【農協】狂騒曲《カプリッチョ》 急章:必殺‼農協戦隊ゴニンジャー⑨
再び御立ち台に上がった元王妃様が、マイクを片手に声高に宣言する。この元王妃様ノリノリである。
「レディース&おっさんども、待たせたな‼ 第三種目プロレス二回戦、30分一本勝負を開始します。」
会場から歓声が沸き上がる。
「選手の紹介だぁぁぁ。ノブレス 配達担当‼ サブちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
配達担当ってなんなのさ(笑)、ゴニンパープルが後ろからハリセンで突っ込みを入れてるぞ。ほれ見たことか、マイクを持ってかれてしまったじゃないか。
「失礼、ノブレス落ち担当‼サブロウだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
先ほどのヨンタの健闘ぶりに、プロレス大好きな観客は惜しみない歓声を上げる。もう一度熱い戦いを見せてほしいと。もう、観客の中には公開処刑のような物騒な催しを覚えている人は少ないだろう。
全力でのぶつかり合いを望んでいるのがまるわかりだ。
「青コーナー、【農協】リアクション担当、ミスターTKG ゴニンイエロォォォォォォォォ‼」
味方サイドなのに紹介が酷い。いや、確かに間違っていないから云いにくいけどやっぱり酷い。観客には受けてるようだけど、さすがに前のめりに倒れてるよ。レフェリー、サカキさんのHPはゼロよ(笑)。
双方、ゴニンパープルにイジられながらもリングに上がり、ボディチェックを受ける。リング中央で握手をして再びコーナーへ。ここでゴングが会場に鳴り響く。
サブロウ VSミスターTKG
『さぁ始まりました、プロレス第二戦。解説は、渡す気ありません元国王がお送りします。その代わり、特別ゲストに女料理人さんこと、ナナセさんにお越しいただきました。』
『えっ
(ナナセ:あれ?さっきまで私フードコートでこの中継を見ていたんですが…)
(謎の声:気にしてはいけません、其れは運営のなせる業です)
(ナナセ:なにこれ…頭の中に直接聴こえて…って元王ひ)
(謎の声:シャァラップ‼ 考えてはいけません。空気を読むのですwwww)
(ナナセ:っ…、お願いですから草を生やすのはやめてください。考えるのが馬鹿らしくなります。)
…よろしくお願いします?』
『はい、よろしくお願いします。さて、ぶっちゃけ聞くけど?イエローって強いの?』
突然解説席に召喚されたナナセの緊張をほぐそうとしたのか、元国王がぶち込んだ質問をしてきた。ちなみにこの質問は、【フードコート】でのサカキさんしか知らないお客のほぼ8割が思っていることだったりする。
料理人さんの用意する卵かけご飯を食べて、はた迷惑なリアクションをとっている姿が主だからだ。残りの2割はとても素晴らしい鍛冶師としての腕を持つサカキさんを知っているからだ。しかし、サカキさんがミスターTKGと言われた所以は、そこではない。
ゲーム初期のころから、卵かけご飯のためならば、どんな困難なクエストだろうが、最前線だろうが単身飛び込んでゆき。実力が足りなければ、自身で武器・防具を作成。一人じゃだめなら、仲間を募る。結果、食材をそろえて卵かけご飯を食すその執念ともいえる情熱。リアクションや点数などで、TKGを評価し公表するユーモアセンス。
その情熱・ユーモアセンスが形となり、共感したプレイヤーが自然と集まり情報網を構築。その情報をもとに、さらなるTKGを求め冒険の旅に出る。そう、この【無限世界の住人】に最初のグルメブームを巻き起こしたのは、サカキさんなのだ。
そのため、あまり【始まりの街】に足を運ばない古参プレイヤーや、最前線のプレイヤー達には、孤高のソロプレイヤーのシザンケツガ同様にミスターTKGことサカキはカリスマ的存在なのである。そう、弱くはないのだよ弱くは。
『いやぁ、どうなんでしょう。私は戦っている処を見たことがないので…』
『だよねぇ、いつもTKGってるか叫んでいるかって感じだし。』
