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第零話 前編 裏切り


「勇者よ、世界を裏切るのなら、世界の半分をやろうぞ」


 魔王城玉座の間にて、魔王は冷めた瞳でそう言った。

 勇者ならば、惑わされず、真っ先に剣を抜くべきだろう。しかし、俺にはそれが出来ない。


 魔王が放つ強烈な威圧に、魔王と呼ばれるにふさわしい形相、肉体。

 そして、他の魔族とは比べ物にならない魔力。


 魔王に、今更恐怖しているのだ。


 *


 俺の名前は、獅子崎正義(ししざきせいぎ)。二年前、魔王に脅かされている世界、シュワルドに勇者召喚された、現在十八歳の高校生だ。


 正義なんて立派な名前だが、本質は違う。臆病で弱くて、親が強盗に襲われたとしても、助けないで真っ先に逃げ出す最悪最低の男なのだ。


 そんな俺に勇者が務まるのだろうかと、初めは迷ったが、勇者様とちやほやされて調子に乗ってしまったがために、魔王を討伐すると王国民に宣言してしまった。


 その結果がこれだ。


 俺は人間を裏切るか裏切らないかで迷っている。

 剣を抜いた瞬間、殺されるのではないかと想像すると、怖くて体が竦んでしまう。


 怖い。逃げ出したい。

 なんで魔王と倒すと宣言してしまったのだろうか。今更遅いのだが、後悔している。

 こんな化け物、倒せるわけがないのだ。


 それでも、逃げ出せないのは、外で戦っている仲間がいるからだろう。


 他に二人、一緒に召喚された仲間がいた。計り知れない筋力を持つ肉弾戦のプロフェッショナル“戦王”の異名を持つ男と、尽きることを知らない魔力と、限りない数ある魔法を全て会得した“賢者”の異名を持つ女。


 同じ境遇の二人は、俺と違って勇敢に魔族と戦っていた。そして、今も。


 それでも、俺は剣を抜くことが出来なかった。

 手が震えて、柄の部分を上手く掴めない。

 ……クソッ、怖くてたまらない。早く、逃げ出したい。


 そう思ってしまったが最後、俺は決断した。


「俺は……人間を……………裏切ろう」


 俺は、依然として冷めた瞳で見つめてくる魔王に、そう言った。

 魔王はその言葉を聞いた瞬間、俺をフッと鼻で笑った。

 まるで、予想通りと言いたげな様子で、俺に近づいて来て、耳元に顔を近づける。


「よろしくな……裏切者」


 そう、呟いて通り過ぎて行った。


 俺は、歯ぎしりしか出来なかった。

 悔しかった。この状況がひどく辛かった。

 でも、それ以上、肩の荷が下りて、気分が良くなった。

 俺は、見えない空を仰いで、


「ははっ、これで、裏切者……か」


 そう自虐的に笑った。

 その瞬間、後ろから物を粉砕するような轟音が聞こえてくる。


「なんだ!?」


 急いで後ろを振り向くと、そこには外で戦っているはずの、賢者と戦王の姿があった。傷だらけで、とても苦しそうだ。

 そして、魔王が石像になってしまったかのように動かなくなっていた。


 瞬時に俺は理解した。戦王が扉を粉砕して、賢者が雷魔法を放って、魔王を麻痺させたのだ。

 今の魔王には完璧な隙が生まれていた。


「「正義! 魔王を討ちとれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」


 戦王と賢者の雄叫びが俺の耳に木霊する。

 

