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祐介と由利の日常

そんなに可愛いこと言われたら

作者: 月唄零夜

祐介と由利が付き合ってから少ししてからのことです。

「一緒に帰らない?」


まるで少女漫画のヒロインのようにピンチから救ってもらった俺は、自分よりひとまわりも大きい男に悠然と立ち向かった男前な由利に恋をした。

奥手な由利を押して押して押しまくって何とか恋人の座に収まったけれど、それでも未だに俺からの一方通行な思いでこの関係は成り立っている。

俺に慣れてくれたのか話し方から硬さは抜けたけれど、それでもクラスメイトから友人ぐらいのランクアップだ。

だから放課後の彼女からの誘いには一瞬耳を疑った。

次いで自分の後ろの誰かにかけられた言葉かと背後を見やったが、生憎俺の席は教室の一番後ろなのでそこにあるのはロッカーだけだ。


「水野君?」


俺の奇怪な行動に首を傾げる由利。一緒にポニーテールも同じ方向に揺れるのが凄く可愛い。


「何か用事あった?なら別に「ないから!一緒に帰ろ!」


無言の俺にさっさと見切りをつけて教室を出ていこうとする彼女の腕を掴んで引き止める。

仮にも恋人なんだからもうちょい粘ってくれてもいいと思う。

こんなとき由利が俺の事そこまで好きじゃないって思い知らされてちょっとへこむ。

机の横にかけてた中身が殆ど入ってない鞄を持って立ち上がると、その意趣返しに由利の手をぎゅっと握る。

案の定握られた手を凝視する由利の頬は徐々に赤く染まっていって、男として意識されてる事実に安堵する。


「は、離してください!」


「いいじゃん、俺たち付き合ってるんだから。

それとも由利はこうされるの嫌?」


少し屈んで下から由利をじっと見つめる。

この角度でお願いされることに彼女が弱いと知ってからは、比較的頻繁に使うようにしている。

あざといかなと思わなくもないけど、普段の彼女は鉄壁すぎてなかなかに攻略が難しいのだ。

しばらくその状態で見つめあえば、やがて彼女が視線を逸らして「嫌じゃない」と呟いた。

駄目だ、その表情は可愛すぎる。


結局手を繋ぎながら帰ることになって、学校を出て校門前の坂を下る。

彼女はあまり多弁な方ではないので、2人で帰るときは大抵俺が話してる。

休み時間の馬鹿なやりとりとか今日の体育はキツかっただとか、あまり頭のよくない俺はとにかくくだらない話しか出来ないのだが、彼女はその1つ1つにしっかり相槌と少しだけ感想を返してくれて、その度に俺の胸は高鳴る。


