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第零話 中編 恐怖



「頭を上げよ、勇者たちよ」


 とても低い声でそう言ったのは、俺をこの世界に連れてきた人物、国王だ。

 名前はダイヴラー=スーニック=バギス。


 俺は今、玉座の間で跪いている。

 両隣でも、戦王と賢者が跪いている。


 世界を救う勇者パーティーが、何故跪かなければいけないのかと、毎度嘆いていたが、今回は頭に浮かびもしなかった。

 それは罪悪感と後悔の念で頭の中がいっぱいいっぱいだったからだ。


 裏切り、それを自分の心の中に封じ込めるのは、とてもじゃないが不可能だ。

 だから、国王たちに打ち明ける。打ち明けなければならない。


 幸いここには、魔王討伐に関わったほとんどの人が集まっている。全員に聞いてもらいたいのだ。俺がどれだけ臆病で、弱いかという事を。


「此度は、この世界を救ってこれた事、誠に感謝する」


 国王は頭を下げない。

 国王としての威厳を優先することを咎めはしないが、偉そうにしていて鼻につく。

 報恩謝徳の日本人としては、納得がいかない。とはいっても、俺は感謝されるような人間ではないが。


「それでは、褒美を申してみよ」


 ……褒美? そんなの、決まっているじゃないか。元の世界に、帰らせてくれ。

 俺は、思わずそう口にしようとした。

 両隣の二人もそう言いたげな表情をしている。


 そんな分かりきったことを聞くという事は、時間稼ぎでもしているのか。

 でも、それを今する理由はどこにもない。


 まさか、魔王を討伐すれば元の世界に帰れるという事実はなく、それを誤魔化すための言動ではないのだろうか。

 よく考えれば、魔王討伐後に帰還できる根拠などないじゃないか。召喚当時は突然の事に動揺して、思わず素直に飲み込んでしまった。


「すいません、魔王討伐後に帰還できるという事自体が――」


 いや、ちょっと考えてみよう。

 今、本当に言って良いのだろうか。


 言ったとして、何になる。

 もしかしたら、褒美を聞いたのには他意は無いのかもしれない。


 それに、ここで言ってしまえば、取り返しのつかないことになる。

 裏切者の俺が王国民の前に出なければいけないからだ。


 凱旋パレード。勇者パーティが帰還したら行うはずのパレードを、俺達の希望で中止してもらった。

 早く帰りたかったのだ。


 このまま帰還できないという事になってしまえば、このまま凱旋パレードを行う事になるかもしれない。

 沸き上がる歓喜を抑え付ける中止に、王国民からは批判が出ている様で、王国も今その対応に追われている。

 王国もなるべく凱旋パレードを行いたいのだ。


 裏切者の俺が、王国民に手を振りながら、笑顔を振りまくなんて、出来る筈がない。

 罪悪感で、頭が可笑しくなってしまう。


 早く、早く打ち明けなければ、もうタイミングが無くなってしまう。

 ここで言わなければ、元の世界に帰り、罪悪感で頭が可笑しくなるか、このまま王国民の前に出て、罪悪感で頭が可笑しくなるか。この二つに、絞られる。


 だから、今ここで言うぞ……!


「ねえ、どうしたの?」


 賢者が突然大声で喋りだし、又もや突然喋るのを止めた俺を不思議に思ったのか、声を掛けてくる。

 でも、俺には返答の余裕がなかった。


 それほど、俺は追い詰められている。

 早く言わなければ、ずっと罪悪感を残したままだぞ! と、心を急がす。


 それなのに。それなのに。俺の口は開いてくれなかった。唇がブルブルと震えて、全く動かない。失望の視線や、侮辱の声。想像すると、怖気付いてしまいそうだ。


 ……結局、臆病なままで終わるのかよ!


