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教授ってなんだかよくわからなかったりする

これで、早くもストック消失です!


「あの…」

「腕、どうしたんですか」


それに呼応して、私は右腕にじりじりとした痛みを感じた。鮮やかに赤い液体が流れている。どうやら、ナイフを当てられたときに、切っていたらしい。


「これは…」


事の経緯をどこから話すというのだろう。ラインのグループを外されたとこから。いや、長くなりすぎる。では、ナイフを突きつけられた、と。かなりデンジャーな話になってしまうだろう。結局、考えあぐねていると、彼は息をついて、いいです。と告げた。


「手当てします。中へ入って」


ということは、やはり、この一軒家の人らしい。しかし、私は戸惑いを隠せない。見ず知らずの、しかも男性の家に一人で入るのは、どう考えたって危ない。傷害を受けそうになった後、別の意味で襲われるなんて、洒落にならない。自分は、大した器量ではないが、何といっても花の女子高生なのだ。それだけでも、十分危険だ。


彼は、それを察したように、背負っていたリュックから漁って取り出したカードを、私に見せた。大学、教授、須藤…。下の名前を見る前に、彼―須藤教授が身分証をしまう。


「ね」


ね、っておい。…明らかに、十歳は年上の人に言われるのは、ちょっとむず痒い。それに、身元がわかったからって、どうというのだろう。世の中、教師ということが知られていても、暴行を加えるようなことは往々にしてあるのだから。


「うーん、最近の子は、疑い深いですね。ちょっと待っててください」


須藤教授は走って、家の中へ入る。ここでも、逃げた方がいいのではと思ったが、それだけの体力は残っていなかった。大人数の人が来ているようであったら、逃げよう、という何ともリスクマネジメントのなっていない考えしか浮かばなかったのだ。しばらくして、須藤教授が連れてきたのは、私の祖父母くらいの年齢の女性であった。


「礼さん。大家さんなんです。彼女もいるので」


礼さん、という女性は、穏やかに微笑む。安心して良いよ。と私の頭の中にいる天使が呟いた。


「あの、ご迷惑お掛けします」


「いえ、見過ごせないので」


須藤教授と礼さんは、よく似た笑みをもらす。大家さんなのだから、血は繋がっていないのだろうけど、どこか心が安らぐような雰囲気は重なるものがあった。


家の中に入ると、床が小さく声を上げ、外壁と同じく、少し古さが感じられた。


畳の敷いてあるリビングの様なところに通されると、須藤教授も礼さんも待っててくださいと、別の部屋に行ってしまった。私は、手持ちぶさたで、ぼんやりと室内を眺める。よく見る焦げ茶色の四つ足テーブルに、部屋の隅にはきれいに手入れされた仏壇がある。そこから、視線を上に移すと、家族写真とおぼしきものや結婚写真などが飾られている。


「お待たせしました」


須藤教授が部屋に入ると、手早く濡れたタオルで私の右手の血を拭い、消毒をして、保護テープを貼ってくれた。


「慣れてますね」


この見た目だから、きっと女性の扱いも慣れてるんだろうな、なんて邪推をしながら、彼の腕に浮き出ている血管を見た。思わず、人差し指でなぞりたくなるような衝動が湧く。


「仕事柄でしょうか」


「仕事柄?」


さっき、身分証には教授とあったが、教授とはそんなにアグレッシブな職業なのだろうか。私が首をかしげると、須藤教授は、いたずらっぽく微笑む。


「教授なんですけど、考古学の研究もしているので。フィールドワークに出ていると、よく怪我をするんですよ」


「ああ」


私は、大学でも荒れた学科なんてものがあるのかと思ってしまっていたが、恥ずかしい思い違いのようだった。


「それより」


須藤教授は、静かに目を細める。その粛然たる様子に、私は息を飲んだ。


「何があったんですか」


「それですか」


私の言葉に、須藤教授は強い眼差しを向けた。


「踏み込むのはよくないと思いましたが、それ、ナイフの傷でしょう?」


思わず、背筋が伸びる。


「傷のつき方から、誰かに切られたように見えますが」


顔の筋肉が硬直する。すべてを見透かされるような目であった。畏怖すらも感じてしまう。ふいに、須藤教授は表情を崩した。


「私に襲われると思っていたような、危機管理のしっかりとした方のようですからね」


こういうのが大人の余裕というやつなんだろうな、と頭の片隅で思う。私も、彼みたいに余裕の風をなびかせて、笑顔で真実を当ててみたいけれど、まだ力は備わっていない。高校生とは、ちょうど大人と子供の中間で、出来ることはたくさんあるけど、胸を張って大声で言いたくなるようなスキルは身に付いてはいやしない、そんな気がする。


私は、頭の中で、出来事を整理してから口を開いた。


「実は、いじめにあっていて、さっき私をいじめている人に会ってしまって、ナイフを」


「ひどいですね」


須藤教授は、顔を歪める。私の苦しみを想像してくれているのだろうか。


「本当は、ジャンヌダルクみたいになりたいのに、こんな有り様で」


思わず、Janne Da Arcと出てしまい、口を手で覆う。Janne Da Arcなんて、気取った子だと思われるだろう。失態だ。


「ジャンヌダルクか。『モデラート』の主人公も同じようなこと言ってましたね」


私は、自分でも目と口が大きく開かれたとわかった。でも、それだけ衝撃だったのだ。


「『モデラート』、知ってるんですか?」


『モデラート』とは、私が心酔する小説家の最高傑作とも言える作品だ。何を隠そう私は、その主人公に大きく心を通わせているのだ。


「やはり、それからでしたか」


「はい。嬉しい。知っている人なかなかいないので」


私は手を叩いて笑ったが、しばらくして、とてつもなく恥ずかしいことだと気づいた。何してんのよ…。


「ごめんなさい」


「なぜ、謝るんですか?悪いことではないでしょう」


そう言われるものの、やはり気が引ける。突然血まみれの腕をした女の子が家の前に立っていて、手当てをしたら、興奮してしゃべってるなんて、なんて自分は馬鹿なのだろう。救いは、彼が楽しげに話を聞いてくれていたことだった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

引き続き、よろしくお願いします。

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