天使の栞
7:05の電車の一両目。
ドアの近くに立つ彼女。
席が空いていても空いていなくても関係ない。
彼女はいつもそこに立っている。
黒い革のスクールバッグを肩に下げ、その手には書店でつけれもらえるカバーをかけた本。
視線を本に落としてただ静かにページをめくっていく。
彼女の周りだけが時間が止まったように静かだった。
7:10に彼女の友達らしき人が乗り込んでくる。
「おはよう」
本から目線を上げて軽く微笑む彼女。
あぁ、話してみたいなぁと思う。
話したこともなければ名前も知らない彼女。
いつも会うのはこの電車の中。
ただ彼女のまとう雰囲気が気になった。
毎日彼女の姿を見つけると嬉しくなる。
じっとひたすらに本を読む彼女の横顔が綺麗だった。
そしていつものことながら僕は彼女を見つけて嬉しくなる。
いつも通り彼女の友達が来て笑顔で挨拶を交わす。
そして目的の駅に着いて降りて行く。
パタンと閉じた本をカバンの中に差し込む彼女。
だがその本の隙間から栞が落ちてきた。
「あっ」
パシッとその栞を掴む。
そしてそのまま僕も電車を降りる。
彼女の背中を見つけて声を張り上げた。
「あ、ちょ、待って下さいっ!!」
彼女以外の人も振り返るがそんなことは関係なかった。
キョトンとした彼女。
その横の友達は僕を警戒しているのか睨んでいた。
止まってくれた彼女の前で膝に手をつく。
「えっと…私?」
にっこりと彼女が笑う。
本を読んでる時とは違う。
柔らかい雰囲だ。
そんな彼女の前に栞を差し出す。
ラミネート加工が施された天使の栞。
それを見て彼女は「あ」と声を上げる。
本を取り出してパラパラとめくり栞が入っていないことを確認する。
僕の持つ栞が自分の物だとわかり僕の手からそれを受け取った。
栞を本に入れながら笑う。
「ありがとう」
ぐわっと心臓が鷲掴みにされた。
それくらい可愛い笑顔だった。
「い、いえ」
顔に熱が集中している気がした。
なんとも言えない空気を醸し出していた僕達を見て、彼女の友達がため息をついた。
そしてその友達が僕を見て電車を指差す。
「ねぇ、電車…」
ハッとして振り返るも電車の扉が閉まっていた。
遅刻確定だ。
目の前で電車が走り去っていく。
やっちまったと頬を引き攣らせる僕。
それを見て彼女は本当に申し訳そうな泣きそうな顔をしてくる。
「ごめんなさい、私のせいですよね」
どうしよう、とオロオロする彼女。
流れるような綺麗な黒髪が風に遊ばれている。
オロオロする彼女に友達が「別に、小春のせいじゃないじゃん」と声をかけている。
いや、確かにそうだけど。
何かずいぶんトゲのある友達だな。
「あ、や…。駅員の人に話して次の電車で行くんで。いいですよ」
そう言っても彼女はじっと僕を見てくる。
眉根を下げてしゅんとしていた。
「本当にごめんなさい…」
頭を下げる彼女。
「いや、本当に大丈夫ですから!!遅刻しちゃいますよ」
あはは、と笑い学校へ行くように促す。
彼女の友達が彼女の服の裾を引いて早くと訴えている。
「あの、私…朝倉 小春です。本当にありがとうございました」
ペコッともう一度頭を下げて彼女が友達と連れ立っていく。
彼女達の背中が見えなくなるまで、僕は一人でそこに立ち尽くしていた。
翌日、電車で会った彼女が僕の名前を聞いて連絡先を交換するまで約一日。