ep.004 人参果のスムージー
ベスさんは驚きもせず、
「あら、貴女は生まれ持ってミューズの御加護がある様ね。ペンダントを身に着けてみて、これで何かトラブル在ったら、私にすぐ連絡入るから。後、音楽の才能も花開き易くなるわよ」
そう言っては、にっこり微笑んだ。
《暗い・・・、此処は何処だろう?アタシ、死ぬのかな?手足の感覚が少しづつ無くなってきてる・・・。いくら叫んでも、誰にも届かない》
真っ暗いコールタールの海に沈む様に、ぬめっとした感触を桜子は感じている。
自身の声は響かないのに、遠い場所から誰かが奏でるギターの音色が淋しくはあるが心地良かった。
もう何度生きるのを諦め様と思った事だろうか?
その度毎に、音色は桜子を諭した。
《決して諦めるな》
桜子の居る個室で、ももせはひたすらギターを奏でていた。
この個室に運び込まれてもう36時間になるだろうか。
その間ずっとももせは弾いていたのだ。
一睡もせずに。
扉の外では、“大和狂走乙女”の親衛隊長のレーコと特攻隊長のアスカが睨みを効かせながら、演奏に聴き入っている。
アスカは部屋の中を指差し、
「なぁ、レーコ。もうあの子どんだけの間ギター弾いてる?」
アスカは特攻服のポケットからスマホを取り出し、チラッと見て、
「多分、ウチらが着いたのが昨日の早朝だから、ずっとじゃない」
レーコは驚き、
「ほな、30時間以上も弾きっぱなしやん。そら凄いわ」
「そうゆう事か、そら大変どすな」
レーコとアスカが声のする方に顔を向けると、真っ白のゴスロリ風ドレスに、黒地に“みやこ Pink Spider”とピンクで刺繍のされた特攻服を羽織った美少女が手に缶ジュースを持って立っていた。
「あっ、藍さん。お疲れです」
刹那、レーコとアスカの二人は直立不動の姿勢を取ると、ビッと90度に上半身を下げ挨拶をする。
桜子直参の女暴走族の為、流石に躾は行き届いていると言うべきだろうか。
藍はにぱぁと微笑み、缶ジュースを二人に差し出す。
オレンジとアップルだった。
「お疲れどしたなぁ。今からはウチが此処におるよし、二人とも一度奈良にお帰りやす。しんどかったら、途中ホテルででも寝たらよろし。寝不足は美容の大敵やよ。って昔から言いますえ」
と言って、ポケットから財布を取り出すと一万円札を五枚引き抜き、レーコに押し付けた。
レーコは申し訳なさそうに、
「藍さん、これ多過ぎます」
藍は首をぶんぶんと横に振り、
「ええんどす。桜子ちゃんの所来んのにお店休んだんどすやろ?これは少ないけど、そのお手当どす」
レーコとアスカは現役のキャバ嬢なのだ。
レーコとアスカは再度藍に頭を下げると、エレベーターに向け歩いていく。
二人が奈良に帰って行くのを安心したのか、藍は向かいの個室に語り掛ける。
「ベスちゃんも居てるんどすやろ?」
向かいの個室のドアが静かに開き、カーテンがシャっと開くとスケスケの黒いベビードールを着たエリザベスが眠そうに眼を擦り出てきた。
欠伸を一つすると、
「大丈夫よ、藍。この病院を中心として300メートルの決界を張ってあるから、低級霊や死神は一切入ってこれないわ」
藍も頷き、
「流石、ベスちゃん安心しました。お礼にこれを」
特攻服のポケットから小さい蓋付きのボトルを取り出した。
どろりとした中身を蓋につぐと、ベスに指しだし、
「人参果のスムージーどす。蓋一杯で魔力回復するはずどす」
ベスは首を傾げ、
「人参果?」
藍は、んーと考え、
「まぁ言うたら東洋版マンドラゴラみたいなもんどす。この前の神戸で種を手に入れたんで霊峰吉野のお山で育てたんどす」
「ふーん、マンドラゴラね」
ベスは納得したのか、蓋を受け取ると一気に飲み干す。
瞬間、ベスの身体が輝き、身体中の細胞レベルで魔力が回復していくのが分かった。