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目的設定、勇者は動き出す

 何を当たり前のことを。

 光秀がそう思ったのも当然だろう。狙いは自分の命、彼女はそう言ったがそれは大前提。

 今問題にしているのは、彼女を殺すことで敵が何を得ようとしているのかだ。


『そのままの意味よ。彼等の目的は本当にただ私を殺すことだけ。

 徳爺、こんな状況で私に気を使わないで。こんな大掛かりな事、分家の人間だけで企めるはずがないじゃない』


 考えていることがそのまま顔に出ていたのだろうか。

 楓は自分自身を傷付けるような笑みのまま言った。


『君を殺すことが奴等の目的だって?』


『だってそうでしょう? 私が死ねばこの家は安泰よ』


『だから……すまんが、俺にも理解できるように説明してくれ』


 相変わらず自分が知っていることは他人も知っている前提で話す少女だった。

 出来れば徳爺に説明してほしいと助けを求める視線を送るが、老人は黙して語らない。

 彼の口から言えることではない。そういうことなのだろう。


『ウチの家は日本の呪術界でも結構名が知れていているの。当然よね、神代から存在する神である鳴雷(なるかみ)を抱えているんだもの』


『神代の神? ああ、この国じゃ人間でも神扱いされるんだっけか』


 神は神。神なのだから神世の時代から存在するのは当たり前、そういう認識を持つ光秀が疑問を覚えるのは当然だ。

 だが彼の言い様のどこがかは分からないが、楓は気分を害したように顔を顰める。


『アンタみたいなのとは違って、こっちは本物の神様なのよ。

 常世を彷徨う霊を黄泉へと送る使命を持った死神。我が家の守護霊様』


『そのお偉い神様と君が狙われることにどんな関係が?』


『当然でしょ。鳴雷は本家の直系にしか継ぐ資格がない。例外は直系の血筋が絶えた時だけ』


『なるほど。君を殺せば他の人間が本家の人間に成り代わることができる、と。

 だがちょっと待ってくれ。それは普通にありがちな後継者争いじゃないのか?』


 家を継ぐ資格のない叔父やら甥やらが、本家の唯一の跡取りを謀殺する。よくある話、といっては語弊があるが珍しくもない。


 だが楓は首を横に振った。


『……違うって言ってるでしょ。彼等は別に家の財産が欲しがってとか、権力が目的だとかじゃないの。ただ単純にこの家を守ろうとしているだけ』


『つまり?』


『もうすぐお父様が亡くなるの。そして私は鳴神を継ぐだけの力がない。誰にも継がれることがない鳴神は解き放たれる』


 父親がもうすぐ死ぬ。あえて平然とした様子で口にされたその言葉に、光秀は口を(つぐ)んだ。

 平然とした様子を装っているが、逆にいえばそれだけ感情を抑えなくては口にすることができないことなのだろう。


 だからあえて光秀はそこには触れずに話を続ける。


『その神様が解放されるとどうなるんだ?』


『鳴神は魂を黄泉へと連れて行く神。今は我が家で守護霊として縛っているから、彷徨う魂を送るだけしかしていないけど』


『……本来は生きてる人間も積極的にあの世送りにするってか?』


『そういうことよ』


 光秀は天を仰いだ。なるほど納得がいった。

 これまでの情報から判断するに、長瀬楓という少女にはその鳴神という神を縛っておくだけの力がないのだろう。

 守護霊は契約者の魔力を糧にして現界する。神というからには、その契約に必要な魔力も大量なのだろう。


『元々、代を重ねるごとに本家の人間の巫力は下がってきたわ。多分、鳴神の呪いね。

 腹違いの兄様達もみんな体が弱くて……結局、生き残ったのは何の力も持たない一般人の妾に産ませた私だけってわけ』


『で、現当主が亡くなる前に君を殺して、他の人間がその鳴神と契約すると……』


『そういうこと。そうすれば鳴神が解放されることはなくなるわ』


 だが。と光秀は口には出さずに考える。

 そういう事情があるのなら別に暗殺などという胡乱(うろん)な手段に訴えず、正面からそれこそ彼女に自害を求めるという方法もあるはずだ。


『ちなみに自殺しろってのは無理ね。これでも本家の跡取りなんだから、正面からそんな馬鹿なこと言うような奴は反逆の意有りってことでどうとでもできるわ』


 楓は例の痛々しい笑みを浮かべて補足した。こちらの考えの先を読んでくる。性格はアレだが頭の方は良いようだ。


『その言い方だと、キミは自分で命を絶つ気はないんだな。別に自主的に自害することまで止められないだろう』


『当然。親戚連中は遠回しに死ねって言ってくるけどね。それにはいそうですかと従ってやるつもりはないわ』


 光秀は口の端を歪めて笑う。

 なんて話だろう。血の繋がった人間に毎日毎日「死ね」と言われ続ける日々。

 強がってはいるが、きっと何度もその言葉に負けそうになったことがあるだろう。


 そこまで事情を聞いた光秀は、そこで黙り込んでしまった。

 訊きたいことは色々ある。だが一番訊きたいことを口に出すのが憚られたからだ。


 即ち「それでどうするつもりなんだ?」と。


 父親が死ねば死の神が復活する。だがそれを阻むためには彼女が死ななくてはならない。

 それに対する方策はあるのだろうか。


『ま、とは言え私のせいで無関係の人達が神様に殺されるのは目覚めが悪いじゃない。

 だから賭けてみたの。……この状況をどうにかできる神様か誰かが来ないかなって』


 そう彼女は言った。

 足元には魔法陣。そしてこの部屋は『神』を呼び出す場所。

 そして、そこに現れたのは――


『なるほど。期待に副えなくて悪かったな』


 少女の救いを求める声に応じて現れた存在である光秀は肩を竦める。

 それに楓は苦笑を含んだ声で応じる。


『全くよ。まさか生きてる人間が出てくるなんて思いも寄らなかったわ』


『いや、体はあるけど死んでるみたいなんだけどな』


『気にしないで。駄目で元々だったんだから』


 元々、そんな都合の良い奇跡が起こることなど期待はしても信じてはいなかったのだろう、その返事は軽いものだった。


 状況は分かった。理解した。

 だから光秀は問う。


『一つ訊きたいことがある』


『なあに?』


『守護霊ってのは他人の魔力を喰わなきゃ存在を維持できないんだろう?

 解放された鳴神はどうやってその問題を解決するつもりなんだ?』


 契約者がいなくては暴れる間もなく存在を維持できずに消える。普通に考えればそうだ。

 だが光秀の予想が正しければそうはならないはずだ。


 嫌な勘は当たる。果たして楓は光秀の質問を鼻で笑った。


『愚問ね。そんなの生きる人間を食べて、その魂を糧にすればいいだけの話よ』


『やっぱりな』


 光秀は頷いた。

 必要な情報は出揃った。だから彼は動き出す。


 死を撒き散らす死の神。それを封じ続けるために身内に命を狙われる少女。

 だったらやることは一つだけだ。


『よし、その神様。俺が倒そう』

神様の名前を「鳴雷」から「鳴神」に変更・統一しました。

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