料理人さんは戦わない ただトラブルが葱背負って遣って来るだけ。
「お前さんが【農協】のボス、料理人さんだな?」
上半身をマントで覆い、素顔を隠したまま入ってきた。高い身長・ガッツリとした体形から男性とまでは判るが、その佇まいや雰囲気から目的が判らない。
『そうだが、何の用だね?』
男を一瞥するも、すぐに手元の料理に集中する。現在は山のように大量のキャベツを千切りにしている最中だ。気を抜けばすぐに刻んだキャベツの太さが一定にならなくなる。
実際に、目を瞑ろうが余所見をしようが何処に出しても恥ずかしくないような千切りをこさえる事ができる料理人さんだが。それでもなお、初心に帰るため、気を引き締めるため、そしてなにより美味しいキャベツの千切りを食べるためにも、一瞬とて油断していられないのだ。
「忙しいところ申し訳ないが、私と料理勝負をしていただきたい。」
覆っていたマントを脱ぎ棄てたその姿・表情には闘志が浮かび、料理人さんを両の眼でシッカリと睨み付けてくる。浅黒い肌に盛り上がる筋肉、髪は白く整った顔立ちに長く尖った耳。歳にしても20代前半位の若造にしか見えないが、その纏う雰囲気が男性を老成して見せている。
常夏の【始まりの街・夏】にも肌の浅黒いNPCはいるものの、耳が尖った人はいない。もちろんプレイヤーにもない特徴だ。周りの食事中の方々からエルフだのダークエルフだのとささやく声が聞こえてくるが、当の男性にしてみたらあまり関係ない様だ。
『ふむ、何か理由があるみたいだな…だが断る!!』
唖然…【フードコート】内の空気が一瞬で凍り付いた。一部の食事中のプレイヤーは料理を口に持っていたまま、口を開いたまま動かない。また、どこかの運営関係者は新しいネタが来たとwktkしていたところで機能停止した。
そして、何より料理人さんの返答の前半部分で勝負を受けてもらえると思った男性の少し嬉しそうだった表情が、返答の後半部分で域に逆転、呆然とし凍り付いた。
「…へ?」
『別に、私の腕が見たかったら私の作ったものを食べればいいだけだろう?』
「まぁ…そうですねぇ…」
『人には好みってものがあるんだ。嫌いなものや苦手なものを無理やり食べさせる必要もなければ、腹いっぱいのところに無理やり食べ物を詰め込んでも美味いと感じられないだろ?そんな判定に意味なんてあるのかい?納得できるかい?』
「たしかに…」
『それに、自分の料理の味は自分自身がよく知っているんだ。だったら、君が私の作ったものを食べて自分の料理と比べればいいだろう?だって、自分の舌に嘘はつけないんだからな。』
千切りし終えたキャベツの山をささっと水で洗い、笊にあげチャッチャと水をきる。
水をきったキャベツを一掴み、少し深めの皿の中心に盛り付ける。
フライパンを火にかけ、熱くなったらバターを一掬いフライパンに落とす。そのバターが焦げる前に、薄切りの猪豚のばら肉をフライパンに広げる。ばら肉のふちがパチパチと焦げ始め、香ばしい匂いが漂い始めたところで、肉を裏返しし薄く塩・胡椒をする。すぐさま卵を器に割り入れ、白身を切るように混、白身と黄身が混ぜ切らないところでフライパンに注ぎ込む。
蓋をして少し蒸し加減に火を入れるが、頃合いは肉に火が入るが、卵は半熟。崩さないように先ほどの皿に盛り付けたキャベツを覆うように盛り付ける。最後に特製のソースとマヨネーズ・鰹節をかければ、下町の一品料理“とんぺい焼き”の完成だ。
お好み焼きではないのだよ、お好み焼きでは。大事なので2回言ってみたのだが、この“とんぺい焼き”に正式なレシピは存在しない。オムレツのように焼く物もあれば、逆にキャベツの千切りの上に普通に豚肉入りのオムレツをのっけただけのレシピもある。
私が作ったものが正解ってこともないが、焼いた卵と豚肉がソースとマヨと絡まって。そして焼いた卵と豚肉の熱で蒸されたキャベツと、豚肉の脂・ソース・マヨが絡まって。どちらも冷えたビールによく合う。
『何処から来たかは聴かないが、せっかく【フードコート】まで来たんだ。私の奢りだ、喰ってきな。』
男性をテーブルに案内し、出来立ての“とんぺい焼き”とキンキンに冷えたビールの中ジョッキを並べる。
男性は器用に箸を使い、半熟卵と豚肉の部分を一口。一瞬だけ目を見開くが、味わうように目を瞑りハフハフと咀嚼し飲み込むと同時にビールを一口。
次に卵と豚肉でキャベツを包みさらに一口。またハフハフと飲み込みビールを飲む。
難しそうに眉間に皺を寄せているが、決して不味いものを食べている表情ではなく。むしろ美味しいものを食べ、緩みそうになる表情を押さえつけるように顔を引き締めているように見える。
見る見るうちに、皿もジョッキも空になり、男性の両肩が震え始める。徐々にその震えは大きくなり、ついには我慢できないと男性は豪快な笑い声をあげてしまう。
「…いやぁ~参った参った。こりゃぁ勝負にゃならん。相手にさえなれないわ。」
両手を挙げて降参の意を示す男性。素直に料理人さんの作ったものに賛辞を贈るのだが。そのタイミングで空気を読まず【フードコート】の扉が乱暴に開き男性が駆け込んでくる。
青白い顔で、肩で息を切り駆け込んできたのは、おなじみ諸悪の根源。しかし今回は少し状況が違うみたいだ。私の目の前にいる男性を見て、安堵のため息をついているのがその証拠だ。元国王様はその男性を見て…
「…探しましたよ、魔王様。」
訂正します、やっぱりトラブルでした。
はい、料理人さんが良い事を言っているみたいですが、いつもの《無限世界の住人》です。




