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第一話 その男、あまりにも現実的な

「これで終わりだ」


 長いブロンドを後ろにまとめたその男は、見下すような言葉と視線を俺に投げかけた。


「いまさら謝ったってゆるさねえぜ?」


 酒場の裏の広場、身の丈もあるような銀の剣を俺に向かって突きつける。

なるほど、どうやらこいつのような奴らをプレイヤーと言うのだろう。

 上空でやかましい羽音を立てるのは、羽根の生えたオオトカゲ。

いつの間にか俺たちを、ざわざわとけったいな格好をした群衆が取り囲む。

 この手の群集心理は、世界共通ということだろう。

 たとえ、この俺の生まれ育った世界とは違うこの世界でも。


「面倒ごとに自分からかかわるつもりはない」


 別に挑発をしているわけじゃない。

 俺の“任務”の遂行を考えれば、おかしな目立ち方をしてしまうのは得策じゃない。


「お前がどうしても出ろというから表に出た、ただそれだけの話だ」


 その俺の言葉に、白銀の鎧と盾を身にまとったその男、まあ、絵本にでも出てくるような騎士様とでも呼んであげればいいんだろうか、の表情は醜くゆがんだ。


「ああ? てめえと俺とで、どれだけ実力差があるかわかってんのか?」


 そういう騎士様は


「オープン!」


 と怒鳴る。


「レベル六……装備は鉄のナイフに皮のブーツ、布の服、布のマント……」


 騎士様は俺の背後に浮かんだであろう何かを読み上げた。

 そうか、これが“デア・エクス・マキナ”の言ってた、“ステータス”ってやつか。


「ぎゃっははははは! そんなちんけな装備と貧弱なステータスでよくこの俺に喧嘩を売る気になりやがったなあ! ああ?」


 群衆の中から、くすくすという笑い声がもれ聞こえる。

 仕方あるまい、どう見ても絵本の挿絵のような時代がかった服装をするこの世界の住人、そしてその中に紛れ込んでるであろうプレイヤーと呼ばれる連中たちにとって、俺のこのごくごく“現実的な”装備はむしろ違和感に満ち溢れているのだろう。

