大魔王からは逃げられない
衝動のままに書いた。
後悔はしてないけど反省はしてる。
ちょっと長いけどそれでもよろしければ見てあげてください。
――俺にとって勇者召喚とは、ある意味都合の良い物だった。
俺には、悪魔のような兄貴が居る。俺よりもずっと優秀だけど、性質の悪い兄貴が。
なにかと言うと、兄貴は俺をパシリに使う。歩いて三分のコンビニくらい自分で行けし。
自分の宿題を、強制的に俺にやらせる。すぐできるくらい頭が良いくせに、面倒だからって俺にやらせんな。だいたい上の学年の勉強ができる訳ねえだろ。
腹が減ったからといって、俺に料理を作らせる。お前、俺よりもよっぽど手際良く旨いのが作れんだろ。
あげくの果てに、兄貴の介入で俺は当時交際していた相手と破局した。ふざけんな!
そんな酷い兄貴だが、じゃあ嫌っているのかと言われると、むぅっと唸らざるを得ない。
パシリに使われた時は、兄貴の金で俺も好きな物を買っていいと言われる。正直、喜んで行くレベルだ。
宿題をやらされて分からなくなったら、溜息を尽きながらも懇切丁寧に教えてくれる。それも、今の俺の学力に合わせて、基礎から完全に理解できるくらいに。結果的に復習と予習をやっている訳だ。おかげで、勉強に困った事は一度もない。
料理もそうだ。俺の料理を食べたら、兄貴は必ずケチを付ける。だが、それはかなり的確だ。おかげで、同年代と比べ物にならないくらい料理が上手くなった。
彼女との破局……こればかりは許せないと思ったが、後になって、俺は彼女に二股をかけられ、陰でその彼女に馬鹿にされていたと知った。彼女の口から暴露されて傷つく前に別れられたのだから、やはり感謝しなければならないだろう。ちなみに、その彼女は兄貴の手によって悪い噂をばら撒かれ、誰からも相手にされなくなった。クソビッチザマァ(笑)
色々並べたが、こんなのは一例に過ぎない。この他にも、兄貴と俺のエピソードはいくらでもある。
刃向う事は許さない。断ろうとすれば、鬼のように苛烈な肉体的指導。俺は一度も兄貴に喧嘩で勝てた試しがない。
では、諦めて理不尽に従うしかないのか? と言われればそうではなく、兄貴はちゃんと俺の利益にも繋がるようにする。それどころか、時には俺を守っている事だってある。
不良に絡まれた時は、どこからともなく現れて叩きのめしてくれた。友達と誤解から喧嘩してしまった時は、兄貴は俺の知らない所で動き、円満に解決してくれた。
俺を都合よく使ったり、コケにしたりと性格は最悪ではあるが、あれで一応、弟である俺を可愛がっているのだ。両親が海外で働いて、兄弟だけで生活しているから、兄として弟である俺の面倒を見ているのだろう。それが分かっているからこそ、俺も憎たらしく思うが、嫌いになりきれない。
でも、だからこそ、俺はそんな兄貴の手の届かないところに行きたいと思ってた。
だって、俺の為に動くこともあるとはいえ、まるで兄貴の掌の上で躍っているみたいで、むかっとするだろ?
だから、俺にとって勇者召喚は、ある意味都合の良いものだったと言える。
いつも通り、兄貴と一緒に歩いていた通学路。突然足元が光だし、兄貴の焦った表情を見ながら、俺は異世界に呼び出された。隣に兄貴はいなかった。
この世界の現状、一生日本に帰れない事、戦わなくちゃいけない事。
王から様々な事情を聞かされ、悩んでいた俺を慰めてくれたのは王女だった。そして、俺は王女と恋に落ちる。王女の為に戦うと決め、魔王討伐の旅に出た。
それは世界救済の旅であると同時に、兄貴からの独立の旅でもあった。兄貴の庇護の無い、危険に溢れた世界での過酷な旅は、俺を成長させた。何度も逃げたしたいと思った。だが、仲間と共に危機を乗り越え、俺は戦い続けた。
全ては愛する王女のために。王女の笑顔を思い出すだけで、俺は頑張れた。
――そしてこの長い旅も、とうとう終わろうとしている。
「いよいよですね、アキラ様」
鎧を纏う美丈夫が、俺にそう声をかけた。王国騎士団長のレイスだ。
俺の剣の師匠にして、王国最高の剣の使い手。彼の剣は何百何千もの敵を切り裂いてきた。常にパーティーの戦闘に立つ、頼りになる男だ。
「私達は、無事に帰れるでしょうか……?」
不安げな声を出したのは、教会で聖女として名高い、女神官のフェア。
眩いほどの金色の髪に、慈母のような柔らかい顔つき。同時に、どこか触れてはならぬと思わせる厳格さを漂わせるその姿は、まさに聖女の名に相応しい。
彼女の神聖術による治療が無ければ、俺達は旅の途中で死んでいただろう。人間の汚い一面を見てへこんだ時も、彼女の微笑みが癒してくれた。戦闘続きで心が荒んだ時も、彼女のやぼったい神官服を押し上げる胸元を見るだけで、自然と顔の緊張が取れ――ゲフンゲフン。
「心配性だな、フェア殿は。なに、そう悲観することもないだろう。私達にはアキラ様が居る」
ニヤリと、レイスはどこか不敵な笑みを浮かべた。
レイスの言葉は、あながち間違いではない。旅の当初は足を引っ張っていた俺だが、旅を続けるにつれ、俺の実力は飛躍的に伸びていった。勇者としての成長力は、普通の人間とは隔絶した物があったのだ。
レイスの剣を習得し、成長した今の俺の実力は、間違いなく世界最強と言える。正直、このパーティーの中でも頭二つ分は抜けているだろう。最近では俺が軽く剣を振るだけで戦闘が終わるほどだ。今の俺なら、魔王ですら敵ではない。
「ああ、その通りだ。でも、それだけじゃない。俺には皆が居るんだ。負けるはずがないよ」
俺の言葉に二人が強く頷いた。
ああ、そうだ。負けるはずがない。勇者としての力だけで十分なのに、皆のサポートがあるんだ。負ける要素がまるでない。
剣のレイス。回復と補助のフェア。そして、あと一人――
「み、皆さん。お食事の用意ができました」
「ああ、ありがとう、アレックス」
黒魔術師のアレックス。このパーティーの最後の一人だ。俺にとっては頼りになる仲間の一人なのだが、アレックスには少しだけ困った所がある。いや、コイツ自体が悪い訳じゃないんだけどな……。
アレックスが声を出した途端、それまでなんでもなかったレイスとフェアの顔に苦い物が浮かぶ。そう、実は、アレックスはこの二人から余り好かれていないのだ。
黒魔術は魔に属する物として、過去では迫害の対象だった。今では人間の技術として認められているが、その名残は未だに大陸で広く残っている。それがこの二人にも有るという訳だ。特に、教会に所属するフェアとしては、受け入れがたい物があるのだろう。むしろ、この程度で済ましているという事が、フェアの聖女としての慈悲深さだと言えるかもしれない。
宗教とか風習的な問題だから、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけど、アレックスの有能さの前では些細な問題だと思うんだけどな……。
アレックスの黒魔術は強力だ。その対軍規模で使える効果範囲もそうだが、なにより破壊力が凄まじい。俺ですら切り裂けなかった魔族の結界を一撃でぶち抜いた事もある。
正直、三人の中で一人だけ選べと言われたら、俺は迷わずアレックスを選ぶだろう。
強くなった今では、レイスの存在価値が薄くなってるし、フェアの神聖術は、そもそも怪我をしないし。というか、魔力で力任せでいいなら俺でもできる。だけど、アレックスの黒魔術は俺でも真似できない。変えが効かない人材なのだ。
それが分かっているから、二人もアレックスにきつく当たってしまうのかもしれない。こうして食事を作らせたり、洗濯をさせたり……力仕事は俺やレイスだが、雑用は大抵アレックスの仕事だ。それを手伝おうとすると、二人は勇者の仕事ではないと俺をたしなめ、なおさら強くアレックスに当たる。だから、そうそう口を出すことができない。
