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第五話 魔剣ティルフィング

 ざわざわと人が行き交う雑踏。

 暑くもなく寒くもない気候は、じっとりと暑い熱帯雨林になれた俺にとっては少々もの足りなくも感じたが、心地いいことは、まあ悪いことではないだろう。

 どこに行っても過ごしやすい空間が存在する、それはこの世界が非現実の世界である事実を、嫌が応にも浮き立たせた。


「あ、これおいしそう!」


 道端に並ぶ露店、そのひとつの前で足を止めたノリーナは黄色い歓声を上げた。


「これ、ひとつください」


「あいよ、かわいいお嬢さん。一つ三ダールだよ」


「えへへへ、かわいいだなんて、おじさん口うまいなあ」


 そういうとノリーナは、フードのポケットから、にび色の何かを数枚取り出した。


「うふふふ、んー、おいしい」


「何だそれは」


「え? タピオカミルクだけど」


「ちがう。今お前がポケットから出したものだ」


「ああ、これね」

 そういうと、ノリーナはポケットから先ほどの何かを取り出して見せた。


「君は持ってないの? ダール。この国のお金だよ」


 俺はポケットをまさぐると、確かにそれらしいものが数枚見つかった。


「必ず百ダールが冒険者に支給されるはずだから、たぶんそれくらいはあるはずだよ。ていうか、さっきまでお酒を買ったりしていたじゃないか。もしかして、お金を使わずにお酒を飲んでたの?」


 そういえば、勧められるままに酒を飲み、部屋を予約もしていたな。

 シャーリーンからの厚意に甘えた、という形で捕らえるべきなんだろうか。

 しかし、俺の性格上、相手に借りを作ったままというのは尻のすわりが悪い。


「その金は、どうやって稼ぐことができるんだ」


「いろいろだよ。一番手っ取り早いのは、モンスターを倒すことかな。モンスターを倒すと、眼には見えないけど、所持金のカウントがあがっていくんだ。あとは、カジノに行って儲けたりとか、アイテムを売り払ったりとか、そういうところは現実世界とあまり変わりがないよ。あとは、現実世界から持ち込んだりとかね」


「現実世界からの持ち込み、だと」


「うん」


 ノリーナはこくりとうなずいた。

 ぞぞぞ、とストローで飲み物をすすった後、再び口を開く。


「ダールって、仮想通貨としての機能もあるんだ」


 仮想通貨、なんとも俺の理解の範疇を超えた言葉だ。


「要するに、現実のレートに従って、現実世界のお金をこっち得換金できるし、逆に、ダールを現実世界のお金に換金することもできるんだ。こっちのでかいでお金を稼いで、現実世界に戻ってお金持ちになった人だっているんだから」


 ばかげている。

 まるでこの世界が、一種の巨大なカジノみたいなものじゃないか。

 しかし、カジノに熱中し自己破産をしてしまうようなやからが存在すると考えれば、この世界に地球上の総人口の三分の一がつながっている、というのもうなずける話だ。


「ところでさ、ミコガミ。何でそんなリュックサックなんかもって歩いてるの?」


 なぜか、だと?

 笑わせるな。


「旅をするのに、背嚢を持つことに何の疑問がある」


 この中に生きていくための一切合財が入っているんだ。

 これがなくして、任務は達成できない


「ほら、これを見て」


 ノリーナは両手をあわせ、そして再び開いた。

 するとそこには、試験官のようなビンにつめた液体が現れた。


「これ、ポーション。傷薬だと思って」


「なんだそれは。手品の一種か」


「その様子だと、君にはやっぱりこの機能が実装されていないみたいだね。この世界ではね、いろんな武器とか道具とか、使わない場合には別の空間に保管が出来るの。だから冒険に出るときも、戦闘で使う最低限のもの以外は全部この空間においておけばいい、ってわけ。さっき言ってたダールは、ここにためられていて、必要なときに取り出すことができるんだ」


