第六話 真実
考えろ、俺。
まず、ミリアが今日帰ってこなかった場合、俺は殺される可能性が高い。
一度は死んだ身だ。“死”だけは絶対に避けなければならないが、それに対しての恐怖は薄まっている。
人間として駄目な事かもしれないが、命を捨ててでも物事をやり遂げる勇気を手に入れたと考えれば、気持ちも自然と前を向く。
あの爺は気持ち悪い笑みを浮かべながら、去っていった。今にでも鉄格子の隙間から爺の胸倉を掴んでやりたがったが、それをしても意味が無い。
だったら、機会を伺うだけだ。
勇者の力を解放して鉄格子を破壊して、逃げ出すことは出来るが、けたたましい音に村人が気付き、もう一度隣の牢屋に入れられるだけだ。
それに、悪竜との戦闘まで勇者の力は残しておきたい。
今回、不利な事ばかりだが、有利な事が一つだけある。
それは、あの爺が完全にミリアが死んでいると信じ切っていることだ。だから、俺にミリアを蔑んだ発言をすることが出来るのだ。
それを、ミリアに暴露すれば、あの爺の立場は危うくなり、俺がぶん殴っても罪には問われないはず。
でも、それだとミリアが苦しむかもしれない。
もしも爺がミリアに良い顔をしていた場合、ミリアはショックを受ける可能性が高い。俺はあくまで部外者。口出しするべき立場ではないだろう。しかし、これを無視すれば自分が自分を許せなくなる。
「くっそ、どうすればいいんだ……!」
俺がもう少し頭がいい男だったら、マシな考えが思い浮かぶのかもしれない。
だが、俺はとてつもない馬鹿だ。勇者時代も、頭の良い戦い方はせず、自分のずば抜けた身体能力をそのまま全力でふるう脳筋だった。
それほど俺は馬鹿で、頭を使う事が嫌いだ。
だから、こう窮地に立たされると、何も出来なくなる。
カツ……カツ……。
石畳を叩く音が聞こえてくる。足音だ。
今度は誰だ? また、爺のようなクズだったら、怒りを抑えきれなくなるかもしれない。この世界は文明が発達しておらず、女性差別が一般化している。爺のような男はごまんといるのだ。
女性が騎士にはなれないし、権力を持つことは許されない。王族という例外はあるが、女性であれば王位継承権を持つことは出来ない。
と、話が大きくそれてしまった。
俺は牢屋に前に立つ人影に目を向ける。
「……!」
そこに立っていたのは、俺の第一発見者ミリアの弟だった。
怒りをあらわにして、打ち震えている。拳を強く握りしめ、唇を噛み締める姿は、見てる方が辛くなってしまう。
涙を堪えて居るのだ。無理矢理、悲しみを抑え込んでいるのだ。
大切な人を失った人間を間近で見るのは、これで二度目だ。一度目は勇者時代、弟が自殺をしてしまったときだ。俺は目の前にいたにもかかわらず、止めることが出来なかった。
その時と、同じ表情をしている。違う所は、怒りをぶつける場所があるという事だ。あの時は、怒りに行き場は無かった。誰も悪くないのだから。
でも、今は行き場があるのだ。たとえ、それが偽りだったとしても。
「なんで……! 俺の大切な人を、奪ったァッ! 姉ちゃんが何をしたァッ! ぅおぇ……姉ちゃん……あああああああああああああああああああああああッ!」
俺に怒りをぶつけたことにより、抑え込んできたはずの悲しみが漏れ出し、涙を堪え切れなくなっていた。
嗚咽し、とにかく無我夢中で鉄格子や壁、床を叩きまくる。
…………畜生。どうして、俺に怒りをぶつけない。いや、言葉ではぶつけているんだ。でも、手を出さない
感情に呑まれて手を出すことは無く、物に当たる。
どうしてだ。何故、ここまで心が強い。
見たところ弟は、小学生高学年程度の年齢だ。ちょっとした喧嘩でも、殴って蹴ってを繰り返す年齢だぞ。