なんとかしてやりたいと思うんだが、結局この旅の中でアレックスの扱いが変わる事は無かった。危険を一緒に乗り越えれば、仲間意識が芽生える物だと思っていたけど……この旅で唯一の不満があるとすれば、これだ。
「遅いぞ。いつまでアキラ殿を待たせるつもりだ!」
「す、すみませんっ……! 直ぐによそいますので……!」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。アレックス、慌てないでいいから」
レイス、俺を出汁に使うな。俺が怒ってるみたいだろうが。フェアも無表情じゃなくて何かフォローの一言をあげてください。まぁ、俺が言っても何も変わらないんだろうけど。
……本当にどうにかならんのだろうか。
「うん、やっぱりアレックスの料理は旨いな」
「あっ、ありがとうございます……! でも、アキラ様に比べればとてもっ」
「いや、俺は旅の食料でここまでの料理は作れないよ。独学でここまで上手くなったのか? それとも、やっぱり教えてくれた人が上手かったのかな?」
「確かに祖母から教わったというのもありますが……く、黒魔術と料理は通じるところがあるので」
「ああ、調合でか。言われてみると納得だな。でも、この料理だけでもアレックスが居て良かったと思うよ。いつもありがとう」
「い、いえっ、そんなっ……!」
全身黒ずくめの衣装で、顔もフードですっぽり隠れて怪しく見えるような奴だけど、アレックスは良い奴だ。
俺がお礼を言うと、フードから唯一覗ける口元はいつも小さく笑っている。不遇な扱いを受けても、お礼を言うと嬉しそうにして、一生懸命に自分のできる事をする。こんな素直な奴がなんで嫌われんだよ。
その笑みを他人に見せればもう少し印象が良くなると思うんだけどなぁ。外見が怪しすぎるのが問題だよな。黒魔術師だからって、全身黒づくめにしなくても。あと、ちょっとおどおどしているのも原因かもな。こっちは危険も多いせいか、逞しい男が好かれる傾向があるし。
う〜ん、性格はともかく、外見はすぐに変えられるよな……。
「なぁ、アレックス。もう少し恰好を変えてみたらどうだ? せめてフードを外してみるとか。それだけで印象が変わると思うんだよ。女にもモテるかもしれないぜ?」
「……あ、あははっ。そうかもしれませんね。でも、ごめんなさい。人前でフードを外さないよう、亡くなった祖母に言いつけられてましたので。それに、これが黒魔術師の正装ですから」
「ああ〜、そか。それなら仕方ないな」
遺言だってなら、無理に直させるのもな。にしても、アレックスのおばあちゃんもなんて遺言を……孫の将来を考えなかったのだろうか。
「ふん、黒魔術師には似合いの恰好でしょう」
「そうですね。むしろ、黒魔術師が普通の恰好をして混じっている方が、私達としては怖いです」
「お前等な……。あんまそういうこと言うなって」
「いいんです、アキラ様。本当のことなので」
だからって、アレックスばっかり嫌な目に合う理由にはならないだろうに……。
本当に悩ましい問題だ。でも、そうだな。この悩みも明日で終わりなのか。
魔王の討伐は、俺達の別れでもある。アレックスも無理して俺達と居る必要も無くなるから、安心して暮らせる故郷の村に帰るだろう。
戦いが終わったら、アレックスにどれだけ助けられたのかを、王様にしっかりと伝えよう。そして、俺の分までアレックスに褒賞を弾んでもらうんだ。この旅でアレックスに報えなかったんだから、それくらいはしないと。
そう考えると、なんだか寂しく感じるな。この四人で旅をするのは、明日で最後なのか……。
魔王を倒せなかったという事にして、このまま旅を続けられないだろうか。そんな馬鹿なことを考え、自分に失笑しながら、俺は明日に備えて眠りについた。
翌日――魔王城、謁見の間。
ようやくそこに辿り着いた俺は、心臓を貫かれたような衝撃を受けていた。
「バカな……! そんな……!」
有り得ない……なんで……なんで……なんでっ!
「なんでそこに居るんだ!? 兄貴!」
魔王城の玉座に座り、悠々と俺達を待ち受けていたのは、この世界に居ない筈の俺の兄貴だった。
「は? 兄貴?」
「あ、ごめん、兄ちゃんっ……じゃなくて! なんでそこに居るんだよ!?」
「そんなの決まってるだろ。俺が魔王だからだ」
「んな馬鹿な……!」
衝撃の事実。悪魔的だと思っていた兄貴は、実は魔王だった。
――ってふざけんなああああああああああ! 納得できるかああああああああああ!
「召喚で呼ばれたのは俺だけじゃなかったのかよ!」
「俺も一緒に召喚されてたんだよ。ただ、俺はお前と違ってこの近くの荒野に飛ばされたんだけどな。いや〜、結構きつかったぜ。流石に死ぬかと思ったわ」
いや、そこは死んどけよ、人として。ラスダン手前のフィールドをレベル一で生き残れるってなんだよ。
「それで何で魔王なんかやってんだよ! おかしいだろ!」
「なんと言うか、なりゆき? 気に食わない奴を片っ端からボコッてたら、いつの間にか、なぁ?」
「いつの間にかって、そんな簡単そうに言うなよ。魔王だぞ……」
「そうはいっても、実際あっさりだったからなぁ。こっち来て一か月目くらいには先代の魔王を土下座させてたし。寝首かく気満々だったからすぐに首撥ねたけど」
鬼かお前はっ!
一カ月で魔王就任とか……どうしよう、兄貴がチートすぎる。俺なんか二か月間みっちり訓練を受けて、ようやく旅に出たっていうのに。
――――ん?
「ま、待った。じゃあ兄ちゃんは、俺が旅に出る前から魔王をやってたのか?」
「おう、ちゃんとお前の事も見てたぞ。見てるだけじゃつまらんから、色々ちょっかいも出してたけどな」
…………まさか。
まさかまさかまさかまさか!?
「お、俺達が全力で戦って、ようやく倒せるような絶妙な強さの中ボス的な魔族が何度も現れたのは……?」
「弟の練習相手を見繕ってやるなんて、優しい兄ちゃんだろ? 大変だったんだぜ〜、俺に反抗的でお前等に丁度良い相手を選ぶのは。おかげで俺の周りも風通しが良くなったわ」
「盗賊団のアジトの情報が、何故かあっさり見つかったのは……?」
「あらかじめ俺が情報を流しておいた。お前らだと探すのに時間がかかると思ってな」
「こ、この聖剣が眠っていたダンジョンの、あの無害だけど精神的にくる嫌がらせみたいな罠の数々は……?」
「あれには笑わせてもらいました(笑) お前ら面白いように引っ掛かったよな。仕掛けた俺としても満足だわ」
「こ、ここに来るまでに、運よく誰にも見つからなかったのは……?」
「全部分かった時、お前が凄く悔しがると思って。なぁ、今どんな気持ち?」
「ぬがあああああああああああああああああ!」
む、むかつく! ぶっ飛ばしたい!
結局、異世界に来てまで全部兄貴の掌の上だったという事か!
「あの、アキラ殿?」
「もしかしてとは思いますが……まさか本当に?」
「…………認めなくはないけど、俺の兄です」
「ま、魔王が……アキラ様の……お兄さん……」
「確かにアキラ殿に似ていますが、本当にご兄弟ですか? あの禍々しい気配、とても同じ人間だとは……」
本当だよ。馴染み過ぎだろ。
日本に居た時より凄みが増してねえか? なんか覇気みたいのがビンビン感じるんだが。兄貴の周りに控えている部下からも、忠誠心みたいのを感じるし。それを本人も当然と思ってるようで、あまりにもしっくりし過ぎている。初めから魔王だったみたいだ。
膝に美女を乗せて侍らせてるのも、すっげぇ悪役っぽい。スタイルが良くて、露出が激しい。背中に翼が生えてるし……サキュバスか? やばいくらいエロいんだが……ひゅっ!?
