料理人 ヤらかした!!
夕食の時間になり、王様ご一行様が昼の様に【フードコート】の外に集まってきた。全員が席に着いたところを見計らって、先付(卵豆腐)と向付(お浸し2種)を並べていく。
先にビールで乾杯をしたい様に見受けられるが、我慢していただき、食前酒として、自家製の梅酒を出していく。
『食前酒の梅酒です。多少アルコールを強めに作ってありますので、苦手な方は水で薄めてお召し上がりください。』
「ほほぅ。」
ガラス製の小さなグラスに注がれた琥珀色の梅酒は、梅を漬け込む際に、わざとアルコール分の高い焼酎を使い、甘めだが、キリッとした口当たりになるように拵えてある。
コレをキンキンに冷やすことにより、始めはトロッと口に入り、ほのかな梅の香りと甘みを味わえる。そして口内で温まった梅酒は、喉元を過ぎる頃には鼻に抜けるほどの強い梅の香りを残し、キレのある刺激を喉に与え胃の腑をカッと刺激する。
ツルンとした口当たり優しく、かつ冷たい卵豆腐が、動き始めた胃袋に軽いジャブを放ち、目覚めたばかりの胃袋に対し、次から本格的に始まる料理の攻勢に対しての準備をさせる。
法蓮草と胡麻の香りと焼き茄子と出汁・鰹節の味が直接脳を刺激し、唾液を口内に溢れさせる。
王様もお妃様も、一口一口をゆっくりと噛み締めるように味わっていく。その間に揚げ油を弱火で温めておき、次にあらかじめ、テーブルの横に並べておいた七輪に火を入れる。肉は強火でさっと炙りたいので、多めの炭で火を熾す。
薄く切った味噌漬け肉を強火で炙ると、何とも言えない芳香が辺り一面に漂い、王様含むテーブルに着いている面々より唾液を飲み込む音が聴こえる。ひと皿に盛り付ける肉の量は、僅か五切れ。直ぐに火が通るように薄く切っているので、直ぐになくなってしまう。
「すまんが、もう少しいただけないかね。」
『いえ、この他にも料理がありますのでご辛抱ください。』
王様からこの様なお言葉を戴いたが、ほかの方々も同じような顔色で此方を伺っている。内心、もっと寄越せとお思いでしょうが、こう思わせれば料理人冥利に尽きる最大の褒め言葉ととり、心を鬼にして次の料理に取り組みましょう。
揚げ物を始める前のに、蒸し器で温めてある蒸し物をお出ししよう。出す寸前に鍋で温めた銀餡を掛けて、それぞれの前にお出しする。
「ぅん?これは、馬鈴薯を蒸したものに餡をかけたものかな?」
何人かが、ただ馬鈴薯を蒸して餡をかけただけだと勘違いしてくれてるようだが、箸で馬鈴薯を割った時に出てくる中の具に吃驚する。そして、その具を餡に絡めて食べると味が複雑に絡み合い更に吃驚する。王様は、中に具材が詰まっているのは見抜けた様だが、食べてみて味の変化に満足げに頷いている。
さて、揚げ油が丁度良い温度になったら、片栗粉をしっかり付けた鱈と各種野菜を上げていこう。順番は、火が通りにくい野菜から、最後にメインの鱈を揚げて、油が切れたら手早く器に盛り付け、それぞれにお出しする。何故か少し深めの器に盛り付けられた揚げ物に疑問を持ちながらも、箸をつけようとする王様に・・・
『もう少しお待ちくださいね、いま出汁をおかけしますので。』
と、待ったをかけ、タップリと大根おろしが加わった出汁を、王様の目の前で料理にかける。熱々の揚げ物に、出汁をかけることにより、ジュワ~と小気味良い音を立て、出汁と大根おろしの香りが揚げ物の揚げ油の匂いと混ざり合う。一発で料理の虜になりそうな匂いに、我慢が限界なのか、王様が餌を前にして待てをさせられている犬のような表情で私をみるが。
『どうぞ、温かいうちにお召し上がりください。』
聞くが早いか、パッと料理に箸を伸ばす。大根おろしをタップリ絡めて野菜・魚と平らげてしまう。
『最後に、ご飯・味噌汁で締めとなります。』
ご飯・味噌汁・お漬物。おまけで鶏の煮凝りを出して、本日の夕食は終了となる。しかし、ご飯・味噌汁・煮凝りはお替り自由と言ったとたん、皆さん(特に男性陣)目の色を変えてご飯を掻き込み始める。そう、煮凝りの存在だ。
この煮凝りに使った鶏肉は、勿論巨嘴鶏。鶏皮や余った骨を使い丁寧に煮込んでゆき、醤油・酒・味醂で薄く味を付け、生姜・長葱で肉や骨の臭みを取り除き、灰汁もシッカリと取り除く。半日位煮込んだところで、布で漉して型に流して冷やし固めたもので。滋味豊富ながらも、優しい味わいとなっており、そのままでも十分に旨いのだが。やはり温かいご飯に乗せ、熱で溶けた煮凝りがご飯に絡まったところを一気に掻き込むのが旨い食い方というものだ。
行儀が悪いと言ってしまえばそれまでだが、この行儀悪が旨いんだよね。王様が始めにやって、ソレを真似したお付きの方々がバッチリとハマってしまったようだ。先ほどの肉や揚げ物で量的に不満気であった方々だから尚更にお替り自由と聴いて暴走してしまったのかもしれないな。これが孔明の罠とも気がつかず。
「いやぁ~、大変美味かったぞ。素晴らしい料理の数々、実に見事であった。」
『恐縮でございます。しかし、まだ終わってはございませんよ、王様。』
王様よりお褒めの言葉を頂いたのは良いが、まだ食事が終了しただけで、夕食が終了した訳ではないですよ。ナナセさんにお願いし【フードコート】よりケーキを持ってきてもらう。
『お待たせいたしました、食後のデザートとしてチーズケーキを三種類用意させていただきました。』
吃驚したような表情の王様をよそに、歓声を上げる女性陣。そして絶望に打ちひしがれる男性陣。クックックッ・・・そうだ其処までご飯を大量に食べてしまえば、満腹で甘いものは入るまい。
小さく切出して王様とお妃様の前にお出しし、後は好きなケーキを各人取りに来るようにした。案の定、女性陣はケーキの前に集まるが、男性陣は席から動けず恨みがましい目を私に向けてくる。まぁ、帰り際にでもお持ち帰り用に取っておいた羊羹でも、男性陣の責任者に渡しておいてやろうじゃないか。
ケーキまで平らげて、本日の夕食は終了となった。王様、お妃様ともに大満足された模様で、意気揚々と気球船に乗り込みお帰りあそばした。帰り際に頂いた料金は、褒美も兼ねていると、見たことも無い金額を提示されたが、丁寧にお断りをした上で【フードコート】で出す料理と同じ基準で計算をした価格で料金を頂いた。
王様は不満そうな顔をしていたが・・・
『お休みの日にお客様として来ていただいていますので、他のお客様と扱いを変えることは致しませんでした。勿論、其れは料金でも同じことですので、それ以上は請求いたしません。』
『まぁ、もし不満と云うなら、またお客様として来てください。それが料理人にとっての最大の賞賛となりますので。』
といって送り出した。訳なのだが・・・
ねぇ、王様よ。三日と明けずにご来店ってなんなのさ(笑)
コレで、VS王様は終了となります。




