第零話 後編 償い
勇者が世界を裏切った、その事実は瞬く間に国民へと広まっていった。
勿論、地下で投獄されている俺は見張りの騎士に聞かされ知ったばかりだ。
今は、手足を鎖でつながれ、身動きが取れなくなっている。
どうにか鎖を破壊できないかと考えたが、勇者の力がどんどん消えていくので、諦めた。
ホーリーバーンは使えなくなり、右手の甲にあるはずの勇者の紋章も、綺麗サッパリ消え去った。
すると突然、見張りの声ではない何者かの声が聞こえてきた。
「正義」
この声は、戦王だ。
脱力感で目が開けれず、声で判断するしかない。
「……ぅぁ……ぇ……ぅぉ」
喋ることも出来なくなっていた。
水分を取っていないので、喉が枯れてしまっている。
「お前……もう喋れないのか。痩せ細って、勇者として奮闘してた時の面影が消え去ってる」
飯は満足に与えられず痩せ細り、体の自由を奪われ体力や筋力などの身体能力は日々衰退していく。
もう、あのころには戻れない。
「俺たちがこの世界に召喚されてから、始めて行った村の事を覚えているか?」
始めて行った村、アーレンの村だ。
俺がこの世界召喚されてから一か月後に、実践のために向かったのがアーレンの村だ。
村周辺の森にオークの群れが発見されたので、それを討伐しに行った。
転々と集落を移すオークたちの発見に手こずり、二週間ほどその村で生活した。
「アーレンの村だ」
俺達がオークを狩りに行ったときに、悪竜と呼ばれるドラゴンに襲われてしまった村だ。
その時、多くの人が死んだ。とてもお世話になった少女が握りしめられて死んだときは、流石に心が折れた。
「っと、こんな話をしに来たわけじゃないんだ。何て声を掛けていいのか、分からなかったからさ。……なあ、一緒に地球へ帰らないか?」
たぶん、戦王は本気で言っているのだろう。俺と一緒に地球に帰りたくて。
でも、それだけはやってはいけない。それじゃあ、罰から逃げる事になってしまう。
「ぉお……ぇぃぃ」
駄目だ。伝えようにも声が出ない。
これで伝わったかは、視覚が無いので判断できない。
八方塞がりだな。
「分かった。そう言うと思って、鍵を持ってきたぜ。今、鎖を外してやるからな」
戦王が扉を開けて、牢屋に入って来る。
止めてくれ。お願いだ。俺に気持ち、伝わってくれ。
「ぁぁ……めぇ……ぉぉ……」
「え?」
喉を貫かれる様な痛みが走ったが、ここは我慢だ。
激痛より、ここから逃げ出すことの方がよっぽど辛い。
戦王は俺の言葉が辛うじて聞こえたようで、反応を示してくれた。
「喉が、乾いているのか? 水ならあるが……飲むか?」
俺は痛みに耐えられる限り頷き続けた。
首輪の様なものがつながれていて、頷く度に当たって痛いのだ。
すると突然、口の中に水が大量に流れ込んで来た。
それを俺は精一杯飲み続ける。量が量で時間がかかってしまったが、全て飲み干し喋れるぐらいには回復した。
疲労感も取れて、目も開けられるようになった。
久し振りに目を開けると、そこは俺が想像していた通りの牢屋だった。鉄格子に、簡易的なトイレ。
食べ物を入れるための、小さな窓。
そして、戦王。
「どういうことだよ正義! 俺達は魔王を倒して、地球に帰ると約束したじゃないか。やっと達成できたのに、帰れないなんて悲しいじゃないか!」
「罪を償わなければならないんだ。悲しみなんて関係ない」
悲しかったら、逃げ出していいのか。
そう自分に問いかけた時に、駄目という答えに辿り着いた。
ここで逃げてしまえば、俺は一生罪人のままだ。
「俺達には、帰る権利がある! だって、世界を裏切ろうと魔王を倒したことには変わりない! 約束は、守られるべきだ!」
「俺は! もう逃げたくないんだ! 俺は魔王から逃げたんだ。それをもう一度繰り返す訳には、絶対に行かない」
そうだ、俺は逃げたくないんだ。
俺という臆病な人間の、最後の強がりだ。
逃げ出し続ける人生で終わりたくない。そんな、強がりなのだ。
お願いだ、戦王。分かってくれ。
「……クソッ、駄目だ。帰らなくちゃ! 国王は、お前を戦争の道具にしようとしてるんだよ! お前の裏切りを国民に公表したのも、お前の評判を下げて、戦争に送っても咎められない為なんだ! そんなの、悔しいだろ! おかしいだろ!あんなクソ爺に思惑通りに進んで、悔しく無いのか!」
戦王は俺の肩につかみかかり、必死に俺を説得してくれている。
でも、どの言葉も俺の強い意思を変えるほどの力はなかった。
悔しくなんかない。それ以上に、世界を裏切ってしまったことが悔しい。
おかしくなんかない。俺がしてしまったことよりは、おかしくない。
「今なら、王国にバレずに佳鈴が発明した転移魔法で地球に帰れる。国王に一泡吹かせてやろうぜッ!」
「…………ごめん。やっぱり、帰ることは出来ない」
俺はやはり償わないといけないのだ。
誰が決めた訳でもない。俺自身が、そう決めたんだ。我儘かも知れないが、然るべきことなのだ。
「……そうか。正義……お前がそんな強い意志を見せたことは一度もなかった。本当に、いいんだな?」
「ああ。二人で、帰ってくれ」
戦王は何も言わず帰っていった。
賢者が来ることは無く、一週間後俺はいきなり解放されて、戦争に駆り出されることになった。
勇者の力を失った俺は、ただの一般人より弱い。
だから、敵国の兵に呆気なく殺されてしまった。首を刈り取られたのは、勇者らしからぬ死に方だろう。
でも、あの無様な死に方は、俺らしかった。
最後に――戦王……いや、方貞、佳鈴。今まで本当にありがとう。
君たちに会えて幸せだった。
君たちのこれからの人生が、どうか幸せでありますように。
プロローグ END