「それで、何とかゴール間際で追い越したってわけ」


冬の体育は何故だか知らないが持久走で、男女混合なのは嬉しいけれどかったるいから嫌いだ。

それでもやる気を少しでも出そうと毎回友達数人でタイムを競って負けた奴はジュースを奢ることにしている。

今日は俺ともう1人が仲間内のドベ争いで、何とか気力を振り絞ってデッドヒートの末ジュース奢りを免れた。


「うん、見てたよ」


「え。」


変な声が出て、慌てて口を繋がっていない方の手で塞ぐ。


「水野君、最後凄い速かったよね。

ぐんって追い抜かしてた」


その時の光景を思い出しているのか、由利が小さく笑う。

そう言えば由利は他の女子みたくお喋りしながら走ったりしない。

黙々と前だけを見つめて走るし、その上体力も結構あるからいつも一番でゴールするのだと言っていた。

俺はいつも前半はダラダラ喋りながら走るからすぐに由利の姿は見えなくなってしまって、いつも目にするのはストレッチも終えて友人達と談笑をする姿だけだ。


「見られてたんだ。なんかかっこ悪いなー」


最後だけ頑張ったって意味がない。

特に常に頑張っている彼女にそれを見られてしまったのはだいぶん恥ずかしい。


「かっこ悪い?なんで?水野君はかっこいいよ。

最後トラックで抜きつ抜かれつだったとき、水野君ちょっとだけ笑って、そこから急に脚の回転が速くなった。

まるで風を切ってるみたいで、見ていてドキドキしたんだから」


だから、かっこいいよ。と付け加えて彼女が微笑んだ。

手を繋ぐことにはあれだけ恥ずかしがったのに、どうしてそんな台詞をさらっと言えてしまうのか。

俺の中の劣等感みたいなものを拾い上げて粉々にしてしまってるのを、多分彼女は知らない。

無意識にやっているんだろう。

ほんと、タチ悪いなぁ。


由利と話しているとバス停までの道のりなんてあっという間で、いつも少しだけ物足りない。

彼女も俺もバス通で、でも悲しいことに逆方向のバスだから、いつもここでお別れだ。

1度家まで送っていくと言ったときはこっ酷く怒られた。

曰く、私を送るためだけにいつもの倍の時間をかけて帰宅するなんて馬鹿だ。

時間は有限なんだからもっと有意義に使うべきだ。

私の為に時間を割いてくれるのは嬉しいけど、私はそんなことの為に水野君の時間を使わせたくない。

俺がどんなに反論したって彼女は頑として主張を曲げることはしなくて、結局送っていくことは断念せざるを得なかった。

その代わり由利がバスに乗るまで一緒に待っていることは許されたので、今日もベンチに座ってバスが来るのを待つ。

彼女が乗るバスは本数が少ない為俺は自分が乗るバスを何本か見送ることになるのだが、最初はそれもいい顔をされなかった。


「彼女だからって無理に一緒にいる必要ないんだよ」


「俺は由利と一緒にいたくてここにいるんだ」


そう返せばしばらく難しい顔をした後、わかったと言ってくれたので本当によかった。

クラスで俺達は公認-なんたって俺が公開告白をしているから-だけれど、普段はべったり一緒ってわけじゃない。

俺にも由利にも友達はいるし、彼女は本を読む時間も大切にしている。

それを奪ってまで傍にいることは本意じゃないし、何よりあまりくっつきすぎて鬱陶しいとでも言われたら俺は立ち直れない。

だから放課後は貴重な2人きりになれる時間なんだ。

少しでも長く一緒に居たいって思うのが普通だろ?

まぁ俺のことをお友達程度にしか思ってない由利に、同じ気持ちを持てって方が無理な話だってことはわかってるけど。


「あ、来た」


数本のバスを見送って、由利が乗る黄色いバスがやってきた。

自然に俺の手を離して立ち上がり、スカートの裾を正す彼女の後ろ姿を見つめる。

規定通りの丈のスカートから覗く白い足がたまらなく綺麗だ。

今まで膝上何センチを競うような子とばっかり付き合ってきたけど、由利と付き合うようになってからはそうゆう子達に全く魅力を感じなくなってしまった。

厳重に隠されているものほど暴きたい、みたいな?

