第十二話 元凶
「話は、一年前に遡るわ」
ミリアが、顔を俯きしんみりとした様子で話し始める。
「この村は、少なからず幸せな生活を送れていたと思うわ。私の弓の師匠であるクレイがオークを狩ってきて、その素材を周辺の街に売って生活をしていたわ」
クレイ……何度も話に出てきているが、あんまり詳細が分からない人物だ。
レインの姉であり、ミリアの師匠でもある。
「そんな時、この周辺を収める領主様が死んじゃったの。とても私達農民の事を考えて下さっていて、あのお方のおかげで幸せな生活を送れていたと言っても、過言ではないわ」
領主様、か。
ここの領主が死んだって言うのは、勇者時代に聞いたことがある。
昔、宮廷魔法師だったが、大怪我をしてからはここの領主として活動していて、死因は自殺だと聞いた。
「そして、亡くなった後は、御子息である、カルデイ=ファニバルが領主の座を引き継いだの。そこからが、地獄の始まりだった」
地獄……? 勇者時代ここを訪れた時にここの領主に会ったが、そこまでひどい人物には見えなかった。
「カルデイは無類の女好きと知られていて、とても評判が悪い男なの」
女好き!? 俺が見たここの領主はそんな性格には見えなかった。本当に真摯にこの村の事を気にしていて、逆にとても良い人に見えた。
それに、性別隔てなく誰にでも優しく接していたような気がする。
俺が知っている人物と、とても同一人物だとは思えない。
「そして、父親である前領主様をとても忌み嫌っていた。とても温厚だった前領主様も、カルデイには悩まされていたそうで、最終的に見放してしまったそうよ」
たぶん、勇者には良い人を装って、自分より格下の平民の前では酷い領主だったんだ。勿論、ミリアの話を信じるのなら、だが。
「そして、前領主様は亡くなった。カルデイは、とても喜んだでしょうね。でも、前領主様への恨みは消えていなかった。だから、前領主様がとても気にかけていたこの村を、恨みを晴らす標的にしたの」
俺はミリアの話を黙って聞いていた。
山賊たちも気絶しているのかと思うほど、静かだ。もしかしたら、慕っているのはあの男ではなく、ミリアなのではないだろうか。
男に従っていたのは、あくまでミリアの命令だったからなのかもしれない。
「まずは、既婚の女性を見境なく権力を振りかざして連れて行ったわ」
……胸糞悪い話になって来た。
その女性が、どんな仕打ちを受けたかは、簡単に推測できる。今生きているか死んでいるか定かではないが、死んでいる可能性の方が高い。
「既婚の若い女性は誰もいなくなってしまったわ。そして、次の標的は未婚で男性経験もないような女性。まだ十二歳の子も連れていかれてしまったわ。まだ、自分が何をされるか理解出来ない年齢なのに……何で、こんな目に……」
話すのに耐えられなくなったか、そこで泣き崩れてしまった。
十二歳って、まだ子供じゃないかよ。そんな年齢で、屈辱を味合わされるのか。
カルデイって領主は、罪悪感を抱かないような人間なんだろうな。
人間への恨みが行き過ぎると、こうなってしまうのだろう。
「そして……とうとう、私が連れていかれることになった」
「でも……連れていかれていない。何があったんだ?」
「私の他に、もう一人女性が残っていたの。それが、私の弓の師匠のクレイ。とても強くて、美しい人だった。その容姿が理由で村長に、とても気に入られていたわ。だから、領主の手から逃れるために、村長が隠していたの」
村長は一人の女性を隠してしまったのか。他の女性を守らないで、自分が気に入ったその女性だけを。
あまり、好ましくない行動だ。全員を隠すと怪しまれてしまうのは分かるが、その女性だけを贔屓にするのもどうかと思う。
でも、村長はその方法しか思いつかなかったんだろう。
「そのまま行けば、クレイだけは領主の手にかからず、私が屈辱を味わうはずだったわ。でも、私は臆病で、弱かった。村長から言うなと強く言われていたのに、クレイに打ち明けてしまったの。今の様に!」
ミリアは床を涙で濡らし、声を荒らげる。
臆病で弱い。俺と同じなのか、ミリアは。
今のミリアの様子は、俺が牢屋に入れられていた時とよく似ている。罪悪感に呑まれかけているのだ。
「クレイは、とても正義感の強い女性だった。そんな女性が、その事を知ったら、私を庇って領主の元へ行くのは目に見えていた。私はそれを知っていて、打ち明けてしまった! ……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああァ!」
ミリアは罪悪感に呑まれて、頭が狂ったかのように叫びだし、気を失った。目の光を失い、ただただ涙を流している。