「あんっ……んんっ、ショウ様。弟君が見ています……」
「いいよ。見せつけてやろうぜ。な?」
「んっ、もうっ……困ったお方……」
殺してやりてぇ……。
勇者とか魔王とか関係なく、男として殺してやりてぇ……!
……落ち着け。俺は勇者だ。大人になれ。今やるべきことを思い出すんだ。
…………ふぅ、よし。
「びっくりしたけど、兄ちゃんが魔王なら話が早いな。魔族と魔物を止めてくれ。人々の不安を晴らしてあげないと」
「いや、無理だぞ?」
「は?」
何言ってんのコイツ?
「兄ちゃん、冗談だろ? 人々が苦しんでるのに放っておくのかよ?」
「いや、知らん奴らがどうなろうが知ったこっちゃないし」
「兄ちゃん……ッ!」
まさか……本気なのか?
確かに悪魔みたいな男だとは思っていたけど、本気でそんな事を思うくらい最低な奴だったのかよ!
「いやぁ、それにしても、本当に良いタイミングで再会出来て良かったよ。もうすぐ王国に侵攻するんだけど、微妙に人手が足りてなくてな。丁度良かった。お前も手伝えよ」
「王国を……ッ!?」
見損なったよ、兄貴……お前、本当に魔王になんだな。
王国に侵攻? しかもそれを俺に手伝えだと? よりにもよってこの俺に、王女を危険な目に合わせろっていうのか?
侵攻は、つまり戦争だ。人を殺すって事だ。その意味が分かってるのか、なんて馬鹿な事を聞くつもりはない。俺ですら、死んだ方が良いクズも居るっていう事をこの世界で知ったんだ。それは兄貴も同じだろう。
だけど、何の罪も無い善良な民を巻き込むのとでは、話が違う!
ふざけんな……ふざけんなよ!
「断る!」
「あ? お前、今何て――「断ると言ったんだ!」――むっ」
たとえ兄貴だろうが関係ない。人の心も分からない外道に、手を貸してやるつもりはない!
「俺は勇者だ! 兄貴――――いや、魔王! お前は俺がここで倒す!」
「アキラ……」
兄貴は、悲しんでいるような、喜んでもいるような複雑な瞳で俺を見て、ふっと笑った。
「まさか俺に反抗するとはな。兄ちゃん、なんだか寂しい気分だよ。成長したんだな」
「何時までも俺が思い通りに動くと思ったら大違いだ! 王国は――王女は俺が守る! たとえここで、アンタを殺してでも!」
「そうか……。強くなったな、アキラ」
「いくぞ魔王! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
世界の命運を背負い、俺は魔王へと戦いを挑んだ。
「――まぁ、俺より強くなったとは一言も言ってないけどな」
「ぐほぁっ……!」
――無理でしたぁ!
くそっ、やはり俺では兄貴に勝てないのか……っていうかなんだよコイツ! 化け物過ぎんぞ!
「確かに強いが、予想通りだな。とはいえ、少しヒヤリとした場面もあったが。良い仲間を持ったな、アキラ」
俺の頭をグリグリと踏みつけながら、兄貴は温かい眼差しでアレックスを見る。台詞と行動が合ってねえんだよこの野郎!
レイスとフェアは速攻で潰され、実質、俺とアレックス対兄貴、二対一の戦いだった。俺の剣は全て兄貴に見切られ、ジワジワと甚振られる。アレックスがなんとか一矢報いたものの、深手を与えるには至らなかった。
「まさか俺の魔力結界を破るとは、本物の天才だな。そこで転がっている役立たず二人とは違って」
思いのほかアレックスが高評価だ。初撃も自力で躱したからなアレックスは。黒魔術師とは思えない回避力だ。というか、二人が役立たず過ぎる。流石に少しは粘れと文句を言いたい。
兄貴は俺から足を退けると、玉座に座って考え始めた。
「さて、このまま殺してもいいんだが、なんか弱すぎて哀れになってきたな。見逃してやってもいいが、ただ逃がすのも面白くないし。う〜ん、どうするか……」
こ、この野郎、情けを掛けるつもりか? 調子に乗りやがって! というか、どこまでノリノリなんだよ。発想が完全に魔王なんだが。
「よし、決めた。お前ら、見逃してやってもいいぞ」
「ほ、本当か?」
絶望的だったレイスの瞳に希望が宿る。フェア、アレックスも同様だ。それに、兄貴は満面の笑みを浮かべた。
「ああ。ただし、お前等の中から一人、自分から生贄になる奴が出たらな。そうしたら残りの三人は見逃してやるよ。当然、生贄になった奴は殺す」
再び、三人の顔が真っ青に染まった。
な、なんて底意地の悪い! 性悪にも程があんぞ!?
いくら他の奴が助かるって言っても、自分が死ぬと分かっていて名乗り出られる奴なんて、そう居やしない。それどころか、普通の人間なら、なんで自分が死ぬのにこいつらはって思うだろう。自己犠牲の精神なんて、本物の聖人か、有り得ないくらいのお人好しぐらいしか…………ッ!? ――アレックス!
「ああ、ただしお前以外な」
「え?」
兄貴はアレックスを指して言った。
「な、なんで私は……」
「お前程の才能を失うのは惜しいと思った。それだけの力を見せた褒美だ。生かしておいてやる」
「なんだと! ふざけるな!」
「そ、そうですっ! 不公平です!」
「あ? うるせぇな、雑魚共が。それ以上喚けば決める前に殺すぞ?」
兄貴の殺気に、レイスとフェアは目を逸らす。
良かった、これで二人がアレックスに生贄を迫る可能性はなくなったな。
嫌っているとはいえ、普段はそこまでしない二人でも、命の迫った状況ならやりかねない。勇者である俺を殺す訳にはいかないし、自分も死にたくないだろうからな。そして、アレックスは優しい奴だから、それを受け入れる可能性もある。
最悪のケースは免れた。あとは俺から生贄を申し出れば、全員が助か――
「ああ、アキラ。自分は殺されないなんて思うなよ?」
そんな俺の甘い考えを見透かすように、兄貴は言った。
「弟だって関係ない。お前が自分から名乗り出るなら、俺は迷わず殺すからな」
「兄ちゃん……本気で俺を殺すつもりなのか……?」
今は敵とはいえ、俺は弟だぞ? ずっと一緒に生きていた兄弟なのに……そこまで腐っちまったのかよ!
「……今の俺は魔王なんだよ。お前を殺さなければ、納得しない奴だって居る。今までお前を生かしておいたのはな、俺が自分の手でケジメつける為でもあるんだよ」
一瞬だけ、兄貴は辛そうな顔を見せた。
…………そうか。
自分が魔王で、弟が勇者というどうしても相容れない存在で……なら、せめて幕引きは自分で付ける為に……俺の命を自分で背負う為に、兄貴は今まで俺を生かしておいたのか。
兄貴はとっくに覚悟が出来てたんだ。魔王としての覚悟が。それに比べて、俺は……。
死ぬのは怖い。すっごく怖い。死にたくない。
だけど、魔王として皆を苦しめていたのは、俺の兄貴だったんだ。だったら、その責任は俺が取るべきなんじゃないか?
王国は救えなくても、せめて仲間のこの二人だけは……。
…………うん、そうだな。うん、うん、決めた。
王女様、ごめん。
「………………ああ。分かっ――」
「お前が死ね! 勇者!」
「そうよ! あんたが死になさい!」
「――え?」
……………………え?