『そうなんですよ。でも絶対、裏でなんかやってそうな雰囲気してるんですよねぇ』
そりゃそうでしょう。鍛冶師が表立って何かやるっていうのは、なかなか無いもんだ。でも、【フードコート】でナナセさんが使っている包丁や鍋なんかはすべてサカキさんが作ったものだからね。
『さて、リングのほうに注目してみましょ…って、えぇぇぇぇぇぇ』
リングの中央右手一本でサブロウの頭を握り、そのまま頭上につり上げているゴニンイエローが雄たけびを上げていた。
サブロウの首から下はだらりと脱力し、頭からぶら下がっている状態だ。戦闘不能と判断したレフェリーが両手を交差する、そして響くゴングの音。あっという間…というより、始まる前に終わってしまったような感がある。
『ちょっと、これどういうこと?モニタァァァァァァァァ‼』
元国王様の席から見えるよう。対面の観客席の最上段に特大のモニターが出現する。そこに移るのはリング中央で対峙するサブロウとゴニンイエローの二人。試合開始のゴングが鳴る。
リング中央で互いの手を合わせ力比べが始まった当時に、解説の声が聞こえる。
『…さて、ぶっちゃけ聞くけど?イエローって強いの?』
「その質問、今するかなぁ‼」
目の前に対戦相手がいるのにも拘らず、試合そっち退けで突っ込みを入れるゴニンイエロー。この時に衆人環視すべての視線が元国王様に向かってしまったのだろう。ここぞとばかりに金的を蹴り上げるサブロウ。
カキーンと快音の幻聴とともに、ヒュンと股間が涼しくなり思わず内股ぎみになる男たち。そして股間を抑えうずくまるゴニンイエローに対し、罵詈雑言とともに拳を叩きつけるサブロウ。しかし…
「なぁにがミスターTKGだバーカ。TKGのどこが美味いってんだ、気持ち悪いだけ(ブチッィ‼)だろうぅがっ…ひぃ」
何かがブチ切れる音とともに、うずくまるゴニンイエローの右手が伸びてきて、サブロウの顔面を掴む。両手でその右手をはずそうとするも、ピクリとも動かない。むしろ徐々に顔にかかる圧力が強くなってくる。鉄の爪…現代のプロレスでは、繋ぎにも見せ技にもならないようなチョイ技的な扱いだ。だが、昭和時代のプロレスでは脅威をもった必殺技として認知されており、鉄の爪を代名詞にするプロレスラーがいたほどの超有名な技だ。
圧倒的な握力と、急所を的確に押さえる正確さが必要だ。特に握力は指や手首だけではなく、前腕・上腕・肩・背中の筋肉を総動員して初めて実力を発揮する。そう、日頃から鉄を打つために、槌を握り振り上げ叩きつける。そんな動作を数千・数万と繰り返してきたオッサンの握力はまさに万力。
特に自身の代名詞ともいるTKGを馬鹿にされたとあらば、ミスターTKGの理性なんてマッハでぶっ飛ぶってもんだろう。サブロウがその圧のかかる指の隙間から見えたゴニンイエローの顔は、まさに殺〇の波動に身を任せた阿修羅そのもの。
「ひぃぃぃぃ、放せっ‼ 放せよっ‼」
でたらめに手を足を振り回し、抵抗を試みるが、顔を掴む手は離れない。それどころか、圧力が強くなる。しかもそのまま上に吊り上げられている。両足がマットから離れた時点で、頭にかかる圧力で徐々に意識が遠くなってくる。手足に力が入らなくなる。
「も…もう…悪いことはしません、言いません……勘弁してください」
この日サブロウは、後悔とともに大人になるための階段を一歩登った。己とはなんとちっぽけなことだろうか。世の中には、絶対踏んじゃいけない地雷が有るということ。死んだら終わりだってこと。
今まで無駄に散らしてきた弱者たちの命に謝罪の気持ちを。
産んで今まで育ててくれた両親に感謝の気持ちを。
後に更生した少年は語る、あの時のゴニンイエローの顔は其れ位恐ろしかったのだと。
ここに元【漆黒黄金の高貴な闇】VS【農協戦隊ゴニンジー】 3回戦第2試合 サブロウ VS ゴニンイエロー は…
開始10秒、ゴニンイエローがアイアンクローで勝利をもぎ取った。
いいか、サカキさんの前でTKGの悪口は厳禁だからな。元国王様との約束だからな。