俺はそんなミリアに、声をかけられなかった。かける言葉が、思いつかなかった。
ミリアを救い出せるのは、俺ではない。
レインは、この話を聞く限り、クレイという女性がいなくなったことを受け入れられず、ミリアを姉だと錯覚している。
あの男も死にかけている。
今ミリアを救える人間は、どこにもいない。
「そこからは、俺が話そう」
「うぇッ!?」
突然声を掛けられたので、変な声を上げてしまった。
俺に声を掛けてきたのは、肌が青白く、全身が干乾びているさっき戦った男だった。
立っていることさえ辛そうだが、山賊に支えられて立っている。
なんだ。人望はあったんじゃないか。
「さっきはすまない。剣を向けてしまって……それに、罪のない人間を殺してしまったことも、謝る」
男は深く頭を下げて、謝罪をしてきた。
とても、いい人に見えた。さっきまでの荒々しい口調も、頭が狂った様子も見られない。演技だったのだろうか。
「俺に謝ってどうするんだよ……」
「すまない。本当に、すまない」
男は、それからもずっと謝罪を続けていた。
俺が何を言おうと、謝罪で返してくる。
落ち着いたと思うと、やっと男は話し始めたくれた。
「……言い逃れをするわけじゃないが、俺達にも事情があったんだ……っ!」
男はいきなり身を乗り出して、俺の肩を掴みかかった。
さっきまでの人格は何だったんだ。違い過ぎて、まだ受け入れられていない。
とても爽やかで心優しい青年って感じで、さっきのを思い出すと少し気味が悪く感じてしまう。
「カルデイが、ある日言って来たんだ。勇者訪問の時に、俺が王国に気に入られるように仕向けろ。そうすれば、女たちを返してやる、とね。その為に、村にいい印象を抱いてもらって、全てカルデイ様のおかげです、と言えば良いと考えた。でも、いい印象を抱いてもらう方法がない。オークを狩ってはいけないと言われたから、豪勢な料理が出せない。どうしようもなかった。だから、人肉を使う事にしたんだ」
それが、真相か。
この男は、カルデイに女を返してやると言われたから、殺人に手を染めてしまったのだ。
元凶は、すべてここの領主だった。
でも、返してもらうことが絶対に良い事とは言えない。
言い辛いが、絶対にあの頃のまま帰って来ることは無い。帰って来たとしても、辛くなるだけだ。
それに、帰って来た人たちも自分の姿を見られて、良い気分になるはずがない。
「言いたいことはわかるさ。帰ってきても、あの頃の人たちではない。でも、弔ってあげたいじゃないか。屈辱の果てに死んで、使い捨ての道具の様に捨てられる。そんなの、あんまりだ。生きていたとしても、そっちの方が苦しいはず。せめて、ここで……死んでほしい」
俺には、分からなかった。
どう声を掛けていいのか。
同情することは出来るのかもしれない。
でも、俺のするべきことは、それじゃない。
*
同時刻。ファニバル家、カルデイの私室。
その部屋は、机や椅子、棚はおろか照明もなかった。あるのは、部屋の中心に置かれた異常なくらい装飾が施されたダブルベットだけだ。
そんな部屋に、とても掠れた中年の歓呼が響く。
「ッ…………! ひぃぃひっひっひっひ! やはり、歳を重ねた婆より、若い娘の方が良いもんだな、ファビロよ!」
肥満体の男が、隣に無表情で立っている白銀の鎧を着た騎士に声を掛ける。
しかし、騎士は冷めた表情で、無言を貫き通す。
それに怒りを覚えた男は、目の前で泣き崩れている少女にそれをぶつける。
「クソッ、つまらねえなぁファビロ! お前も少しは喋ったらどうだ、お前もそう思うよな!」
「…………ぁた、す……けぇ、て。おかぁ、おうぇぇぇ……さ…………」
少女に男の声など聞こえていない。
少女は歯を食いしばりながら、全身を迸る痛みに耐え続ける。
だが、それに対し理不尽に怒りを覚えた男は、可憐な少女の頬を殴る。
「チィィィッ! お前も、お前も俺の言葉を無視するのかァ! あの、あのクソ親父みたいにぃぃぃッ!」
それが決定的になったのだろう。まだ未来があるはずの幼い子供が、自ら舌を噛んで死んでしまった。
「あ……あぁぁぁ? チッ、もう死にやがったのか。おい、次持って来い」
男は眉間に皺を寄せて、少女をまるでゴミの様に放り投げる。
放り投げた先には、何人もの女性の裸体が山積みになっていた。それも、全て死体だ。
この時の男は知らない。
怒り狂った村人+αが、己に裁きを与えようと襲い掛かって来る事に。
作品タイトルを≪裏切り勇者のやり直し英雄譚-臆病な勇者は世界を裏切り魔王を倒した、故に最初からやり直す-≫に変更しました。