 でも、このまま英雄として崇められるのもいいかもしれない。むしろ、その方がいい。

 だって国民は、勇者が正義だと信じて疑わない。それが偽善だと気付かない方が、幸せなんじゃないだろうか。


 ああ、絶対にそうだ。

 そのほうが、幸せだろう。


 ……でも、それじゃあ俺は臆病なままだ。


 脳内で天使と悪魔が討論を始める。

 天使が正直に言った方がいいと意見し、悪魔が勇者ならば国民の幸せを考えて、何も言わない方がいいと反論する。


 勇者ならば……か。

 俺は、もう勇者ではない。勇者を語る資格は無い。

 ならば、天使の方が正論ではないだろうか。


「あの、皆さんに、言いたいことがあるのですが」


 俺は恐る恐る口を開く。


 全員の目線がこちらに向く。

 怖い。怖い。でも、俺はここで自分を捨てる。臆病な自分を。


「なんだ、申してみよ」


 今までならば、ここで逃げ出していたかもしれない。


「私は……」


 でも、もう逃げない。


「人間を裏切ってしまいました」


 その言葉を聞いた全員が、驚愕の声を漏らす。

 ざわざわと玉座の間が一瞬のうちに、騒がしくなり、それを止めるべき騎士団長も驚愕で頭が真っ白になっている様子だった。


 両隣の仲間の顔を見れない。

 どんな失望の表情をしているだろうか。どんな、声を掛けてくるだろうか。裏切者が! と罵るだろうか。それとも、同情してくれるだろうか。


 俺は、意を決して顔を上げる。

 ……やはり、か。周りの騎士たちの表情は、先程までの驚愕でも、同情でもない。失望、裏切者と今にも叫びだしそうな怒り。


 騎士たちは命に代えてでも人間を救おうとしたのだ。もし、魔王を唯一討伐できる勇者が裏切って魔王を討伐出来ず、人間を救えなかったら、騎士たちの努力は水の泡になる。憤怒するに決まっている。


 怖い。それでも、俺は続けなければならない。


「それは……どういうことだ……!」


 国王は、静かに怒りを滲ませそう叫んだ。


「私は、魔王との最終決戦の場で。こう、言われました」


――勇者よ、人間を裏切るのなら、世界の半分をやろうぞ


 その言葉に、騎士たちはまたもや顔を驚愕の色で染める。


 怖い。今から、どんな刑を受けるのか。死刑、かも知れない。

 それでも、俺は、言わなければいけない。


「まさか……それに応じたのか……!?」

「……俺は、魔王が怖かった。あんな化け物に勝てるわけないじゃないか!」


 心が高ぶり、口調が自然と元に戻る。


 玉座の間にざわめきが起きる。今までで、一番の。

 俺は、本当になんてことをやってしまったんだ。俺は、床を叩きたくなるのを我慢し、顔を上げる。


 国王は怒りからか魔王と同等かそれ以上の威圧を放っていた。

 その威圧が、ざわめきを鎮火させる。


「……それは、誠か勇者よ…………」

「……はい。その証拠に、聖剣が、抜けなくなりました。救うべき存在を裏切り、勇者である資格を失いました」


 俺は、腰に装備していた聖剣を抜刀しようと力を籠める。

 だが、どんなに力を籠めても、聖剣が刀身を見せることは無かった。

 聖剣は、勇者にしか抜けない。それが抜けなくなったという事は、俺にはもう勇者の資格は無いという事だ。


 嘘だろ……そう頭を抱える騎士や、汚物を見るような目で見てくる騎士までいた。


 俺は、膝を床に付ける。

 この世界の人間に、この謝罪の方法が通じるかは分からないが、俺は誠心誠意謝罪をしなければならない。

 俺はそのまま頭を血が滲むほど擦り付ける。


「本当に……すみませんでしたぁ!」


 俺は、滝のように溢れ出てきそうな涙をこらえて、叫んだ。

 全身全霊で頭を下げて、誠心誠意謝罪をする。


 俺は顔を上げて、全方向に土下座をしていく。


「本当に……すみませんでしたぁ!」

「本当に……すみませんでしたぁ!」

「本当に……すみませんでしたぁ!」


 絶対に涙を流しては駄目だ。

 それじゃあ、同情を誘っていると勘違いされかねない。


 絶対にそれだけは駄目だ。

 それじゃあ、本当に死刑にされる。




















 ……いや、俺は何を言っているんだ。


 今更、罰に恐怖しているのか?

 罰を受ける覚悟で、頭を下げているのだろう?


 俺は、まだ変われていないのか?

 タイミングを、逃してしまうのか?


「……牢に入れろ。この裏切り者をォォォォ!」


 国王の周囲で頭を垂れていた騎士二人が俺の腕を乱暴に掴み、無理矢理引きずり始める

 ……怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 罰せられるのが、怖くて怖くてたまらない。


 ここは異世界だ。尋常じゃない拷問が待っているかもしれない。無残に内臓をぐちゃぐちゃにされたり、眼球を抉り出されたりするかもしれない。


「い……嫌だァァァッァァァッァァァァッァ! 離せぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 俺は思わず、叫びだしていた。

 自分の体を引っ張る兵士二人から逃れようと、暴れる。


 ふと、仲間の二人が目に入った。

 戦王の方は、頭を垂れたまま一切動いていなかった。

 賢者の方は、涙を流しながら……どうしてそんなことしたの? そう言いたげな、表情が見えた。


 そんな、目を向けないでくれ。

 そんな、表情を浮かべないでくれ。


 体が言う事を聞かない。

 頭で、止まれ止まれと叫んでいるのに、体が勝手に叫ぶ。暴れる。

 くそッ……結局、俺は何も変われないのかよ。


 俺は、投獄された。

 そこにいた全員に、勇者は裏切者という事実を植え付けて。




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