料理人さん どうするのか
おっさん達が【魔王領】から戻ってから、現実世界で2週間…ゲーム世界の時間で約1カ月が過ぎた頃。遂にそれはやって来た。
そう、【無限世界の住人】の大型アップデートだ。いや、実際はアップデートとは名ばかりの、【魔王領】との交流が切って落とされたのだ。
隣の大陸である【魔王領】が解禁され、大量の亜人系のNPCと交流できるチャンスとしか流されていないが。運営側としては、新規顧客の開拓や、既存プレイヤー達へのマンネリ防止策などのビジネスチャンスとなる。
そんなもんだから、国や神殿の対応が少しでも後手後手に回ると大変なことになるので、元国王様はじめ騎士さんや神官さん達は大忙しだ。
そんななか、【始まりの町・春】にある生産職クラン【農協】のおっさん4人といえば…
「おおっ、煮えたぞい。お玉を取ってくれんか?」
「あぁ味噌と肉の匂いが合わさって実に美味しそうですねぇ」
「なんだか、日本酒が呑みたくなるな」
『ちょっと、アカツキさん。肉だけじゃなく野菜も食べてくださいよ。』
「はっはっはっ、肉は早いもん勝ちじゃ。」
クランの広い敷地のど真ん中で、七輪に火を起こし牡丹鍋で昼から酒をやっていた。
【魔王領】で討伐した地竜のもも肉を低温で熟成、更に料理人さん特性の味噌に付け込めば。旨味の元でもあるアミノ酸を増大させ、肉質も柔らかく臭みもなくなる三重奏。
そんな特別製の逸品を惜しげもなく使い、白菜・春菊・長ネギなどのアカツキさんご謹製の野菜もたっぷり入れて、味噌で味を整えた、野性味がある中にも優雅さも醸し出す超素敵な鍋だ。
さらに鍋の脇には、竜の唐揚げ・海竜の白焼きも人数分用意してある。これに、キンキンに冷えたビール・日本酒・焼酎などなど。
メニューだけ見ると、【無限世界の住人】のプレイヤーだけではなくNPCでも羨むようなラインナップだが。今、この場にはこの4人しかいない。
この4人が仕事もせず、昼間から酒をかっ喰らっているのには訳がある。
【魔王領】から帰還して、地竜の試食会を行い、日常に戻ったある日の事…
「おおぅ…どうやら、〈農業〉のスキルが最大値になったようじゃわい」
と言ったアカツキさんを皮切りに、
「ふむ。オレの〈大工〉もカウントストップしたみたいだな」
「私の〈飼育〉もレベルマックスのようです」
次々にメインのスキルが最大レベルに達したのだ。料理人さんの時は、史上最速でのスキルレベルカンストだったため…ってよりは、元国王様陣営やブラコンが暇してたから記念式典をやってのけたのだが。
今回は【魔王領】の住人の受け入れ態勢を作るため、大忙しなためこっちにかまっている余裕がない様だ。なぜなら、元国王様ではなく元王妃様が3人にスキル宝珠2個とレアアイテムを【フードコート】に夜食の手配するついでに渡しに来るくらいだからだ。
さすがに、3人が3人ともメインのスキルがカンストしたんだから、ささやかながらお祝いでもしようって事で、一席ぶった訳である。
いや、【フードコート】内でも良かったのだが、少しでもお客が居ると落ち着かないのだ…料理人さんが。まぁ、視界の隅っこにチラチラ写る野次馬がいたりするが、気になるほどでもないので、手酌で酒を酌み交わす。
ほかにも新しい出来事があってな。
私たちのテーブルの脇で、餌を食べている暴突丑と巨大鶏になんと弟分ができたのだ。
その名も空竜のミドリと陸竜のチャイだ。オオガキさんの〈飼育〉スキルがカンストしたので、記念にストックしていたモンスターの卵をプレゼントしたのだ。カンストレベルが調子に乗って、バフしまくって孵化させたもんだから、これ以上ない位の最高品種のモンスターが爆誕してしまったってことだ。因みに、刷り込みによって親認定されてしまったのは…私だ。
だって、仕込みのため【フードコート】に来たら、厩舎の前で仁王立ち?しているクロとシロに首根っこを捕まれ、強制的に連れていかれて厩舎に放り込まれたんだ。そしたら孵化したばかりの空竜と陸竜が、つぶらな瞳で私を視てくるんだ…遣られたね。思わず名前を付けて、餌をあげてしまった。
その間、何度か血まみれで血涙を流しながらも倒れ伏すオオガキさんを踏みつけていたのに気が付かなかった…嘘だ。
ヤラレタ本人に話を聞いたのだが、一番に厩舎に入ろうとしたら、後ろからクロとシロに不意打ちを喰らったそうだ。ひと思いにヤっちゃうと、【神殿】に帰還で何度でもチャレンジされるので、瀕死で身動きできないようにして転がしていたのではないか?との事だ。クロとシロ頭良いな。
ってか、其処までヤられてもやさぐれないオオガキさん。アンタこそ真の動物王国の国王様だよ。
って事で、新しくクラン【農協】の仲間になった2匹のお披露目もパパッと終わらせ、こうして畑の真ん中で宴会なんかをしている。
ふと見上げた無限世界の住人の空は蒼く、とても高く。しばらく前までの事故で鬱屈していた自分を忘れさせてくれる。目を凝らせばはるか上空、大きな空竜が、【農協】の上空を横切る。
その際何かを落としていったように見えた。…いや、【農協】を目掛けて落としていったようだ。
「はっぁぁぁぁぁぁはっはっはっはっはっ‼【農協】よ、私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁ」
ずがぁぁぁぁん!!!!!
「ぷげらぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
高笑いとともに空竜から落とされた簀巻きの魔王様(笑)は、ハクのブレスに狙撃され、明後日の方向へ飛んで逝った。まぁ魔王様(笑)だから死なないでしょう、ハク良くやった。
『ふっ、トラブルがそっちからくるんじゃ、おちおち感傷に浸ってられんか。』
魔王様(笑)が到着するまでに、テーブルの上の料理を早く食べよう。
さぁ、今回の厄介事は何だろう。おっさん連中は互いの顔を見ながら思いを馳せる。
「グンジ君、いい顔をしとるなぁ。」




