作ってみよう ヤらせてみよう
それから小一時間後。先ほどテーブルで睨み合いをしていた約10人の前には、二種類の唐揚げが大皿に乗せられ置かれていた。
一旦話が戻るが、先ほど締め上げた青年グループの話を聞いた所。唐揚げ=コンビニやスーパー等に売っているもので、ペチャットしている衣に包まったモノ…要はたしか2ページ前に書いた竜田揚げの劣化版…片栗粉の替りに小麦粉を使ったなんちゃって唐揚げで、しかも中途半端に時間経過して冷めていたり揚げ油が染み出してベトってしている。だから檸檬の様な酸味のきつい柑橘を絞らないと、とても食べられないモノ。
と云う認識しかなかったみたいだ。こいつらは家で何を喰っているのか聴いてみたら、金がもったいないから外食はしない・料理も出来ないから普段からコンビニやスーパーの弁当ばかりだと。全く嘆かわしい、親はこいつらに飯を作ってやらなかったのか。
因みに、こいつらは全員高校生で親も共働きで家におらず、小さい時からそんな食生活をしている様で。たまの休みには料理をしてくれるものの、親も料理が苦手らしく余り美味くないらしい。こんなんで栄養は偏らないのか不思議だが、其処は其れ、現代医学は栄養の偏りを改善するための秘密兵器を産み出し、それで足りない栄養を補っていのだ。
この栄養素タブレットは、かなり昔から販売されており、現代日本においてはほぼ100%の人が利用しているもので、俺も服用している。ただこれは、食事よりも薬の色合いが強いため、味も素っ気もないモノで、この薬を飲んだからって腹が膨れるわけではない。
こいつらに延々と説教を垂れてもしょうがないので、本物の唐揚げを食わせてやることにした。しかし、ただ食べさせるのも面白くないので、実際作らせて、料理をする楽しさや苦労を教えてやろうじゃないか。
早速、女将さんとご主人に調理場を貸して貰える様、事情を説明したら快く貸していただける事になった。条件は、以降の掃除・明日の仕込みを一通り行うことと、これから作る唐揚げの試食だったので、モチのロンでお借りすることにする。
で、嫌がる青年グループを調理場に引き入れ唐揚げの作り方をレクチャーする事にし、おっさん達は酒を取り上げ待たせることにする。
さて、いきなり鶏の解体をやらせるのは酷なことだから、本日の食材を手早く解体し、骨まで取った腿肉を出してやる。一人の青年に包丁を持たせ、鶏肉の切り分け方を教える。肉を切っているその脇で、別の青年には切った鶏肉を漬け込む調味液を2種類(塩・胡椒・檸檬と醤油・酒・味醂・隠し味に一味)作らせる。
そのさらに奥で、また別の青年に揚げ油を二つ準備させる。コンロの上に揚げ油用の鍋を乗せ、油を入れてコンロに火をつけるだけだが。さて、そこまでやるうちに腿肉を切っていた青年の作業が終わる。まぁ、街から出て冒険者をやっているんだ、多少の切った貼った位ならマトモにできるだろう。切った鶏肉は二つに分けそれぞれの調味液にぶち込み、揉み込んで味を染み込ませる。この時に醤油を使った方の調味液には片栗粉を入れさらに揉み込ませる。
揚げ油の温度が丁度いい温度になったら、いよいよ唐揚げを揚げ始める。これは一人一鍋で行う。煽り口調の青年は醤油を使ったほうだ。双方に指示を出しながら、丁寧に唐揚げを揚げていく。勿論手の空いてる青年達は、使った調理道具の片付けをやらせる。使った道具を片付ける迄が料理ですから。
揚がった唐揚げは、油を切り皿に盛り付ける。コレで唐揚げ(2種類)の完成です。
で、冒頭に戻る訳だ。
芳しい芳香を漂わせながら食堂内に広がる唐揚げの匂いに、思わず湧き上がる唾を飲み込むおっさん連中。でだ、まずは両方共そのまま食べてもらう、揚げたての唐揚げが不味いって事は先ず無い。コレで不味いなら肉か味付けの何方かが悪いってことだ。
次に両方の唐揚げに檸檬をかける。と言っても、そのまま大皿に檸檬を掛けるほどの外道な行いはせず、各人小皿に取り分けソレに檸檬を絞ってもらう。此方も温かいものは基本旨い。ただ、唐揚げが温かいと檸檬の酸味が鼻につくので、苦手な人はこれを嫌がるのだ。ただ、油臭いのが苦手だったりする人は此方の方を好むのも事実だ。
じゃあ実際、どっちが美味いか不味いかを決めるとなると人の好みが出てくるので、この話はしてはいけない。要は…
『美味いものは、旨い。それが正義!それで良いのだ!!』
其処に優劣なんてあっちゃぁいけない。昔の漫画に、究極だの至高だのと宣った内容の漫画が有ったが、アレは内容が荒唐無稽すぎた。俺個人としては、独りで美味いものを喰べる漫画やお客に旨い寿司を食べさせる漫画みたいなヤツの方が好みだし、おそらく俺の奥底にはその考えがあるのかもしれない。
そんなこんなで、アッと言う間に唐揚げをふた皿とも平らげた面々はと云うと。
「生意気言ってスンマセンでした、唐揚げってこんなに美味しいモノなんですね。」
「正直、檸檬かけなくてもうまいんスね。びっくりしました。」
「パネェすよ。唐揚げマジパネェっす。」
「嫌々、ワシらも悪かったな。檸檬かけても旨いって教えてもらった様なもんだ。」
「だな。」
「そうですね。」
お互いに謝罪しあい、この件での双方の無礼は水に流そうと云う話しになったそうな。一件落着ってな。
っえ?俺が何してたかって?勿論、調理場で明日の仕込みをしてましたよ。アクマでも料理人ですから、表舞台に立つのは料理ですからね。