鶏小屋で 食堂で
鶏小屋の床に乾いた草を敷き詰め、程よい柔らかさを造り出す。鶏たちの寝床になるであろう場所は、床より一段高くし、土を盛り更に草を敷き詰める。此処までで一応ひと段落つくんだが、如何せん大きさが半端じゃない。
うん流石巨嘴鶏だ、一応五羽は飼えるであろう大きさを想定している為、ソコソコの大きさにしてみたが、管理が大変だな。まぁ、飲料水は〈水魔法〉で出せるから、何時でも新鮮な水を提供できるし、掃除も〈風魔法〉なんかで簡単にできるみたいなので大丈夫だという事で。
寝床に袋から取り出した卵を置き、オオガキさんが〈獣使い〉スキルの魔法?〈成長促進〉を卵に使い鶏小屋を後にする。この〈成長促進〉の魔法?は、本来なら捕獲したばかりで余り強くもない使役獣等に使い、訓練し使える強さになるまでの時間を短縮する為のものだが、未だ卵や雛等に使った前例が無い為に、弟のアドバイスで試しに使って見ることになった。弟は全員に紹介済みだ。
因みに、他のプレイヤー達が卵を見つけた場合の行動というのは…喰べる一択のみなのだ。理由としては、そのまま美味いからだと。で、一番の人気は卵かけご飯との事だ。
これは、なんと掲示板でもかなりの人気があり、専用の“卵かけご飯スレ”なるモノまで有る。内容はどこのエリア産の卵が美味いから始まり、ご飯との相性や、卵かけご飯にかける調味料に至るまで、ありとあらゆる話題が毎夜毎晩熱い展開を醸し出しているみたいだ。これは興味があるっちゃぁ有るんだが、今回はみなかった事にしよう。
なんたって俺にはアノ計画があるんだから、此処で貴重な卵を失うわけにはいかないのだ。
って事で、野良仕事も終わり時間も遅くなって来たので、アカツキさん達と伴に食堂へ向かう。俺は調理場で、残り三人はテーブルに向かう。ここ最近は、俺が調理場に入るのを見計らってお客が殺到するみたいで、俺の前には鬼の様な注文が舞い込んでくる。
しかぁし!!侮るなかれ、俺の〈調理〉スキルが最近100レベルを超え、〈上級調理〉に進化したため、特殊技能〈加速調理〉を覚えたのだ。これはアカツキさんの耕運機無双と同じで、俺の動くスピードが倍以上になるが、其れだけでは無い。なんと、料理場に対しても同じように加速がかかり、俺の感覚と同じ速度で食材に熱が通ったり、冷えたりする・・・簡単に云えば調理場全体にかかる魔法みたいなものの様だ。因みにご主人含む、ご主人の身の回りにも影響があるため、絶賛料理の出るスピードが4倍位に跳ね上がり、多少の無理は問題なかったりする。
一通り注文もこなし、明日の仕込みを終え一息付ける様な時間になると客も大体居なくなる。後は調理場を片付けて今日のお仕事が終了って事になるのだが、今日はご主人と女将さんに呼び止められた。
「いやぁねぇ。グンジさんがこの店に押しかけて来てからもう一ヶ月経った訳ですが、以前とは比べるでもなくお客さんが来るようになりました。」
「其処でだね、店の売上もそうだけど。ウチの旦那の腕もかなり上げてもらった事もあるんでお礼がしたいねぇって事でね。」
ご主人が切り出し、其の後を続ける様に女将さんが台詞を引き継ぐ。
『イヤイヤ、此方こそ突然押し掛けたにも拘わらず調理場を貸して戴き、ましてや賃金も払って戴き、此方こそお礼を言わせて欲しいくらいですよ。』
これは本音だ。本来なら冒険者ギルドで仕事をし、金を貯め、公園なんかで露店から始めなければならないのに。こんな何処の馬の骨かも判らない初心者に調理場を貸し、少なかろうが、賃金を払って頂けるなんて、他の人から見れば反則極まり無いはずだ。
「固っ苦しい事は無しだ。これを受け取って欲しい。旦那と私の感謝の気持ちだよ。」
差し出されたのは、二つの包み。片方は長さにして40cm×10cm位の長方形の薄い箱状のモノ。もう片方は30cm×20cm位で多少厚みのある箱状のモノだった。
「さぁ、早速開けておくれ。」
『あ…有り難うございます。』
促されるままに包を開けていく。厚みのある箱状のモノは、実際に結構重さが有り、かなり硬いモノだと予想される。開けてみたところ、かなりキメの細かい砥石だった。
そして、もう片方の包みは…先端は尖り少し反りがある30cm位の刃で、多少厚めではあるが其処まで気になる程ではない。柳葉包丁と薄刃包丁の相の子の様なカタチは…
『これは…切り付け包丁ですね。』
実際、刺身を切る為の柳葉包丁と野菜を切る事に特化した薄刃包丁の両方の特性を持つ為、素人考えでは、なんちゃって万能包丁と勘違いして失敗する事がままある使い勝手が難しい包丁である。しかし、それはあくまでも素人の話であり、これが仕事ができる職人にとっては、正に万能包丁に早変わりする。故に、この切りつけ包丁を掴まえてズボラ包丁と揶揄する輩が絶えないのだ。
しかし、この包丁は素晴らしい…刃には特に細工などはないが、日本刀と同じ鍛え方で作られた一品物だろう。柄もただ木を削ってはめ込んだモノではなく、獣の角を削り出し、手にフィットするような形状をしている。現実世界で買ったなら、間違いなくゥン十万はしそうな一品だ。
「砥石はアタシから、包丁は旦那からだよ。知り合いの武器職人から安く買ったもんだから遠慮しないで貰っておくれよ。それに良い道具ってもんは腕が良い職人が使ってこそナンボだからね。」
そして、ウチをもっと繁盛させとくれ、と明るく笑う女将さんと、ウンウンと頷くご主人。まいったなぁ、こんなに良くしてもらったのなんて何時以来だろう。例えこの世界がゲームでも、今この瞬間だけは、俺が今体験していることは本物だと思いたくなる。
勿論、また明日も明後日もこの世界で腕を振るわせていただこう。
あぁ、そうだ弟にもう一度礼を言っておこう。