俺が本当にミリアに手を出した罪人ならば、思いっきりボコボコにしても許される立場にいる筈なのに、どうして手を出さないで居られるんだ。
俺なんかより、ずっと大人じゃないか。
「俺を……殴らないのか……?」
気になってしまい、聞いてしまった。
しかし、弟は心の整理が追い付いてないのか、俺の言葉に聞く耳を持たない。
俺は弟に近づき、もう一度同じことを問う。
すると、少し落ち着いて来たのか、答えてくれた。
「姉ちゃんに、『どんなに悪い人だったとしても、手を出してしまえばどっちもどっちになってしまうよ。だから、我慢するんだ。そしたら、しかるべき罰が神様から悪い人に下るからね』そう、教えられたから」
ミリアが……? そんな聖人みたいなことを言う人柄には見えないのだが。
果たして、それは本当にミリアの言葉なのだろうか。別人の言葉じゃないのだろうか。口調が、ミリアの物ではない。
昔のミリアの口調が、聖人の様だったのかもしれないが。
「ああっ……! ぅおぇ、おおうぇ……ごほっ、ごほっ……クレイ……姉ちゃん……くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
……やっぱり。やっぱり、ミリアとは別人のクレイという人の言葉だった。
それより、弟の発言では、お姉ちゃんはミリアではなく、クレアという女性という事になっているのだが。
どういうことだ。姉が二人いるという事か? でも、ミリアの家に弟以外の人影は無かった。
まさか、ミリアとクレイは同一人物で、ミリアは偽名とか? でも、初対面の俺の目の前で熟睡するような人間が、俺を警戒して偽名を使うとは思えない。
それに、あの爺もミリアと言っていた。だから、確実に別人なのだ。
だったら、弟がミリアをクレイだと勘違いしているという事か?
でも、クレイという女性は聖人のような口調で話すのに対し、ミリアはザ・お嬢様と言った感じで、似ても似つかない。
別に俺が気にする必要はないのだが、もしも、もしもだが俺と同じだったらどうだろうか。俺は女神さまの創り出した世界で目を覚ました時、思い出したくない人間を裏切ったという記憶を無意識に封じ込めた。
弟も、クレイという女性がいなくなってしまった記憶を無意識に封じ込めて、ミリアをクレイという女性と重ねてしまっているとか……。
……考え過ぎか。
「あんたは絶対に許さないッ! 今すぐにでも吹っ飛ばしたいが、しかるべき時まで待っていることにする。覚悟しておけ……!」
弟の鋭い視線は、とても心に響くものだった。
例え冤罪だったとしても、ここまで苦しませてしまうと申し訳なくなってしまう。
でも、ここで謝るのは、罪を認めてしまったようになるので、止めた方がいい。
「レイン……! こんな所にいたのか!」
俺が弟を見つめていると、視界の端から何者かが現れる。
俺をさっき殴った奴らの中にはいなかった男で、歳は十八ぐらいで俺の少し年上と言った感じだ。
腰に直剣を装備していることから、俺を殺しにでも来たのだろうか。
でも、弟……名前はレインというのか。レインがここにいる限り、俺が殺されることは無いだろう。
レインはしかるべき時に神が天罰を下すと信じ込んでいるから、人間が直々に手を下すことは阻止してくれるはずだ。
「レイン……ミリアの死体が見つかった……」
「……? ミリア……って誰だ?」
……は?
ちょっと待て。ミリアの死体が見つかった?
嘘だろ。誰が、殺したんだ? あの爺か、それとも悪竜か。
このままだと完全に俺が殺したことになる。
このままだと俺とミリアが死んで、レインは自殺。一か月後にやってくる悪竜に村人は蹂躙され、その後やって来る山賊に村の金品を全て奪われる。
くっそ、バットエンドまっしぐらじゃねえか。