「勇者の癖にあっさり負けおって! 俺達がこうなったのは誰のせいだと思っている!? 少しでも罪の意識を感じているのなら、俺達を守る為にここで死ね!」
「そうよ! あんたパーティーのリーダーでしょ! リーダーならちゃんと責任取りなさいよ! 厚かましく生きようとしてるんじゃないわよ! 潔く死になさい!」
えっ……は…………えぇ……?
た、確かに俺もそう思っていたけど……お前等マジか?
レイス、お前よくもまぁそこまで言えるな。勇者の癖にって、お前なんて役にも立たず速攻でやられてたろうが。ていうか、騎士団長とは思えない見苦しさだぞ。
フェアもなんだよその顔は? お前聖女だろ? いつものあの優しげな雰囲気はどこ行ったんだよ? 怨恨残して死んだ女の亡霊みたいな顔になってんぞ。
「どうしたんだよお前ら! 何で急にそんな!」
「いや、本性を見せただけだろ。王国のある程度の地位に居る奴なんかこんなもんだ。お前が惚れている王女も含めて」
「はあ!? 訂正しろテメェ! 王女様はそんな人じゃねえ!」
「まだ夢見てんのかよ……。しょうがねえな。じゃあほら、これを見れば分かるだろ」
パチン、と兄貴が指を弾くと、俺の前に水で出来た画面が現れた。
画面には、俺も入ったことのある王女の部屋が映っていた。ああ、懐かしい。ここで愛を語り合ったっけ。
部屋のベッドには王女様が寝ころび、男がのしかかるように…………え?
『あっ、はぁ、あっ! ディラン様!』
『王女様……!』
…………完全に情事じゃないですか。
俺ですら体は重ねてないのに、なんだよこれ。無理矢理って訳じゃないよな。相手の名前呼んでるし、すっげぇ嬉しそうだし。え、なにこれ?
そもそもコイツ誰だよ? 一体どこのどいつと……あれ、なんか見た事あるような……あ。コイツ、俺に何かとちょっかいかけてた大臣の息子じゃ…………え? つまりどういう事? 分かんない。
『ふふっ、いけない女だ、あなたは。勇者はいいのですか?』
『あんっ、意地悪ぅ……! 分かってる癖にぃ……! アイツは……勇者だからっ、うんっ、仕方なくぅ……! あんな道具なんてどうでもいぃ……! あなただけぇ……本当はあなただけなのぉ……!』
『ふふっ、分かってますよ。王女様……』
『あっ、ああああああああん!』
「…………兄ちゃん」
「なんだ?」
「これ偽物じゃないの?」
「いや、紛れもなく本物だぞ」
「ふ〜ん、そっか……。これ、録画したやつって事でいいのかな?」
「ところがどっこい、リアルタイムなんだわ」
「生中継かよ。ハハッ、盗撮じゃねぇか。犯罪だろ」
…………。
…………………………。
……………………………………………………。
ぬがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「あの腐れビッチ! 次会ったらこの聖剣でぶった斬ってやらあ!」
「おいおい、聖剣で王女殺していいのかよ?」
「いいに決まってるだろ! これは天罰だ!」
神の使いである勇者の心を弄んだという罪のなぁ!
絶対容赦しねぇ! 王女だからって自分が何をやっても許されると思っている勘違いブスが! 聖剣の切れ味をその貧層な体に教え込んでや――――あれ?
「なぁ、兄ちゃん」
「なんだよ?」
「俺、今すっげぇ怒ってるんだけど、これっぽっちも悲しくない。前の彼女の時は泣いたのに……なんでだろう、好きだったはずなのに」
「今の映像で真実を知って洗脳が解けたんだろ」
「洗脳?」
「お前、旅に出る前に王女から『魅了』の魔術を掛けられてたんだよ。それも、相手の精神を壊しかねないドギツイやつを。勇者は状態異常の耐性が強いから、掛かりは浅かったみたいだけどな」
「え? 本当に?」
「少しは変だと思わなかったのか? あの王女、お前の好みとは全然違うだろ」
……言われてみれば、なんであんな女好きになったんだ俺?
顔はまぁ美人だけど、探せば見つかるレベル。胸は小さいし、ウエストもそこまで細いわけでもない。尻も小さくて発育に欠けるし、その癖足は太い。外見で言えばフェアの方が全然タイプだな……あれ、改めて見るとフェアってすげぇ好み……あれ!?
「他の女に目が行かないくらい強い魔術を掛けられてたのか!?」
「常人なら自分の意志が無くなる程だから、お前はまだマシだけどな」
そ、そんな……!
信じてたのに……愛していたのに……それが全部魔術の洗脳だったなんて……!
「もしかして、王国って全員がこんな感じ?」
「だからそう言ってるだろうが。そこの二人もそんなもんだぞ」
兄貴が言うと、レイスとフェアはグッと息を飲んだ。
「そこの男は騎士の模範とまで呼ばれ、歴代最高の騎士団長とか言われているが、実際は貴族の権力を使ってライバルの出世を阻み、今の地位についている小物だ。剣の腕自体も、そいつより上の奴なら騎士団内に何人も居る」
「で、出鱈目だ!」
「そこの聖女とか呼ばれている女は、教会の権力者に体を売りまくってその称号を受けたアバズレだ。自分の地位を脅かしそうな、本当に信心深い美しい女神官を罠に嵌めて、豚みたいな貴族に差し出したりとエグい事もやってる」
「違う! 私はやってない!」
「この二人は魔王を倒したあと、お前を暗殺するように命令を受けていたんだよ。帰った後の地位と財産を約束してな」
「「嘘だ!」」
顔を歪めて必死に叫ぶコイツらの姿は、どう見ても嘘とは思えなかった。
俺は……こんな奴らを信じて一緒にやってきたのか……。
仲間だと思っていたのに……王女の為にと頑張って来たのに……あの過酷な旅は……俺に向けられた笑顔は一体なんだったんだ……。
「嘘です! アキラ殿! 騙されてはいけません! 魔王の言う事を信じるのですか!?」
「そうです! 相手は魔王ですよ! どちらが本当の事を言っているかなんて明白でしょう! 私達が信じられないのですか!?」
「まぁ確かに俺はよく嘘を吐くからな。今回も嘘かもしれないな。でもアキラ、よく考えてみろ。今まで兄ちゃんはお前の為にならない事をしたかな?」
――――もう誰も信じられない。
「さて、お喋りもここまでにしよう。それで、誰が生贄になる? 早く決めないと三人共殺すが?」
「――ッ! 勇者様! 早く決断を! このままでは三人共無駄死にです!」
「そうですとも、アキラ殿! どうかご決断を! 勇者としての責務を果たしてください!」
氏ね。
「ふむ、誰も生贄になるつもりは無い、と。仕方ないな。なら三人とも――」
「ま、待ってください……」
全てがどうでもいい。そう投げやりになっていた俺の意識を戻したのは、アレックスの震えた声だった。
アレックスは俺を庇うように前に立ち、兄貴と向き合う。
「わ、私が残ります……だからお願いです、アキラ様を……助けてください……」
「ほう?」
「アレックス!? 何言ってんだお前!」
なんでだ! せっかくお前は助かるのに、どうしてそんな馬鹿な事を……!
「良いのか? せっかく助かった命を大事にしなくて
「か、構いません……」
「……分からないな。君はアキラのどこに、それだけの価値を感じているんだ? こいつは俺の弟ではあるが、それ以外はまぁ少しばかり優秀程度の男だぞ?」
なんだよその超上から目線。お前どんだけ凄い奴なんだよ。
「アキラ様は……恩人なんです……」
アレックスは消え入りそうな声で、そう呟いた。
恩人? 何を言ってるんだよ。むしろ、助けられていたのは俺の方だ。この旅で、俺がどれだけアレックスに助けられたか……それなのに、俺はあのクズ二人からアレックスを守る事ができなかった。恩なんて感じる必要ないんだ。
「黒魔術師だから……皆から嫌われて……祖母が亡くなって、本当に一人ぼっちになって……でも、アキラ様だけは嫌わないでいてくれたんです……本当に、嬉しかったんです」
そんな……そんな理由で、俺を助けようとしているのか?