 目立つことは避けなければならないが、仕方ない。

 これもまた、“任務”遂行のためなのだから。


「もし本当に、俺のブーツがお前の足に当たったというのなら謝る」


 だからこそ、こういう思いもよらないいざこざは、俺にとってはネガティヴな要因しかもたらさないのは目に見えている。


「だが、あんたもそんなにごつい金属の靴を履いているんだ。それほど目くじら立てるほどのこともないと思うが」


「遺言はそれだけか?」


 白銀の騎士様は、大きな剣を高々と掲げる。


「気に食わねえ奴はぶっ潰す! それが俺の流儀なんだよ! 俺たちホーリーオーダーのな!」


 やれやれ、どこにでもこう言う「ゴーイング・ランボー」な奴はいるらしい。


「俺の態度が不遜だったんだってんなら、謝ろう」


 しかし、こんなところでこんなやつを相手にしているほど、今の俺に暇はない。


「だが、こんなところでやり合ったところで、お互いになんの利益もないだろう。違うか?」


「ああ? てめえみたいなルーキーがこの俺にまともに立ち向かえるとでも思ってんのか? ますます気に食わねえ! 強制排除してやるよ!」


 いかんな、相変わらず俺はネゴシエーションがへたくそだ。

 仕方ない。

 無用な争いは避けたいところだったが。


「わかった」


 ため息くらいはつかせてくれ。

 この下らない状況に巻き込まれた俺の不幸からすれば、それくらいどうってことはないだろう。


「やりたければやってやる。ただし、後悔はするな」


 ニィ、騎士様は笑うと


「うらああああああっ!」


 その巨大な剣を目にもとまらぬ速さでふるう。

 すさまじい剣圧に、俺の体は木の葉の様に吹き飛ばされそうになる。

 これは比喩ではない、文字通りの意味で、だ

 なるほど、その自信満々の口調は、はったりではなかったという事か。

 もし俺があの冷たく輝く刀身に触れてしまえば、一刀両断どころの騒ぎでは済まないだろう。

 ダイナマイトを丸呑みしたみたいに、木っ端みじんの肉片だ。


「うらああっ! はあっ!」


 騎士様のつむじ風のような刃は、何度も何度も俺の体にベクトルを向ける。

 あの獲物の、長いリーチはさすがにやっかいだ。

 距離をとるしかない。


「逃がすかぁあああっ!」


 男は左手を獲物から離すと、その左手が紅蓮の光を帯びた。


エクスプロド(爆裂)!」


 その瞬間、俺の体は爆風に吹き飛ばされた。

 周囲の群衆も、大声を上げて逃げ惑う。

 何とか体勢は保てていたが、瞬時に避けなければ地面にたたきつけられていたところだろう。

 成程、これが魔法、って奴か。

 こんな奴らが現実に存在すれば、戦場の風景も様変わりするんだろうな。


「どうした? 逃げてばっかりじゃねえか! 臆病者が!」


 当たり前だ。

 あらゆる点でお前と俺との戦力差は明確なんだ。

 かつてのアメリカと、ベトコンのようにな。

 だが、これでなんとなくは理解が出来た。

 こいつの戦い方、って奴が。


「散々暴れまわって、もう気が済んだろう。もうやめにしないか」


 一応俺は声をかけたが


「余裕見せてんじゃねえ!」


 またもや騎士様は、でかい獲物を振り上げて飛びかかってきた。

 やれやれ、ネゴシエーションは失敗か。

 俺はブーツのポケットからナイフを取り出す。

 狙いは――


――シュンッ――


「がっ!?」


 俺のナイフが、騎士様の体に食い込んだ。

 むろん、あの頑丈そうな鎧に刺さるわけなんてない。

 しかし、体をスムーズに動かすためには、必ず隙間が存在する。

 そこに的確にナイフを投げ込んでやる、ただそれだけの話だ。

 騎士様の動きが止まる。

 厚い鎧に身を包んで、長らく痛みの感覚から遠ざかっていたためだろう。

 だがあいつが混乱している理由は、おそらくそれだけじゃないだろう。 


「くっ……な、なんだ? なんで……なんでこの世界でこんなリアルな痛みが……」


 現実離れしたお前らのようなプレイヤーたちと俺が渡り合うための特性、それがこの“リアル”であるという事だ。

 俺がお前たちにつきたてたナイフの痛みは、仮想現実のお前らではなく、この世界に接続している現実世界のお前たちのものだ、

 おそらく、今こいつはこの《《仮想現実の中では味わったことのないような痛みを感じていることだろう》》。


「悪いな」


 今度は俺が一瞬で距離をつめ


「これで終わりにしてくれ」


 その左あごを、斜め下から拳を突き上げる。


 ゴッ


「ごあっ!」


 どれだけ体を鍛え上げても、この角度で頭をゆすってやればまず間違いなく意識を寸断できる。

 たとえお前が、一撃で鬼をも屠ることができるほどにタフであろうとも、な。

 白銀の鎧に包まれた男の体は、がしゃりという金属音を立てて大地に崩れ落ちる。

 そしてとどめに――

 

 ゴキッ


ブーツの厚いゴム底をのど元に叩き込んでやった。

 まあ、死ぬことはないだろう。

 まあ、こんなものだろう。

 周囲の群衆からは、悲鳴と驚きが入り混じった声が上がる。

 それはそうだろう。

 こいつらからすればドラフト上がりのグリーンボーイが、朝鮮戦争帰りの古強者を一瞬で始末したようなものだろうからな。

 しかし、少しやりすぎたか。

 これだけのリアルな痛みを経験しているんだ。

 おそらく現実世界のこいつも――

 俺はそいつを仰向けに寝かせ、呼吸を確認する。

 やや呼吸は浅いが、問題はなさそうだ。

 気がつけば、群集は何か得体の知れないものを見るように俺から距離をとる。

 俺としたことが、しくじったな。

 “任務”遂行を考えれば、今の状況は当然好ましいものではない。

 俺は群衆を掻き分け、再び酒場の扉を開けた。


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