・料理人さん初心にかえる
現在ゲーム時間内で午後3時、ここ【フードコート】はお昼の喧騒がひと段落。3時のお茶だからノーカンと自分に言い聞かせながらも、スイーツをむさぼるPCやNPCがちらほらいる時間である。現実の一般的な食堂なら、休憩や夕方分の仕込みに充てられる時間なのだが、【フードコート】内のレンタル厨房の一つ…ほぼ料理人さんの厨房はものものしい空気に包まれていた。
厨房内では〈料理〉スキルも〈料理魔法〉も使わずに、黙々と作業をする料理人さんと、最近何処からともなく連れてきた料理人さん曰く職場の弟子が3人。
しかし店頭には休業中の看板が出ているのだ。【フードコート】の女将さんが料理人さんにといただしたところ…
『弟子ができたので、せっかくだからこいつらと職人…料理の基本に戻ろうかなって思いまして』(最期の料理編を参照)
とのことだ。
食堂の営業には差し支えないし、スイーツ関係は女料理人さんことナナセさんが一手に引き受けているので問題はないでしょう。ってのが女将さんの判断で軽くスルーされている訳だ。
そして夜には、その引きこもりの成果の一部がテーブルに並べられるのだが。ご相伴に預かったNPC達はそろって不思議な顔を浮かべるのだ。そして感想のほとんどが…
「不味くはない…むしろ美味しいんだけど、味が極端に偏っているような感じがする」
料理人さんには珍しく、出汁と食材の味を引き出した薄味ではなく。その料理の大半が、甘味・塩味・酸味を前面に押し出したような味付けとなっている。
その料理の見栄えは、一言でいえば華麗。色彩豊かな食材を、仕切りのついた重箱の中にバランスよく配置し、1・2・3と番号を振っている。しかも、その料理一つ一つに洒落た意味が在ると云うではないか。
まぁ勿体ぶるもんではないのだが、要はお節料理だったりする訳なのだが。【無限世界の住人】には新年を祝う習慣はあっても、日本のようにお節が在る訳ではないのでこんな説明になってしまった。
もちろん狭い日本であっても、地方によって食材が違ったり、呼び方が違ったりと多少の差異はあるもののおせち料理自体は共通認識であったりする。
昔は、一家の家事を一手に担う主婦が年末年始に休みが取れるよう、保存がきく強めの味の料理をおせち料理として作ったのが始まりらしいのだが。
ここ十何年くらい前からは、夏が終わるとスーパーやコンビニ、果ては名の売れた料亭や旅館での予約競争が始まる。お渡しは晦日や大晦日で、やっぱり主婦が家事を休む…休めるようにとの想いは同じな様だ。
ちなみに、三が日の奥様の話題は主にその予約したおせち料理のお値段や予約先のネームバリューが殆どらしい。新年早々にご近所のカーストが出来上がるので、おせち料理をご予約させられる旦那様は気が気じゃないらしい。
まったくどうでもいい話だ。まぁ、最近のお節料理は防腐剤や冷蔵庫などで保存がきくようになっているので、味も今回作った基本のお節のように味が極端に強くなっているわけではないので、それなりに美味しく食べられるようになっている(笑)。どんな名の売れたお節でも、何千・何万食も作るなら、そのほとんどは工場生産になってしまうため、そこら辺は大人の事情だ。
さて、何故料理人さんがお節料理などを作ろうとしたしたのかというと、そのままに初心に帰るためだ。お節料理自体品数が多く、その工程が複雑…面倒なものが多い。煮る・焼く・蒸す・炊く・揚げるの基本の調理のほかに、裏ごし・練る・蒸し焼き・焙り等普段使わない調理方法もある。
包丁の技術でも、同じ大きさ・形にそろえたり。厚みを均等に剥いたりと基本が出来ていないと見栄えどころか、味が均等に滲みなかったりして、僅かにでもバラつきが出てしまうのだ。
ただ、そういったものは知識だけでは理解しきれないので、実際に作って出来栄えを比べるのが一番わかりやすい。
料理人さんが見本となる料理を作り、お弟子さんが見本を真似して作るのがベターな教え方かもしれないが。今回は料理人さんとお弟子さん3人に分かれ、料理人さんが説明をしながら別々に料理を作っていく。出来上がりをお弟子さん3人が料理の本質を理解したら、料理人さん・お弟子さんの料理を一緒にして【フードコート】にお出しするわけだ。
でだ、料理がテーブルに並べ終わったころを見繕って、クラン【農協】の幹部を先頭に生産職の面々が【フードコート】に顔を出す。
「おっ、今日は子持ち鮎の甘露煮と紅白ナマスかいな。」
「それなら日本酒だな。女将さん、お冷で2合ほど頼む。」
「私は冷たいお茶をお願いします。」
最近この生産職のおっさん達は何やら悪巧みをしているらしく、昼間は生産職の工房や農場を空けているのだ。しかも元国王様や魔王様(笑)も絡んでるみたいだから質が思いっきり悪そうだ。触らぬ運営に祟りなしってことで、遠くから生暖かく眺めておけばいいでしょう。
下手に声をかけたら巻き込まれる…絶対。
ちなみに、このお節料理の下りは、後日【喰えるもんなら喰ってみろ】で公開されましたとさ。