バカだよお前……それは俺が出来た奴だから助けた訳じゃない。お前が普通に良い奴だと知っているから、嫌いにならなかっただけだ。お前が命を懸けてまで俺を助ける理由にはならないんだよ!
「お願いします……そこの二人と、私はどうなっても構いません……! だから、アキラ様だけは助けてあげてください……! 私の恩人なんです……あの人しかいなかったんです……! お願いします……アキラ様を助けてください……! あの人を殺さないでください……!」
アレックスは自分が汚れる事も厭わず、頭を地面に擦り付けて平伏する。それに、俺は思わず目頭が熱くなった。
クズ二人と違って、アレックスだけは、俺の本当の仲間だった。
……駄目だ、アレックスを死なせちゃいけない。俺なんかの為に死ぬなんて、絶対駄目だ!
「余計な事を言うな、このゴミめが! 貴様が死ねば私達も助かるのだ!」
「そうよ! 死にたければアンタだけで死になさい! 私達を巻き込まないで!」
「黙れこのクズ共が! 兄ちゃん、頼む! 俺達はどうなってもいいから、アレックスだけは助けてやってくれ! 本当に良い奴なんだ! こんな所で死んでいい奴じゃないんだよ!」
「アキラ様……!」
痛みを訴える体を無視して、俺はアレックスの隣で、同じように土下座して兄貴に頼み込む。兄貴相手に土下座なんて気にしている場合じゃない。どんなにみっともなくても、アレックスだけは助けなくちゃ!
兄貴は無言で頷き、言った。
「アキラ。お前の覚悟、しっかりと受け取った。この黒魔術師は助けてやる。安心して死ね」
「ありがとう、兄ちゃん……」
「ふざけるなこの偽勇者が! 死ぬなら一人で死ね! 俺達を巻き込むな!」
「勇者様! お考え直しください! 私達が死ぬ必要はない筈です!」
黙れクズ共が! お前らは居ない方がこの世界の為になるわ! お前らと俺の命程度でアレックスが救えるなら、十分な取引だ!
「そ、そんな……何故ですか、魔王様! 何故私の願いを聞き入れてくださらないのですか! お願いします、私よりもアキラ様を助けてください! 兄弟なのでしょう!?」
「兄弟だという事は関係ない。ただ、お前よりアキラの方が誠意を感じたというだけだ」
「誠意なんて……私の方が先に、跪いて願いました!」
「いや、それ以前の問題だろ。あのな、フードで顔を隠してまともに見せない相手の願いなんか聞くと思うか? 信用ならんわ。まずはその真っ黒なローブを脱ぐ所からだろうが」
ある意味当たり前な事を、兄貴は言った。
確かに間違ってはないと思うが……え、そこなの?
さっきは俺の覚悟を受け取ったって……しゃ、釈然としねぇ……。
「……わ、分かりました! 脱ぎます……だから、お願いします……私よりアキラ様を助けてください……!」
「いいんだよアレックス、俺はもう覚悟を決めたから。無理すんな、ばあちゃんから言い聞かされ――」
アレックスが立ち上がり、ゴソゴソと体を動かすと、ファサッと着ていた黒い衣装が落ちる。
――――そして、俺は言葉を失った。
俺だけじゃない。この謁見の間に居る全ての者が、アレックスを見て驚いていた。
部屋の隅に控えている兄貴の部下は言うに及ばず、あれだけ喚いていたレイスとフェアまでもが、あんぐりと口を開けている。兄貴は“おぉっ”と珍しく驚きを見せ、側に居たサキュバスのお姉さんまで“まぁ……!”と何故か嬉しそうな声だ。
――それだけ、アレックスは美しかった。
まず目に着くのは、緩やかな波を描く長い薄紫色の髪。眼に優しい落ち着く色なのに、角度を変えると髪自体が輝いているように見え、静かに存在を主張する。
その珍しくも美しい髪に負けないくらい、アレックスの顔は整っていた。美しく、また可愛らしい。どちらでも取れる、これ以上ない絶妙な造りだ。アレックスの素直な性格のせいか、どこかあどけなさを感じさせるが、目元の泣き黒子が同時に妖艶さを醸し出している。
それだけでも驚きだと言うのに、更に凄いのがそのスタイルだ。ローブの下は露出の少ないワンピース姿なのだが、それでは隠し切れないほどの色気をアレックスの体は放っていた。
全体的に細い体つきだが、要所要所に女性的な特徴が大きく出ている。胸は大きく張り出しつつも柔らかさを感じさせ、腰は掴んだら折れそうな細さだが、同時に鍛えたからこそ得られるしなやかさが見える。そこからぎゅっと肉を詰め込んだような形の良い安産型の尻に繋がるラインが素晴らしい。
見ているだけで男の獣欲が掻き立てられる、女性的な魅力に溢れた体つきだ。ハッキリ言って、エロい。女としての魅力はフェアも相当なものだが、正直、アレックスとは比べ物にならない。フェアが聖女(今は唾を吐きかけたくなるが)と呼ばれるなら、アレックスは女神……いや、それ以上の何かと言っても過言ではないだろう。
それだけ、アレックスは素晴らしい女性だった。こんな女性が、本当に存在して良いのかと思う程の、って――
「ちょっと待てぇ!」
「ひんっ!?」
ビクッと、アレックスが怯えたように肩を竦める。その姿がまた可愛らしい……じゃなくて!
「アレックス! お前女だったのか!?」
「え……あ、はい……そうです。言ってませんでしたが……」
「そんな大事な事はちゃんと言えよ! ずっと男だと思ってたじゃねえか!」
くそっ! 今まで俺はアレックスに何を話した!?
男だと思って、思いっきりゲスい話を振った覚えもあるぞ!? あの時は苦笑いしているから苦手、もしくは照れているだけかと思ってたが……ぐあっ、恥ずかしくなってきた!
そもそも何で気付かなかったんだ俺は! こんな可愛らしい声を出す奴が、男の訳ないじゃ――ん?
「アレックス。声が変わってないか? なんかいつもと全然違う気が……」
「あの……このローブを脱いだので……」
「ローブ?」
「『忌人のローブ』だな。自分の情報を隠す代わりに、相手に不快感を与えるローブだ。そのせいで、声も変わって聞こえたんだろう」
兄貴の説明で、俺は色々と納得した。
「なるほど、それであのクズ二人はアレックスをあんなに嫌ってたのか。あれ? でも俺は嫌いにならなかったぞ? むしろ好きなんだが」
「あっ、ありがとうございます!」
「えっ? あ、うん」
やばい、何気なく言ったけど照れる。ましてや今のアレックスに嬉しそうな顔をされると……うわっ、凄く恥ずかしい。
「それは勇者の状態異常耐性が強いからだろう。だからお前は正しい目でアレックスを見る事が出来たんだ」
「でも、情報の隠蔽までは見抜けなかった、と。それじゃあ女だって見抜けない筈だよな」
「いや、それはお前が鈍すぎるだけだろ」
「な、なんでだしっ!」
「いくら体つきが見えなくて声が変わろうが、仕草でおかしいと思うだろ。どう見ても女だったじゃねぇか。お前らの旅を魔術で覗いてた俺だって気付いたぞ。やっぱりお前鈍いんだよ」
「鈍くねぇって! ほ、ほら、名前! アレックスだぞ!? 普通に考えれば男だって思うじゃんか!」
「アレックスって男も女も付けられる名前だろうが」
「あ」
そういえば、言われてみればそんな気がする。なんかの映画で、女性でアレックスって居たよな? あとディラン。
……全てはローブのせいだ! おのれぇ! このローブめぇ!
