【農協】狂騒曲(カプリッチョ) 序章:ユウタロウお誕生会への道
さて、3竜の本枯節の試食会が終了し、また平凡なゲームライフを楽しんでいたのだが。今度は良い意味でのトラブルが舞い込んできた。
ユウタロウ少年の彼女的ポジションのリエ嬢ちゃんが、一人で【フードコート】を訪れ、私に相談をしてきたのだ。聞かれても問題ないのと、ユウタロウ君にだけは内緒にしてほしいとの事で、大量の御姉様方を引き連れて【フードコート】2階にある従業員休憩室へやってきた。
話の内容をかいつまんで話すと、もうすぐユウタロウ少年の誕生日で、以前自分の誕生日に料理を作ってくれた様に、自分もお料理でお祝いしたいとの事。
で、出来ることなら自分の誕生日の時と料理が被らない様にしたいってのが御希望です。
そうすると、唐揚げ・フライドポテト・ハンバーグはなしの方向で。且つリエ嬢ちゃんの女子力を見せつける方向と行けば、肉じゃがは定番として、だし巻き卵や豚の生姜焼きも外せない。
ユウタロウ少年の家庭環境からかんがみるに、コウタロウ君とそう大差ない既製品やレンチン物がメインの食生活だろうから、手作り感満載の料理にしてあげたら大分喜ぶだろう。
この際ケーキも、小ぶりのチラシ寿司にしてみよう。
さぁ、やる気が出てきたぞ。ユウタロウ少年と、情報の漏洩を防ぐためコウタロウ君パーティーは誕生日まで【フードコート】出入り禁止だな。まぁコウタロウ君パーティーに知らせるのは、誕生会当日で大丈夫だろう。
一応ユウタロウ少年にはサプライズがあることだけは、リエ嬢ちゃんから伝えてもらおう。じゃないと心配になって【フードコート】に忍び込んでくるかもしれないからな。
さて、リエ嬢ちゃんよ、主はどのくらい料理ができるんだい?
「えぇっとぉ…ちょっとだけかな。」
人差し指と親指がくっついているのが気になるが、材料の切った張ったが少ないメニューでカヴァーしてあげようじゃないか。食材の事は気にしなくても良いが、練習は大変だぞ。
「わ…わかったわ。絶対にユウタロウに美味しい言って行ってもらうんだから。」
善きかな善きかな。では、さっそく料理の準備に取り掛かろうか。
ってことが一週間前にありました。元国王率いる撮影班監修のもと、“喰えるものなら喰ってみろ‼”の撮影もばっちりです。
で、勿論此処までが前振りになります。
この一週間、リエ嬢ちゃんに料理のサ・シ・ス・セ・ソから始まり、出汁の取り方、米の研ぎ方・炊き方。だし巻き卵の焼き方までを、みっちり叩き込んでみた。
ちなみに、今回のリエ嬢ちゃんのユウタロウお誕生会メニューは、肉じゃが・だし巻き卵・生姜焼き。このほかに私の方でちょこちょこ作っているので食卓の色合いが偏ることはないだろうが、どこか素朴で家庭的な雰囲気を味わえる献立になっています。
最後にメインのケーキは、少し小さめだが、ちらし寿しで作成してある。丸いケーキの型に底が表になるように酢飯を敷き詰め、具をかざり、再度薄く酢飯を敷く。また具を敷き詰め最後にシャリを敷き、上から少しだけ押し付たなら、ひっくり返して表部分に飾りつけをして完成だ。
中の具は、煮アナゴ風にふっくら煮上げた海竜や、出汁醤油に漬けた空竜の刺身など惜しみなく使っている。表の飾りつけも、錦糸卵や細く切った絹サヤを散らして下地を作り、桜でんぶでハートを描き、赤い薔薇をマグロで、白い薔薇を昆布で締めたヒラメで造り立体感を醸し出す。
出禁解除のユウタロウ少年が【フードコート】に到着したら、速攻生産職の出歯亀達に拉致られ、一張羅に着替えされられる。その間に、誕生会参加者を【フードコート】内に入れてしまおう。NPCや一般のプレイヤーには、本日大分騒がしくなることの謝罪と、サービスとして料理の割引をさせていただく旨を伝え了承していただく。
「あぁ?お誕生会だぁ?わざわざ最前線からやって来てやったてのに、客をそっちのけでお楽しみたぁ良い度胸じゃねぇのかい?」
「ををぅ、ふざけんじゃねぇぞゴラァ‼」
はずだったのだがなぁ。どうやらガラの悪い連中が此方に絡んできた。
