唇が俺の口をふさぎ、小鳥のさえずるような音が鳴る。
「……ん……んちゅ……はん……ちゅ……」
体液同士が混ざり合うみだらな音が、少しづつ俺の理性を溶かし始め、それとともにシャーリーンの体にいっそうの火が灯り始めたことが伝わってきた。
「……ん……はあ……」
糸を引くようにして唇を話した時、シャーリーンのとろけた瞳が、すべてを受け入れろと俺に訴える。
「いやだわ。お姉さんがリードしてあげようと思っていたのに。その年で、どこでそんなテクニックを覚えたのかしら。不思議な子ね」
俺は軍人だ。
各戦地で地獄を見ながら、何度か慰安所でひと時の慰めを買った経験位はある。
「なぜかしら。この世界では嗅いだことのない、においがするわ。硝煙と血の匂いがこびりついたような。あなたとこうしていると」
シャーリーンの張りのある胸元が、俺のみぞおちあたりに押し付けられた。
「生々しいわ。現実の男と抱き合っているみたい。不思議な感覚だわ久しぶりだわ。こういう感覚は……」
シャーリーンはそのまま俺をベッドに押し倒した。
しなやかなネコ科の肉食獣のように、シャーリーンは俺を見下ろす。
俺はポケットから金貨を取り出すと
「ひゃ……冷たいわ……そういう趣味があるの?」
下着で苦しそうに圧迫されたシャーリーンの谷間に、それを一枚差し込んだ。
「けど、こんなものいらないわ。私は、自分の意思であなたを私の中に受け入れようとしているんだから」
「悪いな。金銭を介在しないこういう関係っていうのは、俺の中に存在しないんだ」
「不思議な子ね。経験が豊富なはずなのに。もしかしてあなた、恋をしたことがないのかしら」
「お前には関係ない」
そんなものは、きっと顔も知らない母親の中にでもおいてきたのだろう。
俺は、物心がついた時から戦場にいた。
文字の読み書きを覚えるよりも早く、銃器の使用法をはじめ人を殺すための技術を学んできた。
俺は、そもそもが壊れているんだ。
「けど、あなたがこういう関係を望んでいるなら」
シャーリーンは、テーブルの上の酒を一口含み
「……ん……ん……んちゅ……ふっ……」
俺の口の中に流し込み、それを二人の舌は丹念に絡み合いながら味わい尽くした。
「なかなかの味でしょう?」
「……悪くは、ない」
俺の芯が、確実に硬くなったのを感じた。
「覚えておいてね。この世界は、現実を模しておきながらも、その自由度は現実世界とは比べ物にならないほど高いわ。だから、人々は簡単に欲望のタガを外すの」
欲望のタガ、だと?
「さっきまであたしの体に視線を這わせていた連中を見ればわかるでしょ? ここは、全ての人が楽しめるような健全な世界、それを確かにうたってはいるわ。けどね、あなたもそのうち、わかるようになるわ。そこに、この世界の本当の姿を見ることができるって」
そういうと、シャーリーンは下着のホックを外した。
金貨がポトリ、俺の枕元に落ちた。
俺はその大きな張りのある、しかし柔らかいふくらみに手を回す。
「はっ……あん……あっ……」
シャーリーンの口元から、甘いさえずりがこぼれる。
俺を組み敷いていた両手は、痙攣に震える。
俺が片膝を立てると、シャーリーンの腰つきにそれを押し付ける。
「ひあっ! あっ……あん……あっ……」
シャーリーンは夢中で自身を俺の片膝にこすりつけ始めた。
そして、俺の体をTシャツ越しにまさぐり始める。
「いい……体ね……全然……脂肪がついていなくて……はあっ……あん……」
唇が触れた俺の唇から、心地よい痺れが体に伝わる。
「……よく見ると、体中に細かい傷がついてるのね……もっと……あん……よく見たいわ……」
「好きにするがいい」
俺は胸元のふくらみの先端を頃合いの良い強さでつまむ。
「~~っ!」
シャーリーンは重力に逆らえなくなり、体をそのまま俺に横たえると、声が漏れるのを恥じらうように再
び俺の唇をふさいだ。
「はむ……ん……ふっ……ふわっ……」
俺の下を吸い、唇をかみ、時折かちりと歯が触れ合う。
左手を胸元にはわせながら、俺の右手は、シャーリーンの下腹部をまさぐる。