言葉にすると少し変態くさいけど、ちらっと見える肌に猛烈にエロさを感じる。

そんなとてもじゃないけど由利には言えないことをつらつら妄想していたら、不意に彼女が振り返った。


「水野君、明日暇?」


そう言って首を傾げるもんだからそれに伴いポニーテールが揺れる。

さっきも見たけどほんとに可愛い。


「え、っと…暇、だけど」


不埒な妄想をしていたせいで反応が遅れてしまい随分と変な返しをしてしまった。


「じゃあ明日一緒に出かけたいんだけど……どうでしょうか」


語尾が小さくなって頬を赤らめる彼女。

もしかして、もしかしなくてもこれってデートのお誘いだろうか。

付き合ってから何回かデートはしたけれど、彼女から誘ってくることなんて今までなかった。


「行く。絶対行く。もし明日槍が降ってきたとしても行く」


テンションが上がりすぎてしまって彼女の両手をがしっと掴んだら、何それと楽しそうに笑ってくれた。


「後でまたメールするね」


ちょうどバス停に滑り込んできたバスのタラップに足をかけてそう言うと、彼女はバスに乗り込んで行ってしまった。

窓からこっちを見てクスクス笑う彼女は先ほどのやりとりを思い出してるんだろう。


「ヤベェ、楽しみすぎる」


彼女が乗ったバスを見送ったまま驚きと嬉しさに立ち尽くしていたら、俺が乗るバスも来たので慌てて乗り込む。

運良く車内は空いていて難なく入口付近の椅子に座ることができた。

それを見計らったかのようにマナーモードにしていたスマホが振動したのでスライドさせれば、由利からのメールだった。

彼女は今時珍しいガラケーを使っているので専ら連絡はメールなのだ。


『明日の11時に駅前の噴水はどうですか?』


絵文字もなにもないメールは随分素っ気なく感じてしまうけれど、彼女らしくてこれはこれで結構好きだ。


『OK!近くに新しい店がオープンしたらしいから、一緒に昼飯も食べよー』


その後何通かやりとりしてデートの約束を確実なものにする。

メールを連絡ツールとしてしか認識していない由利は意味のないやりとりをしないから、いつも短時間で終わってしまうやりとりに寂しさを覚えたりしていたけれど今日は違う。

なんてったって俺は明日彼女とデートできるんだから。

由利から誘ってくれたということは少なくとも彼女は休日に俺と2人で出かけたいくらいには俺に好意的だということだ。

無意識に緩む口元を押さえながら、明日は何を着ていこうかとまるで遠足前の小学生みたいにわくわくした。



女の子を待たせるのは俺の矜持が許さないので、デートのときはいつも10分前集合を心がけている。


「っても、流石に早すぎた」


どうにも昨日の夜から興奮してしまって、深夜まで洋服を選んだりデートプランを練っていたにもかかわらず今朝は6時に目覚めてしまった。

シャワーを浴びて朝飯を食って時計を見ればまだ8時をちょっと過ぎたばかりだった。

俺の家から駅前までバスで1本なので15分もあれば着いてしまう。

しょうがないから珈琲を丁寧にドリップして朝の情報番組をながし見て、ゆっくりと身だしなみを整えた。

時計を見れば9時30分。

まだまだ出発するには早すぎるけど、どうにもそわそわしてしまって結局そのまま家を出た。

駅前の大きな時計は現在9時50分を指していて、とりあえず噴水前のベンチに腰掛ける。

由利はきちんとした性格を裏切らず、何をするにも5分前行動を心がけているそうだ。

早すぎず遅すぎずぴったり5分前。

本人曰く余裕を持って行動したいけど人を待つのは好きじゃないから、5分前くらいがちょうどいいんだそうだ。

毎回のデートにもそれを実践しているから、恐らく今日も10時55分に到着するんだろうな。

後1時間もあるけれど、由利のことを考えていたらあっという間に過ぎていく。

今日はどんなダサい服を着てくるんだろうかとか、どのくらい笑ってくれるかなとか。

そういえば初デートの私服は凄かった。

どこで売ってるんだろうっていう大きな猫-不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたいな顔をしていた-がプリントされた蛍光イエローのニットにまっピンクのロングスカートを合わせていて、思わずチカチカするねと言ってしまった。

その上何がどうおかしいのかはわからないけど、どうにも野暮ったい感じが否めなくて。

その時まで制服しか見てこなかったから気づかなかったけど、由利はファッションセンスが皆無だったんだ。

本人も自覚はあるらしくごめんねと謝られて、その恥ずかしそうな表情にときめいた。

それにいつもしっかりしている彼女の意外な隙は単純に可愛いし、何より付き合ってるからこそ見られるダサい私服が嬉しい。

今日は一体どんな服で現れるのかな。

あぁ、早く由利に会いたい。


「何にやにやしてるの?」


頭上からかけられた聞きなれた声。

その声で我に返った俺の目に飛び込んできたのは、愛しい彼女である由利。

しかしその格好はどうしたことか大変垢抜けている。

キャメル色のダッフルコートに白のニットワンピース。

黒のショートブーツを履いて、ショルダーバッグはニット同様白で合わせている。

え、どうしたの?なんでそんな可愛い格好してるわけ?


