第四話 白魔道士とアサシン
「改めて、自己紹介するね」
「ベッドに座っていいといったつもりはないんだが」
「まあいいじゃん。ボクはノリーナ・ロージア。白魔道士だよ」
フードを取ると、そこには栗色の、肩口に切りそろえられた髪が舞った。
「どうでもいいが、女なのになんで自分のことをボクなんて呼ぶんだ?」
「うるさいな、ボクにもいろいろあるんだよ」
ほんの少し、頬を膨らませるノリーナ。
「ところで、君のステータスを確認させてもらっていい?」
「好きにしろ」
するとノリーナは両手を掲げて叫んだ。
「オープン!」
俺には見ることが出来ないが、俺の背後に何かが浮かんだようだ。
「年齢二〇か。見た目どおりだけど、しゃべり方とかは、年の割にはすごくおっさんくさいよね」
「ほっとけ」
情報伝達は簡潔かつ正確でなければならない、軍務の大前提だ。
「レベル八、ああそうか、あの聖騎士を倒したことで、二つもレベルがあがっちゃったんだね」
「そもそも何なんだ、そのレベルってのは」
「は? そんなことも知らないの? プレイヤーなのに、何でそんな基本的なことも知らないの?」
「知らん」
「あのね、レベルってのは、その人が戦いの経験をつむことによってあがっていく成長の度合いを示すものなの。常識でしょ?」
お前らの一般常識と俺の一般常識を一緒にしないでくれ。
「全く、本当にけがわからないね、ミコガミって。えっと……ステータスは……レベル通りでそれなりに、かな……。ん? なにこのスキル……?」
スキル、てのは、技術のことだろうということは俺にもわかる。
「きんせつ、かくとうじゅつ、って読むの? なにこれ? こんなスキル見たことないんだけど?」
近接格闘術か。
いくら俺がこの世界において現実性を帯びた存在でなくてはならないとはいえ、特殊部隊と戦場で身につけたことがそのまま反映されるとはな。
「しかも、もうスキルレベル九じゃん! なんなのこのスキル? 君のレベルからしたら、全然ありえないんだけど!」
そう言うとノリーナは、中空に何かを探るように腕を回し始めた。
「えっと……プレイヤー、人型のPC・NPCに対し特効……え? 小剣・片手斧などを装備すると攻撃力が上昇……ってなにこれ? 超レアスキルじゃん!」
しかし、何でノリーナはこんなに驚いているんだ?
戦場において、軍人として身に着けておくべき最低限の技術の一つじゃないか。
「それと……とうてきじゅつ? こんなスキル見たことないよ? しかもこれも、スキルレベル九?」
投擲術か。
これも、近接格闘術とともに、訓練の中で身につけ戦場で磨いた技術だ。
「こ、これ何? は、はんてぃんぐ? 身の回りのものを使ってトラップを仕掛けることができる、だって? しかもこれも、スキルレベルMAX?」
そんなものまであるのか。
「なんなの、これ……。こんなスキル持ったジョブなんて、聞いたことがないんだけど……」
「ジョブって何だ?」
「その意味そのままだよ。この間の男は聖騎士だったでしょ?」
なるほど、そのまま職業、と言う意味で捉えればいいってことか。
「ちなみに、ボクは白魔道士。スキルレベル7までの白魔術を使うことができるんだ。まだまだ使いこなせる魔法自体は少ないけどね」
「白魔術?」
「さっき見たでしょ。イメージで言うと、回復とか、補助魔法とか、そういう攻撃用以外の魔法がメインになるんだ。それと、まだスキルレベル2で、それほど得意じゃないけど、棒術とかもつかえるよ」
俺は先ほどの、ノリーナとの戦闘を思い出した。
「それで君のジョブは……ええと……アサシン? なにこれ? 新しいジョブが実装されたなんて、聞いたことないんだけど!?」
アサシン、暗殺者か。
やれやれ、こんなにバカ正直にそんなものを書き込まなくてもよかっただろうに。
仮想現実空間で現実的に振舞わなければならない、というのもなかなかに難しいものだ。
「初めて見たよ、こんなジョブ……。ん? なに? このスキル……“XYZ”って? ねえ! 一体何なのさ、このスキル!」
俺にわかるわけがないだろう。
「ミコガミ、もしかして、君は何か“チート”をつかってるの? そうじゃなくちゃ、こんなのありえない!」
「なんだそのチートてのは」
「要するに、不正改造を強すぎるスキルを手に入れてるんじゃないかってことだよっ!」
何のことかはよくわからないが、ようするに、グリーンボーイにしてはありえないほどの戦闘技術を持っているってことか。
そんなものは俺じゃなくて、デア・エクス・マキナにでも言ってくれ。
「……けど、よく考えたら、この『レヴィアタン・オンライン』の運営相手に、そんなことできるわけがないし……ミコガミ……本当に君って、わけがわからない……」
ふう、ノリーナは驚きつかれたのか、小さなため息をついて首を振った。
そして、眉間にしわを寄せ、俺に目をにらむようにして口を開いた。
「ねえ、教えて欲しいんだ」
「なんだ」
「ミコガミの……ミコガミがこなさなくちゃいけない、ミッションのことを」
「……」
「ねえ、教えて。ミコガミは今、何のミッションをこなしているの?」
「……よせ。それほどたいしたものじゃ――」
「ここまでありえないステータスをしていて、それは通用しないんじゃない?」
「……」
「それって、パートナーのボクにも言えない内容なの? 君のこの明らかにおかしいステータスから行って、とてもそれが尋常なものだとは思えないんだけど」
「悪いな」
俺はそう言って、静かに首を振った。
いえるわけがないし、言っても理解を得られるはずもない。
そもそも俺自身が、わけもわからずに戸惑っているのだから。
「まあいいよ。ついていくっていたのはボクだしね」
ふう、またもノリーナは小さくため息をついた。
「たぶん、旅を続けていけばわかると思うしね」
俺も、そう願いたいところだ。
「それじゃあ、ミコガミもボクのステータスを確認しておいて」
「どうすればいいんだ」
「さっき僕がやったみたいにすればいいんだよ。『オープン!』って大きい声で叫べばいいんだ」
なんだか恥ずかしいが、仲間の力量を把握しておくのは、まあ悪いことじゃない。
「オ……オープン……」
何も起こらない。
「おかしいな? ねえミコガミ、もっと大きな声で言ってみて」
もうやけくそだな。
「オープンッ!」
しかしノリーナの背後には何も浮かんでこない。
「何も変わらないじゃないか」
どうしてくれる。
割りと恥ずかしかったぞ。
「どうして? ミコガミって、やっぱり変だよ。バグってない?」
成程、この仮想現実の世界において現実的であらなければならない俺は、そもそもが異質の存在でなければならない、ってことか。
そのくせ、さっきみたいに、非現実的な魔法って言うものの影響は受けてしまう。
場合によっては、俺の存在そのものまで危うくするほどに。
なんとも厄介な立場におかれたものだ。
まあいい。
こいつのおかげで、改めて自分自身の立ち居地というものが確認できた。
「いくぞ」
俺はベッドの脇においておいた背嚢を取り出した。
「どこへ?」
「任務遂行の準備だ」