俺の指はひだをかき分け、シャーリーンの小さなつぼみを探し出す。
口をふさがれながらも、シャーリーンの口からは熱い吐息と小さな悲鳴が漏れ聞こえる。
「もうだめ……あんっ……あっ……お願い……」
そろそろかな、俺は官給品のベルトに手を――
「ミコガミー」
……この声は。
「ねえミコガミ、寝れないからさー、一緒に――」
「ん……あん……はん……」
……最悪だな。
勢いよく、ドアは開け放たれた。
「お茶でも飲もう――なななな! 何やってんのよっ! スケベ! ヘンタイッ!」
顔を真っ赤にしたノリーナは、先ほど庭をかけた勢いでドアを閉めて出ていった。
「はあっ……はあっはあっ……ねえ、一体……何があったの……?」
やれやれだ。
「盛り上がっているところ悪いが、出て行ってくれないか」
「どうしたっていうのよ」
どうやら、今日のところはこの辺で我慢するのがよさそうだ。
―――――
「なあ、さっきから謝ってるじゃないか」
次の日の朝、オムレツとバケットを八つ当たりのように頬張るノリーナ。
「……」
いかんな。
完全に俺の言葉に耳を閉ざしているようだ。
「仕方ないんだ。俺じゃない。向こうが酒を持ってきたんだ。不可抗力――」
「――断ろうと思えば断れたってことだよね」
「……」
今度は俺が口をつぐむ番だった。
俺はごまかすように、干し肉を前歯でむしり取った。
するとノリーナは
「あのさ」
たまりかねたかのように、どんとテーブルをたたいた。
「ボクたちはパートナーだよね? 仲間だよね?」
「まあ、そう言うことになるかな」
「だったら、ボクの知らないところでああいうことしないで!」
「じゃあ、お前に許可をとればいいってことか」
「そう言うことじゃないでしょ!」
「そんなにテーブルを叩いたら、壊れてしまうぞ」
「まったく……なんでそんなに冷静でいられるんだよ……信じらんない……」
ノリーナはバゲットにこれでもかとバターを塗り、白いクリームのスープで流し込んだ。
「あら、いい食べっぷりね――って」
「……」
「嫌ね、そんなに睨まなくてもいいじゃない」
「シャーリーン! このこと、きちんと運営側に報告してやるんだからね!」
「はいこれ」
そう言うとシャーリーンは
「これで口止め料にしてくれないかしら?」
サクランボののったタルトのようなものをノリーナの前に差し出した。
「……ううう……本当にずるい人なんだから……」
結局食べるのか。
「だから大人って大嫌いだよっ!」
まあ、これでシャーリーンも俺に対して何かをたくらむこともなくなるだろう。
俺も面倒ごとに巻き込まれなくて済みそうだ。
「ついで、っていうわけじゃないけど、ちょっとミコガミ貸してもらえない?」
ふがふがと口を動かしながら、ノリーナはきつとシャーリーんをにらむ。
「……また嫌らしいことしようとしてるんじゃないでしょうね?」
「もうそんなことはしないわよ」
クールにウィンクすると
「通報されちゃったら、たまらないものね?」
シャーリーンは俺の手を取りカウンターの裏へと引っ張っていった。
―――――
「書類が届いたわ」
カウンターの裏の、キッチンの奥の食料庫。
シャーリーンは抜かりなく周囲を確認すると、厳重に封のされた紙袋を差し出した。
「エージェントのあたしにまでここまで隠すなんて、本当に特別な指令なのね」
俺は封を解き、その中身を確認した。
写真を含め、様々な書類が数枚入っている。
「受け取り証もいらないらしいわ。そもそも、この受け渡し自体が存在しない、ってことになるのかしら」
「恩に着る」
俺は封筒を軽く掲げて礼を言った。
「それと、あたしの方にも指令が下ったわ。あなたにも関係あることらしいの」
「なんだそれは」
そう言うと、シャーリーンは一枚の羊皮紙を見せた。
「命令よ。これにあなたもエントリーしなさい。さっきも言ったけど、理由はわからないわ。けど、任務と関係がると言うことには間違いなさそうね」
そう言うと、シャーリーンは俺に口付けをし、俺の下半身へと指を這わせた。
「こんなに元気なのに……もったいないわ。残念だけど、仕方ないわ。また今度、ね?」