「水野君?あれ?おーい」


俺の顔の前で手を振る由利はそういえば髪型もいつもと違う。

サイドを編み込まれた髪は白のシュシュで左耳の下で束ねられている。

直毛のはずなのに毛先がふわふわカールしているから、恐らくアイロンか何かで巻いたんだろう。


「…由利」


反応を示さない俺の前でずっと呼びかける彼女の腕を掴んで、自分の方に引き寄せる。

小柄な由利はその力に抗うことはできず簡単に俺の胸の中に収まってくれた。


「え、え!?水野君!」


「なんでさ、そんな可愛い格好してんの?」


ジタバタともがく由利を逃がさないように両手を彼女の腰に回してそう問えば、腕の中の彼女が怪訝そうに俺を見上げた。


「水野君?どうしたの?」


「だから、いつもは超絶ダサいのに何で今日はそんな可愛い服着てんのって聞いてるの」


「……似合わない?」


「は?似合わないわけないじゃん。めちゃくちゃ似合ってるよ。似合いすぎてるよ。

もうさ、どんだけ俺を惚れさせれば気がすむの?

いつも由利の隣を歩くだけで心臓バクバクいってんのに、こんな可愛い由利が突然現れて俺もう死んじゃいそう。

大体由利は可愛いんだからちょっとダサいくらいでちょーどいいんだよ。わかった?」


一息でそう言えば由利の顔は熟れすぎたリンゴみたいなどす黒い赤に染まっていて、慌てて腕を離して彼女を解放する。

離した途端に俺から距離を取る由利に寂しさを感じたけど、ここで深追いをして今日のデートが反故になってしまってはことだ。


「えっと…由利。その…ごめんな?俺そんな「行きましょう」


未だ頬は赤いまま、けれど怒りをたたえた瞳の彼女に腕を取られる。


「えっ、ちょ、由利!?」


俺の腕を引っ張りながら歩く彼女の後ろ姿に声をかけるが、まるっと無視される。

俺の腕をしっかり掴んでいるから怒ってはいないんだろうけど、何も反応がないのは怖い。

そのまま路地裏まで連れてこられた俺はビルの汚い壁に押し付けられる。勿論由利によって。

動こうとしたら彼女の両腕が腰の横の壁に置かれて逃げ道を塞がれる。

いわゆる壁ドンというやつだ。


「由利…さん?」


至近距離でこっちを見上げる由利は破壊的に可愛い。

でも今の彼女にはそんなセリフを言える雰囲気ではないから大人しく口をつぐむ。


「水野君」


彼女の右手が俺のマフラーを引き寄せる。

近かった距離が更に近くなって、由利の大きな瞳に俺の呆けた顔が映った。

唇に柔らかい感触。

すぐに離れた熱が信じられなくて思わず唇をなぞれば、目の前の彼女も同じように自らの唇を触っていた。


「今、キス、したよね?」


「した」


「な、んで…突然?」


俺の言葉に彼女の眉間に皺が寄る。


「水野君があんまり可愛いこと言うからでしょ」


またマフラーを引き寄せられて口づけられる。

今度は先程より随分長いそれにやっと彼女とキスをしているのだと実感できて、彼女の腰に腕を回す。

長い長いキスが終わってまつげが触れ合う距離で見つめ合う。


「私だって…祐介君のこと好きなんだから、そんなに可愛いこと言われたら我慢できなくなっちゃうでしょ」


いや、どう考えたってお前の方が可愛いから。

俺だってそんなに可愛いこと言われたら我慢できなくなるよ。

そんな気持ちを込めて、今度は俺からキスをした。


「ところでどうしてそんな可愛い服着てんの?」

「それは…店のディスプレイに飾ってあるのをまるごと買ったから」

「何だ。突然センスよくなったのかと思ってびっくりしたよ。

でもそんなことしなくていいのに」

「だって、ゆ、祐介君に少しでも可愛く見てほしかったから」

「そ、そうですか…」

(そんなに可愛いこと言われるとまたキスしたくなるだろ)

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