【農協】狂騒曲《カプリッチョ》 急章:必殺‼農協戦隊ゴニンジャー⑧
そもそもだが白い変態は、定年で退職するその日まで動物園で飼育員をしていた。その中には比較的温和な草食獣もいれば、獰猛な肉食獣もいる。さらには人間の力を遥かに凌駕する大型の動物だって存在する。弱肉強食の世界で生きる動物たちに餌を与えたり、調教したりする飼育員は、動物たちに嘗められてはいけない…むしろ必然的にマウントをとって、自身が上位者であり続けなければいけないところがある。
そのため、少なからず飼育員の激務の合間を縫って、肉食獣にじゃれつかれても、大型獣にはねのけられても大丈夫な体を作り、維持し続けていたのだ。まさに最強のケモナーとして、動物愛とマゾッ気に優れたオッサンである。
しかもこのオッサン、飼育員歴ウン十年の大ベテランだから、経験とノウハウを生かして野生動物からマウントをとるのもお手の物。多少肉体が衰えていたとしても、目の前のワルガキの調教など、言葉の通じない猛獣の調教と比べるもなく低レベルのミッションなのだ。
『さぁ、リングの中央で激しいチョップ合戦が始まっています』
両者がリング中央で交互に胸板に逆水平を打ち合っている。ヨンタの一撃は、バチン・バチンと派手な音を立てているが、ホワイトの放つ一撃は…ズシン・ズシンと体の芯に浸透していくような重い音が響く。
「くぅそったれぇぇぇぇ」
ぷよっと弛んだ体に内包された岩石のような筋肉の壁に辟易し、蓄積するダメージに思わずのけぞったヨンタはロープに走り、反動を利用して勢いのついたフライング・クロスチョップを放つ。
しかし、真っ向から受けた白い変態は微動だにせず。飛び掛かったはずのヨンタのほうが、着地の際にバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
「駄目ですねぇ、攻撃の一つ一つが軽すぎますよ。」
ヨンタの両脇に手を差し入れ、“高い高”いの要領で立ち上がらせる。
「相手の体の作りを考えて攻撃しましょう。そう、人間なら衝撃が逃げにくいように少し上向きか下向きに・・・こう」
ズドンッと、打ち下ろし加減に逆水平が胸板に吸い込まれる。
「ガハァッ‼」
続けてもう一発。今度は打ち上げ加減に逆水平が叩き込まれる。
『何か小難しいこと言って、ホワイトが連発でチョップしていますが、いったい何でしょうか?パープルさん』
『要は、打撃ってのは、衝撃が体に残ればダメージが溜まり。衝撃が残らなければダメージはあまり溜まらないってことです。
水平方向の打撃は、打撃の方向と反対へ跳べば衝撃を逃すことができますが、打ち下ろし加減の打撃は、踏ん張っている限り、衝撃を逃がしにくいのです。同じように打ち上げ加減の攻撃は、そのまま体重=打ち上げ攻撃へ向かう力となり衝撃が逃げにくいって事ですね』
『よく判りませんが、わかりました。』
わかったんかい‼
さてリングの上では、ヨンタが白い変態に対し一方的に逆水平や肘うちを打ち込んでいるように見える。
いや、見えるだけで実態は…
「もう少し腰を入れんかい‼」
だの
「角度が甘い‼」
や
「もっとだ‼ もっと熱くなれよ‼」
殴られている方の白い変態が、一方的にヨンタを煽っているようにしか見えない状況だ。まさに変態。
しかし、その変態に打撃を繰り返すヨンタの表情が少し変わってきたようだ。
確かにダメージの蓄積で苦しそうではあるが、少しずつ険が取れたように感じられる。周囲に対し斜に構え、スカした振りして不良を気取り、仲間以外を信用せず、認めず。また、周りからも認めてもらえず、見捨てられた自分(達)に対し、正面からぶつかってくる、このオッサン達。
ケチをつけたのは此方だからしょうがないとしても。一方的な蹂躙から始まって、敵として認められ、教え導かれているこの現状は。
心の何処かで臨んでいたかもしれない、自分を個人として…一人の人間として扱ってくれている状況なのだ。
そう思ってしまった。ヨンタはそう思ってしまったのだ。
たとえ目の前のオッサンが、白い全身タイツを身に纏った変態だったとしても。自分にとっては、人として対応に扱ってくれている恩人だ。
その恩人が、打って来いと細かく注文をしてくるのだ。もう立っているのもやっとというぐらいにフラフラだが、この恩に報いなければ男じゃないと。
そして、いくら打撃を繰り返してもふらつかないこの超人に膝を付かせてやりたいと。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」
僅かばかりの体力と、湧き上がる熱意で体を動かし、形振り構わずに気合を込めた渾身の一撃を解き放つ。
少し打ち下ろし加減の逆水平が白い変態の胸板に叩き込まれ、鈍い音とともに衝撃がホワイトの体内にダメージとして染込んでいく。
「グッ」
効いたとばかりに、後方によろめき片膝をリングに付く。
「今の一撃はよかったですよ。」
マゾっ気が出てきた白い変態がヨンタを見ると、息も絶え絶えに“大”の字で横になっている。必死になって立ち上がろうとするも、体に力が入らないようだ。
「ありがとうございます。でも、もう動けません。」
戦闘続行不可能といっていい状況だが、ヨンタはギブアップはしないと云う。過去の自分と決別するために、止めをさしてほしいと。
「…わかった」
先に立ち上がった白い変態がヨンタに手を差し伸べる。
ヨンタが手を取ったのを確認し、体を一気に胸元に引き寄せる。
抱きつくようにヨンタの首を抱え、内股に手を差しこむ。体の側面、首を支点にヨンタの体を半回転、足裏が青空を仰ぎ見る。ここで一旦停止。雰囲気を読んだ観客も、解説も口を塞ぎ静寂が会場を支配する。
「…ありがとうございました」
「…あぁ、頑張んなさい」
僅かな言葉を交わした後、怒声とも聴こえるくらいの気合の声とともに、倒れ込むようにヨンタを後頭部からリングに突き刺さす。
二人分の体重を重ね、勢いのついた衝撃はまさに一撃で必殺。
意識を刈り取られたヨンタの体が、ゆっくりとマットに倒れる。駆け寄ったレフェリーもヨンタの意識がないのを確認。白い変態を勝利者と認定する。
リング中央、大の字に寝転がるヨンタの傍ら、立ち上がり勝ち名乗りを上げる白い変態。
『きまったぁぁぁぁ‼
ウィナァァァァァァァァ イィィィィィズ‼
ゴニィィィィン ワァァァァァァァァァァァァィト‼』
ここに元【漆黒黄金の高貴な闇】VS【農協戦隊ゴニンジー】 3回戦第1試合 ヨンタ VS ゴニンホワイト は ゴニンホワイトの勝利で幕をとじた。




