料理人 ・・・
主に説明回です
『魔王様…って、なんやねん‼』
いやマジで。
思わず男性の胸元に裏手でツッコミを入れてしまった料理人さんを、誰も咎めることなんてできなかった。むしろ詳細を早く言えと、殴る事も持さない勢いで元国王様に突っかかっていく人もいるくらいだ。
「いやぁ…コレについては…(ゴスッ)ヘヴゥン‼」ドサッ
元国王様が言い訳をしようとした刹那、鈍い音が【フードコート】に響き、あへ顔鼻血ブ~で元国王様が床に崩れ落ちた。
そして、その背後から“天誅”と書かれたハンマーを大上段から振り下ろした、般若のような形相でなんちゃらの波動を身に纏った元王妃様が姿を現したのだった。
「この馬鹿亭主がっ‼、余計な仕事作りくさってからにぃ。ちょっと其処で沈んどれぇ。」
それから数分後。クラン【農協】のおっさんどもと元王妃様・魔王様(仮)、そしてあへ顔鼻血ブ~の元国王様は、農場内にある生産職エリアの休憩所に移動していた。
一応無限世界の住人の根幹に大いに関わる状況みたいなので、出歯亀がいるのは重々承知だが早々に移動し、弟にも連絡を入れておく。
休憩所にいる面子全員にお茶と菓子を出す。一息ついたところに弟が駆けつけ、元王妃様と伴に説明を開始する。内容としては…
そこの魔王様(仮)が住む大陸…通称【魔王領】は、次の大規模アップデートの時に発表する事なっている亜人だけの大陸だ。
その大陸の住人達は、八州医療機器開発の医療義肢開発部門とは別枠で動いている、AI開発部門が無限世界の住人で研究しているノンプレイヤーキャラクター達だ。
そのNPCを研究しているAI開発部門はこのゲームの開始当初から、人間以外の動物や、物語に出てくる異人・亜人の生態に目をつけ。動物専門の義肢、人間が人外の動きができるようになる義肢のアタッチメント的なものを開発している部署だったりする。
そのため、【魔王領】はその大陸の生物を短期的に、かつ無理のない成長・進化を観察するため。そのためにゲーム世界でありながら、ゲーム世界から隔離され、通常の1000倍の速さで時間が流れていたのだ。
そう、今度のアップデートのために開発されたのではなく、初めからあった大陸をアップデートって名目で行く事ができるようになるだけだったりするのだ。
ここだけの話だが、王国側に出てきた竜や海竜は【魔王領】での研究成果を運営さんが頂いたものだったりする。
まぁ2000年もの間、鎖国のような状態で頑張ってきたけども、最近は進化・変化が著しいので期間限定で【魔王領】を開放してみようかなってのが、運営さんやら、開発さんやら、お偉いさんやらのご意見だったりするのだが…
実際は、【魔王領】の一部の住人が大航海時代だ・あの空の向こう側だと宣い、外界へと船出をする気満々でいらっしゃって止めるに止められない状況だったりする。
で、その【魔王領】のトップであるそこの男性は、この騒動を止めるどころか煽りに煽りまくったため、AI開発部門のお偉いさんに目を付けられ先遣隊として【王都・ジパング】に強制的に連れてこられたそうな。
簀巻にされた後、大きな鳥型の魔物に掴まれて【王都・ジパング】の【王城】上空まで…そしてその場でポイって…感じで
そして現在。
視察という名の物見遊山も大体終わり、いざ【魔王領】に魔王様(仮)を返品しようって段階で問題が発生した。
そう、魔王様(仮)の輸送手段だ。
その【魔王領】への交通手段は空路か海路のみ。魔王様(仮)を連れてきた魔物は、王国に存在しないため、おそらく無理だろう。
ほかには、王国所有の飛行船で、最低一週間。往復で2週間も【フードコート】を空けるのは申し訳ない。
海路に至っては船でほぼ一か月、しかも海竜などのモンスターのおまけ付き。死に戻りは嫌だが、魔王様(仮)はNPCなので一度死んだら復活はしない。しかも一国の王様(仮)を死なせたりして戦争なんて起こそうもんなら目も当てられない。
神殿のワープ機能に至っては、【魔王領】に神殿が無いからアウトみたいだ。
あぁ、向こう側の運営さんに連絡がつけば楽なn…ん?
なんかクラン【農協】で抱えなくても良くないか?
『おい、弟よ。これ、電話で現実世界から、AI開発部門に連絡して、魔王様を連れてって貰うことできないか?』
あからさまに悔しそうに舌打ちしやがった。初めからできるのを承知で、やらなかったって顔だな。
「バレてしまったか。いや、最初はそうしようかと思ったんだけどね。
せっかく想定外のイベントだからプレイヤーにも楽しんでもらおうと思ってね。
元国王様や元王妃様、ついでに魔王様(仮)にも話して一席打ってみたんだけどどうだい?」
いや、半強制イベントなのは結構なのだが、無限世界の住人ってこんなにイベント盛り沢山だっけか?
