もう一度、考えよう
さて、親子丼が定食屋の看板メニューとなってから一週間。俺が何をしていたかと云うと…
「…っご主人!!蓋を開けるのはまだ早い、もう少しだ。急ぎたいのは判るが落ち着いてくれっ。…そうそう、いまだ!!」
定食屋の主人に親子丼の作り方を教えていた。俺がログインするのは、基本昼から夜まで。午前中は何しているかと聞かれれば、現実での家事全般をこなしている。
洗濯は利き手が使えなくても何とかなる、あぁ乾燥機って素晴らしい。掃除機をかけるのは良いのだが、ゴミを出すのがかなり手こずる。なぜって、袋を縛れないからだ。まぁ、ゴミの量を少なくして縛る部分に余裕を持たせれば何とかなる。
んァ?嫁は居ないのかって?漢一匹料理人、独身貴族を爆進中ですが何か?
両親にも何度か見合いの話を持って来られたが、悉くお断りしてましたから。今思えば、先方にも両親にも大分悪い事したかと思うが、当時は仕事が面白くてなぁ…。イヤっ、後悔したって遅いし、亡くなった手足は戻って来ないんだから諦めるさ。
それよりも、俺だって現実世界での生活があるので、何時でもゲームにログインできるモノでもない。ゲームの世界の時間軸は基本的に現実世界と同じだから、夕餉の時間に俺が定食屋に行かなかったから、親子丼に有り付け無かったと文句を言われるのも癪だ。そして、《無限世界の住人》がゲームである限り、俺だって一箇所に逗まるつもりもない。
でだ、ついでにこれから創る事になる料理の事も鑑みて思い立ったのが…ご主人の〈料理〉レベルを、上げてしまおう!!ってことだ。いや、ご主人のレベルが低いって事じゃぁないんだぞ。ご主人が云うには、どんな〈スキル〉もレベルが30を超えれば一人前らしく、ご主人の〈料理〉レベルは32との事で、一応一人前みたいなのだが、今ひとつ正確さに欠ける。
しかし、定食…いや料理ってものは、百辺同じ料理を作れば、百辺同じ料理を作れなければ意味がない。其処に出来・不出来の差が有っては為らないのだ。お客に対し、目の前の食材に対し、持てる限り最高の技術で最高の料理を造り上げるってのが、料理人の心意気ってもんだ。
最初は、ゲームの登場人物(NPC=ノンプレイヤーキャラクター)に成長を求めるってのは如何なモノかと思ったが、其処は何とかなったみたいで、この一週間でご主人の〈料理〉レベルが45まで一気に成長したみたいだ。この様子なら、もう数日で俺が認められるレベルまで成長するだろう。そしたら俺は、新たな食材を求めて冒険に行けるだろう。
話は変わるが、この《無限世界の住人》の料理にはどんな基準があるのか、“○○が有るのに、□□が無い”みたいな物がよくある。俺が作った親子丼もそうだが、定食が有るのに丼物が無い。みたいのから始まり、シチューは有るけどカレーが無かったり、干し肉が有るのに干物が無い等、結構笑える料理事情になっているみたいだ。まぁ、無いなら創りゃあいいけどな。
これも弟の話なんだが…
「まぁ、喰ってもリアル(現実世界)の自分の腹が膨れる訳じゃないんで、PC達もあんま関心が無いみたいだね。種類も少ないし、たいして旨いって訳じゃないしねぇHAHAHAHAHAHA。」
深夜の通販番組張りの胡散臭い笑い声も付けてのお話を頂きました。うん、これは俺に対して喧嘩を叩き売っているっての解釈で良いんだよな?よぅし、二束三文で大人買いしてやろうじゃないか。
見てろよ弟よ、この【始まりの街】を食のメッカとして、《無限世界の住人》を一大お料理ゲームに改革してやるぞ!!コンチクショウ。
っても、俺の料理の技術よりも、このゲームがどれ位の料理の再現度が有るのかが問題だと思うんですがねぇ…
何はともあれ、まずはご主人のレベルアップで、安定した親子丼の提供が第一だな。
さて、さらに一週間後には、ご主人の〈料理〉レベルも50を越え、一定の高水準で親子丼を作れることになりました。で、その間俺は、森での食材の確保の他、食材を無駄にしない為のメニューを考えていた。因みに俺の〈料理〉レベルは50で成長がまた停まりましたとさ。
内臓(キンカン・モツ等)は大根・茸類と一緒に煮付け。
胸肉は、酒蒸しして、厚めに削ぎ切りにして、胡瓜の細切りと一緒に胡麻だれで棒棒鶏。
ササミは筋切りし、湯引きにしてコッチは薄く削ぎ切りにして刺身として。
手羽は、馬鈴薯・人参・ネギ等と一緒に煮て肉じゃが。
モミジ(足)は、唐揚げにして、甘辛ダレを絡めて。
残った肉片や軟骨なんかは串に刺し焼き鶏にしている。
皮は色々使えるから、その都度色々な料理に使っている。
肉じゃが以外のほとんどは、オカズってよりツマミなんだよな。あぁ、女将さん、日本酒を冷で下さい。えっ、ダメですか…残念です。余談だが、女将さんの好物に、鶏皮で米や薬効成分の高い香辛料を包み込んだ、なんちゃって参鶏湯が増えたのは秘密だ。
困った事と云えば、巨嘴鶏は一羽でそれなりの肉を取れる。が、肉だけなのだ。他の部位(手羽・足・ハツ・砂肝等)はアクマでも一羽分、一つ二つしか取れないのだ。狩る量を増やせば良いかと思うだろうがそれができない。これはゲーム側の規制が入っているみたいで、どんなに探しても一日に一羽しか狩れないみたいだ。
これも弟に相談したんだが、巨嘴鶏は森の中ボス的存在で、一人が狩れるのは、一日一羽だけとの事で。さらに、〈料理〉と〈食材知識〉のスキルを持っていないと、殺したその場で数種類のアイテム(食材以外も含む)になってしまう為、他プレイヤーに食材確保を依頼するのも辞めた方が良いみたいだ。
仕方なくNPCの店の食材を見てみたが、なんとなく肉のランクが1~2ランク位落ちるみたいで、なんか嫌なんだよなぁ。簡単に云えば、高級国産鶏肉と外国産ブロイラーを比較している様なもんだ。もう少し様子を見ながら考えよう、どこかに打開策があるかもしれん。