 新兵時代は、四〇キロの背嚢を持って訓練をさせられたものだがな。

 そういう感覚も、この世界には存在しない、というわけか。


「よかったら、ミコガミの荷物もボクが保管してあげよっか?」


「気が向いたらな」


 やはり俺は、この背嚢がないと落ち着かない。


「まったく。変わった奴だよ、ミコガミは。じゃあ、せっかくだからこれ入れといてよ」


 そう言うとノリーナは、数本のガラス瓶を俺に渡した。


「僕がダメージを追ったりして動けなくなったら、ミコガミにも回復を手伝ってもらわなくっちゃだからね」


 俺はそれを受け取り背嚢に、一応のためトラウザーのポケットに突っ込んだ。


「ところで、ミコガミは何を探しているの? さっきからきょろきょろしてるけど」


「そうだな。リサイクルショップみたいなものがあればありがたいんだが」


「この世界に、そんなものはないよ。武器だったら武器屋に、道具だったら道具屋に行って引きとてもらえばそれでいいんだから」


 成程、餅は餅屋がこの世界の原則ってわけか。

 俺は目に付いた、一軒の武器屋らしき店舗の門をくぐった。


「いらっしゃいませ。御用は何でしょう」


 カウンター越しに話しかける、筋骨隆々のスキンヘッドの男。

 こいつはいわゆるNPC、プログラムによって動くキャラクターなんだろう。


「ひとつ、引き取ってもらいたいものがあるんだが」


「え? ミコガミ、何か売りたいものがあるの? 君の装備品、ナイフだけじゃなかったっけ?」


「こいつで、いくら融通してもらえる」


 こいつはこの世界に入るとき、“デア・エクス・マキナ(機械仕掛けの女神)”からもらったものだ。

 何かに役立てろ、ってな。


「これは……剣ですな。ん? こ、これはっ!」


 親父は腰を抜かして崩れ落ちた。


「こ、こ、こここ、これは……」


「どうした親父。いくらの査定を出してくれるんだ」


「え、っと……え? こ、これって? な、なんでミコガミがこんなもの持ってるの?」


 任務遂行の手助けになる、ということで、軍の命令で渡すように言われたものらしいのだが。


「これ、“魔剣ティルフィング”じゃん!」


 ティ……なんだって?


「何をそんなに驚いている。こいつが、この刀がどうかしたのか」


「“魔剣ティルフィング”です! 最高クラスの攻撃力に神属への特効、そして装備者に対する自動回復機能を持った、この世界でも最高クラスの剣です!」


 やれやれ、仮想世界での現実的な振る舞いをもとめたくせに、何でこんなものを俺に渡そうって言うんだ。


「どうしてこんなもの持ってるの? っていうか、何で売っちゃうの? 自分で装備すればいいじゃん!」


「いらん」


「はあっ!?」


 こんなもの持たされても、邪魔になるだけだ。


「親父、いいから見積もりをよこせ」


「み、見積もり? こここ、こんな剣に値段なんかつけられません!」


「出来る限り、現実的な値段で引きとってくれればいい。さっさとしてくれ」


「し、信じらんない……本当に、ミコガミっておかしい……」


「えっと、それでは……この店の全財産かき集めて……九千万ダールでいかがでしょうか? と言うよりも、それしか手もとにありませんで……」


「いくらでもいい。さっさとしてくれ」

 店の奥に引き上げた親父は、金貨がいっぱいに詰まった箱を九つばかり取り出した。


「こ、これでいかがでしょうか? け、けど本当にいいんですか? この剣はこんな場末の店においていいような品物では……」


 俺は金貨を一掴みポケットにねじ込むと


「ノリーナ、この残りの金貨、保管しておいてくれるか」


「もったいない……どんなにお金を出したって買える剣じゃないのに……」


 ぶつぶついいながら、ノリーナは金貨の詰まった箱を別の空間に収納した。

 任務に役立てるように言われて持たされたものだ。

 俺がどう処分しようが、文句を言われる筋合いはない。


「それよりさ、せっかくお金手に入ったんだから、武器でも買っていったら?」


 それもそうだ。

 俺は店の中をちらりらと観察する。


「あ、あのー、せっかくですから、この店の一番の品揃えなどいかがでしょうか?」


「そうだよ。ねえ、ここにあるブロードソードとか、スティールシールドとか。それだけお金があるんだから、いくらでもいい装備がそろえられると思うんだけど」


 俺はその言葉を無視して、さまざまな武器を手にとって見る。


「親父、これをくれ。あればあるほどいいんだが」


「へ? そ、そんなもんでいいんですか?」


「ちょっとミコガミ! 何でそんなどこにでも売ってるダガーなんか買うの?」


 俺はダガーを一まとめ受け取ると、ブーツからズボン、ジャケット、あらゆるところに差し込んだ。


 そしてその残りを紐で数個の束にまとめさせた。


「あと、これもだ」


 さっき購入したナイフよりもやや長い、現実世界で言うところのシース付のボウイナイフを手に取る。


「あ、あのですね……それは売り物というか、あっしが道具として毎日使ってる……」


「よくなじんでるな。手入れもいい。これをくれ」


 俺は、店の裏に視線を移す。


「それとあれだ。あれを一緒にくれ」


「あれ? あれって、単なるマキワリ用の斧じゃん! 斧だったら、このバトルアックスって書いてある奴が――」


 こんな馬鹿でかいもの、邪魔になるだけだ。


「親父、これで足りるか?」


 俺はさっきの金貨一枚を取り出す。


「た、ただいまおつりを……」


「いらん。邪魔になるだけだ」


 俺はボウイナイフのシースの紐をベルトに結びつけ、斧を背中のベルトに差し込んだ。

 やれやれ、出来れば軽火器のひとつでもほしかったところだが、この世界にそれを求めたところで仕方がないだろう。

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