「当たり前だけど、アレックスはこのローブを知ってて着てたんだよな?」
「は、はい……」
「知ってて何でこんなローブを着てたんだよ。こう言っちゃなんだけど、美人を嫌う奴なんてそう居ないぞ。黒魔術師を嫌う人はいっぱい居るかもしれないけど、ローブさえ着てなければ、もっとマシな生活をしてたんじゃないか?」
「び、美人なんて……そんなっ……!」
いや、そこで照れてんじゃねえよ。……凄く可愛いけどさ。
「おそらく彼女の場合、嫌われる事が目的だったのですよ、弟君」
呆れた目をする俺に、兄貴の肩にもたれ掛ったサキュバスのお姉さんが、微笑ましい物を見るような目をしながらそう口にした。見た目通り、かなり色っぽい声だ。
「は? 嫌われる事が目的って、なにそれ?」
「男女種族問わず、そして色欲を司るサキュバスである私でさえ惹き付けるその美貌。彼女は間違いなく『傾国の相』の持ち主です」
「傾国?」
聞いた事はあるような……。
「男なら誰もが手を伸ばさずには居られない、魔性とも言える美貌。その女性を手に入れる為なら、躊躇なく争いを引き起こせる。側に居るだけで権力者の理性を狂わし、ひいては国をも傾ける。悪意なく、存在するだけで男を惑わし、破滅に至らせる。そういった美しさと宿命を持つ女性の事です」
ああ、思い出した。地球にもそういう女がいっぱい居たよな。妲己とか、貂蝉とか。
「地球と同じレベルで考えるなよ?
この『傾国の相』が問題なのは、ただ美しいだけじゃなく、男の情欲を掻き立てて理性を乱す体質のようになっている事だ。
美しさを通り越して、もはや呪術的な攻撃に近いんだな。アレックスの祖母はそれを知っていたから、アレックスを守る為にそのローブを渡したんだろう。
誰からも嫌悪されながら安寧に暮らしていくのと、誰からも愛されて破滅的な終わりを迎えるのと、どちらが幸せなのかは判断が難しい所だけどな」
それは確かに、どっちも悲惨ではあるよな。でも、アレックスのばあちゃんは、それでもアレックスに生きてほしいからローブを渡したんだろう。そう思うと、もう責める気にはなれないな……。
「ま、あくまで普通の男は危ないっていうだけで、お前の耐性ならその影響から逃れる事ができる。ある意味お前らは理想のカップルなんだよ。だから、アレックスも何も心配しなくていいぞ。お前がアキラを破滅に導く事はない。それどころか、ちゃんとお前自身を見てくれるさ。安心して二人で魔王城で暮らせばいい」
「えっ……あ、あのっ……その……」
「ちょ、ちょっと待って兄ちゃん! いきなり何言ってんだ! 恋人でもないのに二人で暮らせって――」
――ん?
「兄ちゃん、今ここで暮らせって言ったよな?」
「ああ、言ったな」
「アレックスはともかく、俺の事は殺すんじゃなかったの?」
「嘘に決まってるだろ。なんで可愛い弟を殺さなきゃならないんだよ」
「…………嘘?」
ガクリと膝から崩れ落ちる。肩から一気に力が抜けた。
そうか、嘘だったのか……。
「良かった……本当に終わったかと思った……」
「お前、まさか俺が本気でやると思ってたのか?」
「兄ちゃんは心まで魔王になってしまったのかと」
「いっぺんシバいたろか貴様」
もう散々痛めつけたじゃんか。これ以上どこを殴るってんだよ。
「それなら何でわざわざこんな芝居をしたんだよ? アレックスも俺も、本気で死ぬ覚悟を決めてたんだぞ」
「反応を見て楽しみたかったのもあるけど、まぁ一番の目的は、やっぱりアレックスを思っての事だな。こうでもしないと、いつまでもお前らの仲は進展しなかっただろうし」
「はぁ!?」
えっ、ちょ、待てよ!
「じゃあなに? さっきの二人で暮らせって、やっぱりそのつもりで言ってたの!?」
「それ以外どういう意味があるんだよ。なんだ? もしかしてアレックスと一緒になるのは嫌なのか?」
「いや、そんな事ない。今となったらむしろこっちから願いたいくらいだけど……でもそういう問題じゃなくて!」
男だと勘違いしていたけど、もともとアレックスは良い奴だと思っていたし、しかもこんな美人だと分かったら、俺としては拒む理由は無い。
だけど、俺が良くてもアレックスが拒んだら何の意味も無いだろうが!
「あのさ、そういうのは兄ちゃんが決めたってしょうがないだろ」
「そんなの分かってるよ。さっきも言っただろ、アレックスの為を思ってだと」
「アレックスの気持ちを無視しておいて何言ってんだよ。なぁ、アレックス――――アレックス?」
おい、どうした?
心配して横を見ると、アレックスは両手で真っ赤な顔を隠しつつ、か細い声で呟いた。
「私は、その……アキラ様なら……」
「え?」
「だから鈍いってんだよ、お前は」
呆れたように兄貴が溜息を吐く。なんだよ、その心底呆れた感じは。
「好きでもないのに、あんなに必死になって身代わりを申し出る訳ないだろうが」
「え……いや……でも……」
「それが無くったって、旅でのお前に対する尽くし方を見れば一目瞭然だろ。あんなに甲斐甲斐しく働く女いねぇぞ?」
「尽くすって、そりゃあ料理とかは作ってもらったけど……」
「やっぱり気付いて無かったのか」
なおさら深く兄貴は溜息を吐く。隣のサキュバスのお姉さんの苦笑が胸に痛い。なんだ? 俺は何に気付いていないんだ?
「アレックスの献身ぶりは本当に凄いぞ。
お前が眠っていて震えたら、必ずそれに気づいて毛布を掛ける。
貴族がお前に放った暗殺者を、お前にばれないようひっそりと始末する。
料理を作る時も、お前のだけは常に新鮮な材料で、なおかつ味付けはお前好みに。
お前が体調を崩して寝込んだ時は、当然自分は一切眠らず看病。
これだけの事をしながら一切見返りは求めず、それなのにお前の為に何かをやったら満足そうに笑って……お前がそこのフェアにデレデレしているのを、寂しそうに見守っているのは本当に切なかった。
だけどその分、二人で寝ずの番をしている時、ウトウトしているお前に、そわそわと恥ずかしそうにしながら、ご褒美とばかりに寄り添ったのはもうっ……! 流石の俺もキュンキュンしたわ」
こんなに感情込めて熱弁する兄貴を見るのは初めてだ……。サキュバスのお姉さんまでうんうんと深く頷いている。同じ女にまで可愛いとか思われるって凄いよな。
ってか、俺、そんなに大事にされてたのか。まさか暗殺者まで送られていたとは。信じられない話だけど、アレックスも顔を真っ赤にしながら否定はしないんだから、本当なんだろうな。
「アレックスを見て、俺は思ったね。この子だけは報われないといかんと」
「じゃあ本当にアレックスの為なんだな。俺の為じゃなく」
「当たり前だろ。むしろ本当にアレックスをお前の元にやっていいのかと悩んだわ。だけどそれがアレックスの望みだし。こんな良い女がお前の嫁に来るなら嬉しい事だし。アレックスならお前も絶対気に入るだろうし。そうなればアレックスは俺の義理の妹になる訳だし……おい、アレックスを泣かしたら許さんからな」
「どんだけ気に入ってんだよお前!」
他人より! 弟の方が! 優先順位が下とかっ!
