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第十一話 愚かにも狂う少年





「ミリ……ア……? なんで、俺に向けて……弓を構える……ッ」


 ミリアの声に応じるように、山賊たちは武器を収めて道を開けた。

 その開いた道の先には、俺に向けて弓を構えるミリアが立っていた。


 俺が必死になってミリアに声を荒らげるが、ミリアは顔を顰めるだけで返答はしない。

 まさか、ミリアもあの男と同様に冒険者たちを食料にしている事に賛同しているのか。 だから、それを阻止しようとしている俺に弓を構えるのか。


 ……完全に思い違いをしていた。ミリアは何も知らず、あのクズ爺や男に利用されているんだ。数日だけだが、ミリアの優しさに触れて、そうなんだと心の底から信じていた。

 それが全部、俺を陥れるための作戦だとしたら、悪質過ぎる。


「まず、武器を手放して両手を頭に乗せなさい。そうすれば、苦しまずに肉を削いであげるわ」


 ミリアは俺に徐々に近づいて来て、俺を脅してくる。矢を剣で弾き飛ばすスゴ技は会得していないので、今撃たれたら確実に殺される。

 そう理解できているのに、俺は未だに放心していて、言う通りに行動することが出来ない。


 俺を悪竜から助けてくれたミリアは、俺を看病してくれたミリアは、全て偽りだったのかよ。

 俺は自然と涙が出てくる。信頼していた人間に裏切られた気分を味わったことが無いから、涙を我慢することができない。


 戦王や賢者も俺が裏切りを暴露したとき、こういう気分だったのだろう。


 初めて味わった。信頼していたものに、裏切られる気持ちを。

 知らなかった、俺は自分が救われるために人々への償いをするなどと豪語していたが、周りの人たちの苦しみを全く考えていなかった。

 なんて、俺は愚かなんだ。


「早くしなさい。本当に撃つわよ!」


 ミリアが、真剣な表情で脅してくる。

 俺は平常心を取り戻し、言われた通りに剣を手放して、両手を頭に乗せた。


 よく考えたら、苦しませずに肉を削ぐ方法って無くないか? ミリアは、嘘を言っているじゃないか。結局俺が両手を頭に乗せたとしても、肉を削がれる時点で苦しんで死んでいくのは目に見えている。

 最悪だ。何でこんな最悪な人間を一度でも信頼したのか。


 俺は気付かぬうちに、人間不信に陥っていた。

 ここでどんな聖人が現れたとしても、信用できないだろう。


「……クズ女が……ッ! こんなことをして、良心が痛まないのかよ! お前ら、人間じゃねえよ……!」

「……うるさいうるさいうるさいッ! 私たちは、この勇者訪問に命を懸けているわ! どんなに恨まれようが、やらなくちゃいけないの。分かってほしいなんて言わないわ。だから、言う事を聞いて。早く、肉を削がせて!」


 言っていることが、正気の沙汰じゃない。

 もう、頭が可笑しくなっている。狂っていやがる。

 何故、残虐な行為をしてまで、食料を手に入れたい。何故、そこまで勇者の訪問に命を懸ける。


「お前ら……そんなに金が欲しいのか!」


 男は、金が無いと言っていた。

 ここで王国に恩を売っておけば、大量の金が手に入るとでも思っているのか。あの王国がそんな事するとは思えない。

 世界を救うために必要な事だ。絶対にそう言って、報酬など与えない。それが、王国なのだ。


「金……? え、ええっ、そうよ! 金が欲しいのよ。私たちは今のままでは生きていけないの。だから、早く!」


 なんだ、今の動揺は。何かを必死に隠しているかのような、動揺だ。

 これは、何か事情があるのか……? いや、駄目だ。これも此奴らの悪質な作戦だろう。騙されてしまう所だった。


「畜生。お前らはどこまでクズなんだ……! ミリアやあの男の強さがあれば、傭兵でも騎士にでもなれただろ!」

「いやよ! 誰が、あんな権力を無意味に振るうクズどもの下に就くものか!」


 これまでで一番の動揺を見せていた。

 まさか、本当に何か事情があって……いや、騙されては駄目だ。こいつらは俺の心を惑わす悪質な作戦を実行しているのだ。

 それに、どんな事情があろうとも、人を殺したことは償わなければならない。


 俺はミリアがひどく動揺を見せているうちに、手放して放り投げていた剣を取り戻し、ミリアの首元に突き付ける。

 ミリアはビクッと体を震わせ、弓を手放してしまう。


 これなら、いつでもこいつも殺すことが出来る。


「お前の罪は、罪なき人間を残虐に殺したことだ……だから、殺す」


 俺の頭はもう取り替えしがつかないほど狂っていた。

 今までの俺ならば、もう少し冷静で居られたことだろう。しかし、今の俺は人間不信となり、だれも信用できない状態にいる。

 俺はそのまま剣を振りかざす。

 そんな時、ミリアが誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


「ごめんなさい」


 そんな一言を、呟いた。

 死を覚悟したかのように、目を瞑った。


 これは、誰に向けての謝罪なのだろうか。

 俺に対してか、無残に殺されてしまった人たちに対してか。勿論、それもあるだろうが、俺はそれ以外にも何かある気がする。


 ここで俺は、正気を取り戻すことに成功した。


 俺は、何をやっているんだ。うっすらと涙を浮かべる少女に、剣を振りかざしている。

 どんなに罪深き人間だろうと、なにも話を聞かずに普通殺すか? 否、殺さない。俺は、何かに取りつかれたかのように狂っていた。

 良かった、殺す前に平然を取り戻せて。


「……殺さないの?」

「…………話を聞こう。まずは、それからだ」


 俺は剣を手放して、その場で倒れる。

 色々な感情がこみ上げて来ていた。彼女に裏切られた悲しみ、彼女への失望、自分の愚かさへの絶望……それはもう、数え切れぬほどの感情だ。

 俺は、馬鹿だ。その場の怒りに呑まれてしまった。


「話……? あんたに話す事なんて何も無いわ。私は食料をなるべく増やして、王国に恩を売って、金を貰おうとしただけよ」

「今までの言動でそれを貫き通すのは、無理があるぞ。動揺しすぎだ。何か隠していることは、明白だった」


 俺は、それに気づいていながら人間不信に陥っていた為、話を聞こうなんて思いつかなかった。


「……べ、別に、動揺なんてしてないわよ」

「今も、動揺している。今のミリアへの印象は、私利私欲のために簡単に人を殺せる残忍な女だ。早く、真実を教えてくれ」


 今度は不思議なくらい、ミリアが嘘を言っていると確信していた。

 先程の様に、ミリアが悪質な演技をしているなんて思えない。


「……ごめんね、ロウ、クレイ、レイン……私、もう耐えらんないわよ。今から私は、この人に真実を打ち明けるわ」


 ロウ……誰の事だろうか。まさか、あの男の名前だったりして。

 それに何故、レインの実の姉であるクレイの名が出てくる。


「勘違いしないでほしいの。私たちは金の為ではないけれど、私利私欲のためにこれを行っているわ。それを、忘れないで」

「……ああ」


 ここから、俺のアーレンの村への償いが、本格的に始まることになった。




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