 何故か、聖剣を抜けなかったので、掌に純白に輝く球体を作り出して、魔王の背中に叩き付ける。

 その球体が直撃した瞬間、閃光が部屋全体を迸る。


 これは、ホーリーバーン。

 魔物にだけダメージを与える閃光の爆発を起こす技だ。

 それをゼロ距離で食らった魔王は、どこかに消えてしまった。いや、チリと化したのだ。これでも俺は勇者だ。隙だらけの魔王であったら簡単に殺せる。


 魔王の死が確認できた瞬間、戦王や賢者、今辿り着いた騎士たち全員が歓喜の雄叫びを上げる。

 皆、魔王を倒せて心から喜んでいるのだ。


 俺達は、俺達を召喚した王国の王から魔王を討伐できれば、元の世界に帰還できると言われていた。

 それは定かではないのだが、やっと帰還できると戦王と賢者も心から喜んでいた。


 それに対し、俺は全く喜べていない。

 人間を裏切った瞬間に勝利したのだ。

 心にぽっかりと穴が開いた気分だった。肩の荷が下りることも無く、裏切りという事実だけが残った。


 最悪だ。これなら、人間を裏切ら無ければ良かったじゃないか。


「正義! やったな!」


 すると、戦王が満面の笑みを浮かべながら、背中をバシバシと叩いてくる。

 これは、何て答えればいいのだろうか。素直に、やったなと言うべきだろうか。本当のことを言うべきだろうか。

 今、本当のことを言ってしまえば、失望されるだろうか。


「九王君、バシバシ叩き過ぎよ」


 すると、賢者の方が声を掛けてきた。

 九王君とは、戦王の苗字だ。本名は、九王方貞(くおうみちさだ)。賢者の本名は、京崎佳鈴(きょうざきかりん)


「ああ、やったな……」


 俺は、本当の事を言えず、やったなと答えてしまった。

 やっぱり俺は臆病だ。


「どうした正義、浮かない顔してるが……やっと元の世界に帰れるって顔をしてないぞ?」


 俺達は魔王を倒せば元の世界に返してもらえると、俺達をこの世界に呼んだ張本人から約束されている。


「そうよ、二年もかけて達成できたのよ? もっと喜ばなくちゃ」


 すまない。みんな。

 俺は、喜べる立場にいないのだ。

 俺は、人間を裏切ったのだ。

 俺は、この世に存在することは許されないのだ。

 俺は、この世でもっとも最低な男だ。


「それじゃあ帰ろっか!」


 賢者は満面の笑みを浮かべながらそう言った。

 言わなくちゃ。本当の事を、言わなくちゃ。


「あのさ!」

「「なに?(なんだ?)」」

「…………いや、なんでもない」


 *


 帰ってきてしまった。王国に。結局、本当の事を言えずに。

 今から、玉座の間にて、元の世界へ帰還する儀式を行う。やっと、帰れるのだ。


 良心はいないし、兄妹もいないから、俺を心配している人なんて元の世界には誰もいない。

 だから、正直帰らなくても誰にも迷惑を掛けない。魔王討伐前まではそう思っていた。


 だけど、今は何よりも元の世界に帰還したい。

 この世界にいると、胸の奥に渦巻く罪悪感に飲み込まれて、頭が可笑しくなってしまいそうだ。

 だから今は、他の二人より帰りたいという思いは強いだろう。


「もうすぐ、帰れるのかぁ……」


 戦王は感慨深げに空を見上げ、貴族の正装に慣れた手つきで着替えていく。

 二年も貴族のような生活を送ってきているのだ。少しは慣れる。そういう俺も慣れた手つきで着替え終わった。


 今いるのは、俺たち二人の寝室だ。

 ベッドは見るからに高級な羽毛が使われており、一つ一つの装飾が億を超える値段がする。


 召喚されるまで戦王と賢者と俺は面識がなく、面識がない男と同じ部屋で過ごさなければならないのかと唸ったが、今は慣れた。


 そろそろ、儀式準備の完了の報告をメイドが伝えに来る頃だ。

 今すぐ帰るというのに、何故このような服を着なければならないのか。何か裏がありそうだ。


 とはいっても、帰ろうが残ろうが、俺の心の中は一生罪悪感で満たされるのだろう。

 帰ったところで何も変わらないのだ。この過ちを、正すことはできない。


「魔王を討伐してからずっと浮かない顔をしてるな……もしかして、この世界に愛着がわいたとか?」


 愛着か……。

 そんなもの、湧くわけがない。

 無理矢理この世界に連れてきて、魔王を倒せと言ってくる無責任な人間の住む世界に、愛着など、湧くわけがない。


 だが、俺は嘘をついてしまった。


「そうかもな」


 このままでは、嘘を重ねていくだけだ。

 どこかで、真実を打ち明けなければならない。

 この世界にいるうちじゃないと、打ち明けることは出来ないだろうから、早めにしなくては。


「そうか……まっ、しょうがねえよ。二年もいたんだからな」


 戦王の方は、愛着がわいているようだ。別れを惜しむ表情をしている。

 本来、俺もあんな表情を浮かべていたはずだ。


 コンコン、と誰かが扉をノックした。


「もう着替えは終わりましたでしょうか」

「「はい」」

「国王様がお呼びです。着いてきてください」


 俺達は、玉座の間へと向かった。

 戦王は別れの時が来て、涙を浮かべている。

 対して俺は、ドロドロとした真っ黒な物が心に重くのしかかり、別れを惜しむ余裕などなかった。






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