だけど、そうか。兄貴はアレックスの気持ちも全部分かっていて、それで魔王城に住めって提案をしていたのか。
アレックスが……俺を……。
隣をもう一度見る。泣きそうになるほど恥ずかしがっているアレックスと目が合った。思わず目を逸らす。可愛すぎて、まともに見る事が出来なかった。
「ああ〜、いや、でもなぁ……」
「まだ何か迷ってんのか? 往生際が悪い奴め」
「いやだって、魔王城に住めって言われても、魔族の人とかどうすんだよ」
「あん? 魔物はともかく、魔族が人間と変わらない生活をしているのはお前だって分かってるだろ? ここまで旅してきたんだから。そりゃ中には食人をする奴だって居るが、主食にしている種族なんか居ねぇし。アレックスも教会の人間ではないし、そこまでの忌避感はないよな? ただ敵だから戦うだけで」
「あ……は、はいっ。私はべつに……」
「いや、俺だって仲良くできるならその方が良いよ。だけど、俺は一応勇者だぜ? 勇者を身内に入れるのは流石に反発があるだろ」
「馬鹿だなお前。それこそ“俺の弟だ”で解決だろ。皆納得してるさ」
周りで見守っている部下の皆さんが一斉に頷いた。兄貴のカリスマが半端ない……。
「それでも、その、アレックスには傾国の相ってのがあるんだろ? アレックスを狙って俺を襲う奴が出るんじゃないの?」
「魔王を除けば世界最強の勇者を誰が襲うんだよ。だいたい俺の弟だって分かって襲う奴なんかいねぇよ。居たってお前なら守ってやれんだろ」
兄貴の弟というのは、勇者よりも重大な事ですか……。
「そこはほら、兄貴とか」
「俺が弟の嫁を手籠めにするような鬼畜に見えんのかテメエ!」
否定しきれないのが辛い所なんだよなぁ……。
「いや、傾国の相に惑わされてって可能性もあるじゃん」
「効くかそんなもん! バッドステータスを飲み込めずして何が魔王か!」
「確かに」
凄まじい説得力だな。思わず納得しちまった。
「ぐちぐちと男らしくない奴だな。本当は嬉しい癖によ。どうせあれだろ? いろいろすっ飛ばしていきなり結婚はちょっと、みたいな向こうでの常識で戸惑ってるんだろ?」
「そりゃあそうだろ。こういうのって時間をかけて決めるものだろうし」
「お前な、そうやってるうちにアレックスの心が離れる可能性だってあるんだぞ? 魔族の男もアレックスなら妻に欲しがるだろうし、お前、他の男に取られていいのかよ?」
「それは絶対嫌だっ!!!!」
あ。
思わず叫んだ言葉に、アレックスはいっそう照れている。これもう告白と変わらないだろ。
「だろ? なら腹くくっちまえって」
「あ〜……まぁ、うん……」
「お前アレックスと子作りしたくないの?」
「アレックス、ちょっといいかな?」
「はっ、はい!」
「変わり身早ぇなおい」
もう地球に帰れないって分かった時から、いつかはこっちで良い嫁さんを見つけて、幸せに暮らせていければいいなと思っていた。
それが王女様だったのはともかく、今となってはアレックス以上の女は居ない。だから、アレックスが俺と結婚してくれるなら、これ以上に嬉しい事はない。
「なぁ、アレックス。俺がお前を嫌わなかったのは、たまたま俺が勇者だったからだ。お前が思うほど、俺は立派な人間じゃないよ」
「……それでも、私にはアキラ様しか居なかったんです」
「ローブを脱いだ今なら、アレックスを愛してくれる人は居るよ。正直、俺よりもっと良い男がアレックスを求めてくると思う」
「……っ! それでもっ……私にはアキラ様しか居ないんですぅっ……!」
「女に何度も同じ事言わせんなよ。女心の分からない奴だな」
「人の心が分からねぇ奴に言われたくねえよ!」
「あ?」
「あ、ごめんなさい」
だけど……うん、そうか。
こんな情けない俺でも、アレックスはそう言ってくれるのか……。
なら、もう迷う事もないな。
「じゃあ、俺と一緒に暮らすか? 俺はそうして欲しいし、アレックスがそれでもいいなら」
「それでもいいだなんて……! そんな事言わないでくださいっ……これからも一緒に居たいです……ご飯を作ってあげたいです……アキラ様のお世話をしたいです……アキラ様の赤ちゃんだって欲しいですっ……お願いします……どうか私をお側に置いてくださいっ……!」
「アレックス……」
思わず涙が出そうになった。胸に縋りついてくるアレックスを、ギュッと抱きしめる。泣きだすアレックスを慰めるように、優しく頭を撫でる。
こんなに綺麗で、こんなに可愛くて、こんなに良い子が俺を好きで居てくれる。俺の嫁さんになってくれる。そう思うと、これ以上にない幸せを感じた。今日ほど、幸せだと感じた時は無かった。
この世界に来て……アレックスに出会えて、本当に良かった……!
「やっと終わったか。ったく、アキラがとっとと受け入れればすぐに解決したものを……」
「ショウ様、そう言わずに。弟君は誠実なのですよ。ちゃんと相手の気持ちを尊重するなんて、優しい人ではありませんか」
「いや、それは違う。あれは女の口から言わせないと安心できないだけだ。ちゃんと好かれてるって確信が欲しかったんだよ。前のブスといい今回の王女といい、軽くトラウマに成りかけているのは分かるが、本当に情けない。自分に自信の無い奴はこれだから……」
いつか、あの糞兄貴を殴れる日が来るだろうか……ッ!
「あ」
兄貴の声が耳に入り、冷静になったおかげで、傷だらけのクズ二人の姿が目に入った。いや、アレックスに夢中になっていたせいですっかり忘れてたわ。
「兄ちゃん、あの二人は……」
「ああ、アイツラな」
興味なさげに二人を見る兄貴に、二人の末路をなんとなく予想した俺は、思わず同情的な目で二人を見る。それをどう解釈したのか、二人は愛想笑いを浮かべた。
「お、おめでとうございますアキラ様。神官である私からも祝福させてください」
「本当にお似合いのお二人ですな。ははっ、いや、それにしても魔王様もお人が悪い。殺さないつもりであればそう言ってくだされば……」
「おい、目障りだ。そこの二人を片づけろ」
『ハッ!』
兄貴の部下達が、二人の腕を拘束して持ち上げる。それに、二人は血相を変えて叫んだ。
「ちょっと! 待ちなさいよ! 殺さないんじゃなかったの!?」
「そうだ! 二人は助けておいて何故!?」
「アホか。何で弟を殺そうとした奴らを助けないといけないんだよ」
ホントだよ。むしろよく自分達まで助かると思えるな。どういう思考回路してんだ。
「アキラ様! どうかアキラ様からも頼んでください!」
「アレックス! 私達は仲間だろう! 今までの事は謝る! だから頼む! 助けてくれ!」
「気にするなよ、アレックス。あれはただの雑音だから」
「はっ、はい……」
アレックスに見せないように、ぎゅっと胸に頭を抱え込む。気持ち良さそうに目を閉じているアレックスを見ているだけで、心が洗われるようだ。ああ、落ち着く……。
「せめてもの慈悲だ。楽に殺してやれ」
『ハッ!』
「――ッ!? い、いや! 死にたくない! お願いします魔王様! 命ばかりはお助けを! どうか御慈悲を!」
「俺もだ! 魔王様! 一生の忠誠を誓う! だから頼む! 俺だけは助けてくれ!」
「――待て」
ズルズルと引きずられていく二人だったが、兄貴の言葉でピタリと部下達は動きを止めた。
まさか止められるとは思って居なかったのだろう。呆然としているフェアに、兄貴は優しげな声を出した。
「死にたくはないか?」
「は、はい! お願いします魔王様、どうか御慈悲を! 助けてくれるのなら、この身を魔王様に捧げます! 好きにしてくださって構いません! 私にできる事なら何でもします! ですから、どうか命ばかりは……!」
躊躇わず体を差し出すって考えが出る時点でもう凄まじいビッチだよな。今までそれで効果があったんだろうけどよ。だが、兄貴相手にそれは通じないだろ。
「そうか、そこまでして死にたくないか……。いいだろう、命だけは助けてやる」
「あ、あぁ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「なに、構わんさ。その代わり、相応の罰を受けてもらうからな。おい、『オークの寝床』に連れていけ。中身はともかく、外面だけはいいからな。オーク達も喜ぶだろ」
「豚――ッ!? あっ、ああ!? いやぁ! 離して! いやああああああああ!」
……やはり兄貴は鬼畜だったか。
豚小屋って、そういう事だよな? わざわざ死にたくないって言葉を引き出させてから、死ぬよりも辛い場所に放り込むとか……容赦ねぇ。
引きずられていくフェアを見ながら青褪めるレイスに、兄貴は愉悦の笑みを浮かべて言う。
「それで、お前はどうしたい?」
「あっ……ぐっ、あっ……!」
「死にたいか?」
「ぬうっ……ぐっ……ぐああっ……!」
「そいつは『コボルトの寝床』だ。連れてけ」
『ハッ!』
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そうして、レイスはこの世の物とは思えない叫びをあげて引きずられていった。
惨い……惨すぎる。流石に気の毒だわ。助けてやろうとは思わないけどな。でも、これ以上関わると俺の方が罪悪感を抱きそうだから、もう気にするのは止めよう。
「邪魔者はこれで居なくなったな。どれ、それじゃあ早速魔王城の案内でもするか。部下達への顔見せはおいおいな。長旅で疲れてるだろ、しばらくは二人でのんびりしてろよ」
「あ、ああ」
「あ、あの。ありがとうございます、お義兄様」
「気にするな、義妹よ。今の言葉だけで、頑張った価値があったと思える」
「どんだけ嬉しがってんだよ……。でもいいのかな、何もせず休んでて」
いくら魔王の弟とはいえ、ニートでは心証が悪いんじゃ……。
「気にするなって。今は緊急でやってもらう事はないしな。それに、お前はすぐに王国攻めに参加するんだから、のんびりできんのも今だけだぞ。その間に子供でも作っちまえ」
「おまっ、アレックスの前でそういう……」
ん? 王国攻め?
