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サンドイッチみたいな

作者: 真由

だばー。

プールから上がった泉屋凜花がゴーグルを外した。入り込んだ水がまるで涙のように流れ落ちて、何だか幻想的な気分だ。


凜花の瞳が開く。


それまでずっと閉じられていたようで、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

ゴムがすっかり緩くなった青いそれは、度々その意味を無くしてしまうらしい。

それでも替える予定がないのは、なんだかんだで彼女らしいと、匂坂広は感じていた。


すっかり癖になってしまった凜花のその仕草は、水泳部夏の風物詩なのだ。


広の一つ上で現在三年生である凜花は、引退後もなお、ストイックに泳ぎ続けている。


それがはっきりとした将来が決まった余裕か。

はたまた決まらない焦りから来るものなのか、広は知らない。


今の三年生にその言葉を聞くのは、きっとまだ早すぎるだろう。

   



夏の蒸し暑さが長期休み特有の浮かれた雰囲気を纏ってギラついている。

蝉の声と時折走りすぎてく野球部の声に挟まれて、プールの面積が心許なく肩身を寄せた。

体育の授業に水泳がない西央高校には、勿論プールも存在しない。

高校から徒歩15分程の野球場や陸上用のトラックなどが併設された、田舎町にしては大きな競技施設。その中で夏場だけ解放される屋外25メートルプールのおよそ半分、1~3コースまでを間借りして活動している。


これじゃあ、まるでサンドイッチだ。





「どっぼーん!」



大きな水しぶきが凜花のいたコースのすぐ隣から噴き出す。

間借りしているコースの真ん中、第2コース。

効果音を口に出す辺りが、またらしいというか、なんというか。

子供ガキか、あいつは。

一応この部の副主将である広が、笛と一緒に注意を飛ばす。



「だから、飛び込み禁止だってんだろ、バカ!」



スコンッと小気味良い音が響いて、丁度水面から顔を出した奴の額に当たった。



「痛ってーよ、広!凜ちゃん先輩の前だからってカッコ付けんなよ」


てか、飛び込み禁止ってなんだよ。

奴、日高恭平も負けじと笛を飛ばすが、なんせコントロールが足りない。

広から2メートル程遠い地面に落ちた。


「お前、また人の話聞いて無かったろ」


しっかりしてくれよ、キャプテン。

コンクリートに叩きつけられた笛を拾い上げ、溜め息混じりに呟いた。

こいつが主将とか、マジで先行き不安だ。




「昨日、顧問から聞いたばっかだろ。西小で飛び込み失敗で重症になった子がいるって」


それを受けた町の教育委員会は、この町での飛び込みを全面的に禁止にした。

高校に至っては、広たち二年の代で水泳部その物を無くして、新しくサーフィン部を作る予定らしい。

人数の少ない部だ。1つ潰すぐらい、どうってことないのだろう。

それにここは海の綺麗な島だから、サーフィン部の需要の方が高い。その為にわざわざ移住してくる人もいるくらいだ。


ザンネンダガ、シカタガナイ。ジコノサイハツボウシノタメニ。ハヤメニタイショシナケレバ。


もしサーフィンで事故が起きたら、その時はまた新しい部でも作るのだろうか。



淡々と、最もらしい言葉を並べて飛び込み禁止と廃部の意図を説明する教師に、ぼんやりとした頭でそんな事を考えていた。


あの時隣で一緒にそのふざけたおべっかを聞いていたのは、恭平で間違いなかったと思う。何せ水泳部は現在、部員2人だけの弱小部なのだ。


恭平が広のほうへと、大股でプールサイドを横切ってくる。

べった、べったと続く足跡は、さながら恐竜のような威圧感だ。

面倒くさそうに左手で後頭部を触る。男子の癖にストパーなんぞかけよって。同じクラスの町田が目ざとく口を出していた恭平の髪は、成る程。水に濡れると少し癖が出てきたような気がする。


「あー、その馬鹿げた話なら聞いたよ。何だっけ、マコトニザンネンダガイタシカタガナイってか」



馬鹿げた話。広がオブラードに包み隠した本心を、あまりに呆気なく口にする恭平に驚いた。

しかし広のそんな動揺など目もくれず、恭平の口からはするすると悪態が零れる。くるくると恭平の髪は癖がつく。


あんなの西小の教え方が悪かっただけだろ。

それで飛び込み禁止、廃部って意味わかんねーよ。

来年の部員はどーすんだよ。

難しい言葉ばっかならべやがって、もっとわかるよーに説明しやがれ。



それでも一向に不快な気分にならないのは、恭平が言うと、何かの冗談のようにしか聞こえないからだろうか。

それとも、やっぱりそれが広の本心だからだろうか。



握りしめた手の中の黄色が、やけに小さく、頼りなく映った。

恭平に投げつけたこの笛も、所詮おべっかだ。



「……、悪い」


笛投げつけて。

上の意見に流されて。

広自身で考え出した答えではないのに。

この先何年も続いて行くはずだった水泳部の未来なんて、考えたこともなかった。

もしかしたらこんなサンドイッチみたいな場所でも、それでも水泳したいバカだっているかもしれないんだ。


俺や、恭平や、泉屋先輩みたいに。



自分には、サンドイッチの具になれるほどの魅力はあっただろうか。



無いんだろうな、きっと。



うなだれた頭が重い。

何とか下を向かないようにと上げるが、どうも上手くいかない。

足下よりはいくらか上、広が着用しているパーカーの辺りで止まってしまう。

青いパーカーと、握りしめた手。



大した特徴のないパーカーは今の広にやけにぴったりと似合っていて、それが何だか腹立たしかった。

ありきたりで、特徴のない青。



恭平が投げ捨てた派手な色彩のパーカーが、やけに輝いている。






「……分かった。明日顧問に掛け合ってみるよ」


「んだよ、それ。結局いい子ちゃんかよ広~」



ふてくされた恭平は、それでもまた泳ぎ始めた。広も軽く関節を回してからプールへと降りた。

凜花もストイックに泳ぎ続けていた。

それにつけても先輩。水泳部存続の危機なんですから、もう少し心配してくれても良いんじゃないですか?

そんな広の声はサンドイッチの隙間に吸い込まれて消えた。












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