数にして4人ほど。装備は良いものを身に着けているようだが、滲み出す品の悪さがそれらを台無しにしている。一通り料理のそろったテーブルに近寄り、料理を物色しはじめた。
どうやら、【フードコート】に入るまでは善良なPCを装っていたが、示し合わせたように本性を出してきたようだ。まだ料理に手を触れないところを見ると、多少は分別が有るように見えるのだが…
「お前ら…そこまでにしておけ。」
誕生会参加者の中でも、割と武闘派のシザンケツガ君が料理とPCの間に立ちはだかり、PC達を諫める。
「おやおや、ソロボッチの死山尻河さんじゃないですか。」
シザンケツガ君は彼らを多少知っている様で、何とか大人しくしてもらう様に説得をしているが、暖簾に腕押しのようにスルーされている。途中コウタロウ君が私の耳元で彼らの情報を教えてくれたのだが。
奴らは最前線で活動をする通称攻略組のクラン【漆黒黄金の高貴な闇】に所属するパーティーで、主に雑魚狩りや哨戒をメインでやっているガラの悪い奴らの様で、幾度となく悪どい行いで、運営からの警告を受けているようだ。
しっかし、ノブリスなんて大層な言葉を頭に掲げているんなら、もう少しお上品にできないものなのかねぇ。そんな運営から見張られているような奴らが、わざわざ最前線から運営が一枚かんでいる【フードコート】まで何をしに来たんだろうか。話を聞く体でそいつらに話かけてみるか。
『運営さんが目の前にいるのにここまでやるって事は、何か事情があるんだろう?話してみてはくれないだろうか』
「えっ…」
四人が四人ともきょろきょろと周りを見回し、運営から派遣されてきた騎士さんや神官さんを見つけ吃驚している。どうやら【フードコート】に運営が絡んでいることは知らなかったみたいだ。顔面もみるみる青ざめてきている。
「し、知るかそんなこと。そ…それよりも、俺たちが最前線で強敵と戦っているってぇのに…」
「て…てめぇらは、のうのうと美味いモノ喰って、面白楽しく過ごしているのが気に食わねぇ…」
「このまえの試食会だってそうだ、何で俺達最前線のギルドに声を掛けない‼」
「むしろ、料理人が俺らに頭を下げて来てくださいと招待するもんじゃねぇのか?」
なんか自棄になったのか無茶苦茶なことを言ってきたが、知らんがな。こちとら大事なギルドメンバーの誕生会をギルド内の施設【フードコート】でやるってだけなのに、言いがかりも甚だしいなぁ。そもそも、試食会やらのイベントごとは、参加自由だし知り合いや常連さんには連絡するようにしているっての。
それで声がかってないんだから、諦めてほしいなぁ。
「しかも、この前試食に出たって料理を注文しようとしたら、法外な値段を提示されたってギルマスが溜息ついてたし。」
「ここの食堂は一見さんからボッタくるのかよ‼」
ンなことないって。ってか、確かに試食会の後の何人かから注文もらったけど、一人のために出汁を一から引いていたらその負担は全額注文した人に行くでしょう?それはちゃんと説明したうえでの適正金額だってば。此方は一人で対応しているからか、4対1の状況が気を大きくしたのか、調子に乗ったセリフが次々に出てくる。
まぁ、あ~だこ~だのとイチャモンつけてくる輩に一から十まで説明しても、一つも判ろうとしていただけないならお帰り頂くしかないでしょう。もう、誕生会を始める時間も過ぎていて、店の入り口でユウタロウ少年が困ったようにこちらを伺っている。
運営さんちょっとお願いします。
「了解しました。そこの4人組、10秒以内に退去しなければ、神殿に強制送還した後、処罰します。では、9… 8… 7…」
運営さんの声で、我に返った4人が再度顔を青くしてお互いの顔を見合わせる。ヤバイヤバイと言いあっている。
運営さんのカウントダウンが数字を減らしていく中、意を決したように…
「く…今日はこのくらいにしてやる。」
「お…おぼえてやがぇ」
急ぎ出口へ駆けていく。去り際一人が…
「これでも食らっとけ…」
最後っ屁よろしく打ち出した〈火球〉が料理の乗ったテーブルに当たり爆散した。