「……ああ〜、兄ちゃん。やっぱり俺も王国侵攻を手伝うの?」
「そうだな。べつに参加しなくてもいいんだが、やっぱりお前がこっち側に着いたっていう証明にはなるからな。人間側に知らしめるのもそうだし、俺の部下も俺の命令なら従うとはいえ、心から納得した方がいいだろ」
うん、まぁ、そうだよな。理屈は分かる。しかしなぁ……。
「気が進まないか?」
「正直ね。俺を騙した貴族と王族のクズ共ならともかく、市民を巻き込むってのは……」
あの王女と大臣の息子は地獄を見せてやりたいって思うけどな。
「安心しろ。非戦闘員は襲わないし、王国自体を滅ぼすつもりもないからよ。ただ、お前を利用しようとした権力者共にお仕置きをするだけだ」
「本当? 王国を襲うのは抵抗あるけど、それならまぁ……」
「まぁ、べつに滅ぼしてもいいんだけどな。女神の許可は取ったし」
………………は?
「え? 今なんて言った? 女神? 女神ってあの女神?」
「それ以外に女神は居ないだろ」
何言ってんだ、みたいな目で兄貴は俺を見る。いやいや、お前が何言ってんだ!?
この世界は一人の女神が作ったと神話で伝えられている。フェアが所属している教会が崇めているのがこの女神だ。歴史上、何度か女神が降臨し、人々に祝福を授けたと言われているが、文献に残っているだけで実在を確認した者は居ない。
なのに、この兄貴は……!
「女神から許可取ったってなんだよ! てか何!? もしかして女神に会ったの!?」
「お〜、会ったぞ。魔王になってわりとすぐにな」
この事実には流石のアレックスも、大きく目を開いて驚いている。信仰の薄いアバズレ神官のフェアですら、この場に居たら同じように驚いていただろう。
「魔王の仕事って言ったら、やっぱ世界征服だろ? 戦力はあるしちまちま考えるのが面倒だったからよ、全軍で大陸中を襲おうとしたんだよ。そしたら流石にヤバイと思ったのか、女神がいきなり俺の所に現れやがってな」
「なんだよその行動力! 前任の魔王なんか目じゃねえよ! お前実は大魔王だろ!」
女神様が直に止めに来るとか、それだけ危なかったって事じゃねえか! 自分が危険な人間だって少しは自覚しろよ!
「来て早々に、いくらなんでもやりすぎって説教垂れやがってな。しかも力づくで俺を止めようとするから俺もキレちまってよ……返り討ちにして徹底的に犯し抜いてやったわ。俺無しでは生きられないくらい、俺漬けにしてな。今では俺の女の一人だぜ」
「鬼畜! 鬼畜だよお前! なにやってんだよこの罰当たり!」
もうやだこの兄貴! 兄弟だと思われたくない!
「でも、そのおかげでいろんな事を教わったんだぜ? 魔族や魔物が存在する理由とか、勇者召喚の意味とか」
「マジで? ちゃんと理由あんの?」
「この世界の人間てのは、基本的に争いやすく強欲な性質なんだと。放っておけばすぐに人間同士で戦争を始めて、欲望のままに世界が破壊されていくんだどさ。その歯止めをかけるために、人類の敵である魔物や魔族を作ったんだってよ。でも、魔族や魔物の方が強いから、そうなると今度は人間側が滅んじまう。それを防ぐのが勇者召喚だ」
「う〜ん……人間が程よく減ったところで、勇者に魔王を倒させて、魔族側の勢力を弱める?」
「おう。そして人間側の勢力が強くなった所で、また魔王が産まれて魔族側の勢力が強くなる。そしてまた勇者を召還して――――このサイクルで均衡状態を作り出すっていうシステムなんだよ、この世界は」
「なんだよそれ……」
知りたくなかったぞ、そんなもん。女神のマッチポンプみたいなもんじゃねぇか。
「だが、そのシステムが上手くできたはいいが、異世界から関係の無い人間を呼ぶ事には女神も心を痛めていたようでな。勇者の結末も、大抵は良い終わりを迎えなかったようだから、なおさらな。
とはいえ、それをやらないと人類が滅んでしまうし、止めるに止められなかったそうだ。
だから、俺から提案したんだよ。俺が魔王としてコントロールしてやるから、その代わりあの王国だけは好きにさせろって。
一国の処遇を任せるだけで世界を安定させてくれるなら、そっちの方が良いと女神も納得してな。
俺に不老の魔術を教えて、この世界のバランスを整える役割を与えたんだ。まぁ、俺も生き飽きるまでならやってもいいと思ったし、その条件で手を打った」
「な、なるほど……」
不老にまでなってるのかよこいつ。完全に人間止めてやがる。本当に魔王じゃねぇか。女神様は分かってんのかな。自分が取り返しのつかないことをしたって……。
「まぁそういう訳だからよ……参加するだろ?」
何やら勝ち誇ったような顔で、兄貴は俺に問いかける。
悔しいとは思いながらも、俺はそれに頷くしかなかった。
アレックスと一緒に此処に住めて、なおかつ王族の馬鹿共に復讐もできる。しかも、俺が復讐しやすいように、女神の許しという大義名分まで付けて。
ここまでお膳立てが整っていたら、素直に受け入れるしかないじゃないか。
俺の性格を全て理解して……自分の思い通りにする為に、ここまで完璧に用意したのだろう。
結局の所、異世界に来てまで、俺はそれを再認識させられた訳だ。俺は兄貴の手から離れられず、兄貴の掌で踊る存在でしかないという事を。そう、つまり――
――――兄貴からは逃げられない。
「あの、アキラ様……」
心配そうに、アレックスが俺を見上げてくる。その顔を見ているだけで、俺はほんわかとした気持ちになった。
全部兄貴の思い通りで、反抗心みたいなのは残っているけど……でもまぁ、いっかぁ。
そんな物がどうでもいいくらいの物を、俺は手に入れたんだから。
アレックスの頭を抱え、ギュッと体全体でアレックスを強く感じながら。
俺は、これからの生活の事で頭がいっぱいになった。
キャラの補足的な物を活動報告に乗せるので、よろしければそちらもどうぞ。