「ほら、そこはコネ枠?兄貴贔屓ってやつです。」
をいっ‼胸を張って言うことじゃない。それは不味いんじゃないのか?
「そこは大丈夫だと思うよ。このクラン【農協】のイベント遭遇率はハンパじゃないから。一回二回の強制イベントが増えたって、どこから見てもまたクラン【農協】かで済むから(笑)」
……あぁ、一般のプレイヤーの皆さま申し訳ありません。ってか、クラン【農協】ってそんな目で見られていたのかぁ。いや、思い出してみれば思い当たる節が有ったり無かったりするんだが。
いや、忘れよう。うん、その方が間違いなく精神衛生上よろしい。うん忘れよう…はい忘れました。
…って、できるかぁ‼
まぁ、アップデート後なら最前線の廃人連中なら何とか手段を探すだろうが…奴ら基本脳筋だからなぁ…
で、生産職のトップは、間違いなくクラン【農協】だから、厄介なことに巻き込まれそうだなぁ。
それなら先に【魔王領】へ渡るためのノウハウを作るのも手だな。さて、それなら力になるのは此処で茶を啜っているおっさんどもに相談するのが一番だな。
「ふっふっふっ…待っていましたよ、こんなシチュエーションを。こんな日の為に言いたかったセリフが有るんですよ。」
俯きながらも、肩を震わせボソボソとつぶやくのは、残念飼育員のオオガキさんだった。あんた、最近特に影が薄かったけど何やってたんだ?
「さぁみなさん、こんな事もあろうかと準備していたものがあるんです。」
突然大きな声で宣言して、この場にいる全員を連れ出して向う先は農場内の鶏小屋だ。突然大人数で押し掛けたもんだから、石化鶏にシロが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているぞ。
そんなシロを背にしてオオガキさんが再度このセリフを吐く。
「もう一度言いますよ。こんな事もあろうかと準備していたのです。」
感無量って感じで悦に入っているオオガキさん以外は、恐らくみんな思っているはずだ…何言ってんだコイツと。
そんな、冷たい視線に気が付いたのか。オオガキさんが慌てて説明し始める。
「あのですね。モンスターってのは一、定以上の経験値が溜まりますと強化したり進化するのですよ。」
それは知っている。シロが巨嘴鶏から石化鶏に進化したのを実際に見ている我々だ。
「そしてですね、シロ君ですが、次の種族へ進化する経験値が最近になってやっと溜まったんですよ。」
それは凄い。で、次の進化って何になるんだい?
「そう、その進化先ですが実は2つありまして。ひとつは鳳凰と言う火炎系のモンスターです。もうひとつが、巨大鳥と言います、恐らく魔王様(仮)を【魔王領】から運んできたであろうモンスターです。」
なんか、都合がよすぎる展開にも感じるが、今回は渡りに船でちょうどいい。それなら早速にでもシロを巨大鳥に進化させていただこうか。
「わかりました。でわっ‼シロ君。巨大鳥に進化ですよ。〈進化〉発動‼」
オオガキさんのスキル〈飼育〉の派生魔法〈進化〉が発動し、シロが眩い光に包まれる。
「コケ?」
一瞬にして光が弾け、呆気にとられたような表情のシロが何も変わらぬ姿で佇んでいた。
「あれ?おかしいですね。」
シロの周りをぐるぐる回りながら、オオガキさんがシロを細かく調べているがよくわかっていないようだ。その様子を私の隣で見ていた弟が、何やらスキルを発動させた。どうやらシロのステータスを見ていたようだ。
「あぁ兄さん。シロの経験値がほんのちょっと足りてないみたいだよ。何か無い?」
弟の問いかけにピンときたのか、アカツキさんがオオガキさんに向かって叫ぶ。
「オオガキさんよぉ、〈飼育〉のスキルを切ってみぃ。」
その声に、ほぼ条件反射的にオオガキさんが〈飼育〉のスキルを解除してしまう。まさか…
「シロぉぉ、嘴攻撃だ‼」
「コケェェェェェェェェェェェ‼」ドシュ‼
「なんとぉぉぉぉ」
ああ、殺っちまったよ。
ササキさんの掛け声に脊髄反射で攻撃を繰り出したシロ。うん効果は抜群だ、なんてったて嘴が眉間から入り後頭部から突き抜けたんだからね。これで死に戻りしなきゃオオガキさんは人外だ。
勿論、霞のごとく消えてしまったオオガキさんは置いておいて。再度眩く光に包まれたシロはみるみる大きくなり、パッと見全長15メートルはあるだろう巨大な鶏に成長した。
バサリと両の翼を広げたその姿は、目の前の景色がすべて隠れるほど大きく猛々しい…
「コケコッコォォォォォォォォォォォ‼」
やっぱり鶏だよ。
僕たちの冒険はこれからだ!
蜜柑




