原因を探査しますが後悔はしませんか?
「ふざけてないで! 下がって!」
襟首を掴んで放り投げられる。
楓だ。細腕からは想像できないような怪力。
背中から壁にぶつかり、逆さまになった状態で光秀は呆然と自分の手を見詰める。
魔法が使えない。
予想外の事態に思考が停止する。
魔法は世界にあまねく存在する力である。
光秀の使った風の魔法は誰にでもというほどではないが、戦闘用の魔法を齧ったものなら使えて当然という程度のものでもある。
風の精霊に力を貸してもらうので、彼らの機嫌次第で精度が不安定になるのが問題だが、制御を他者に任せている分使いやすい。
その簡単な魔法が発動しない、というのはかなりの異常事態だ。
原因は一つしか思い浮かばない。召喚だ。
楓に召喚された際に、なんらかの不具合が起こったのだ。
「スキャン・ボディ」
咄嗟に『精査』の魔法を使ったのは、これまでの習慣だった。
こちらも先程使おうとした『ウィンド・ブラスト』と同じく初級に属する魔法である。
自分の体を魔力で精査する魔法で、体力や筋力、魔力の総量残量。ある程度は怪我や病気も検査できる。
「あれ、なんでこっちは使えるんだ?」
何も考えずに長年の習慣で『スキャン・ボディ』を使った光秀は、その魔法が正しく発動したことに驚いた。
脳裏に現在の光秀の身体情報が浮かび上がる。
「うわ、なんだこれ」
その、あまりに酷い有様に光秀は呻く。
まず全体的に能力が低下していた。確かに魔王を倒してからというもの、王宮で戦いとは無縁の生活をしていた。
だがそれでも異常といっていい力の低下具合。
原因は精霊王の加護が届いていないことによるものだった。
光秀は魔王を倒すために、世界に存在する七人の精霊の王と契約をした。
そのために人間離れした身体能力や加護を持っていたのだが、それが軒並み停止している。
正確には精霊王の加護自体は光秀の体の中に以前のまま存在している。だが肝心のその力の源である精霊王の存在が感じられない。
もしや、ここは精霊の加護の届かない地なのではないだろうか。
光秀は先程、風の精霊魔法を発動させようとして失敗したのを思い出す。
周囲に精霊が存在しないのであれば、その精霊の力を借りる精霊魔法が失敗するのは当然。
「……」
光秀は冷や汗を流す。
それ以外の体の状態は健康そのものである。
心臓の鼓動は完全に停止し、体温は室温と一緒。当然ながら脈はないし……ああ、幸いにも胃や腸は今までと変わりなく動いてくれているようだ。今食べたサンドイッチが元気に消化されている。
って、おい!
思わず現実逃避してしまった光秀だったが、当然ながら彼はゾンビでもアンデットでもない。
少なくともここに召喚される前はれっきとした生きた人間だった。
これも召喚の副作用だろうか。
どう見ても死んでいるとしか見えない体。
ここに至って、光秀は自分がただ元の世界の別の場所に転移しただけだという認識を揺さぶられた。
「くっ、体が動かない」
「これは一体、どういうことじゃ」
そこで光秀の思案は中断する。
なにしろ彼がほん少し自分の状態に意識を向けている間に、楓と徳爺がピンチになっていたからだ。
どうやら体が突然動かなくなったらしい。
驚愕の表情で自分達に敵対する男達を見ている。
「甘い、甘いですよ。本家の皆さんの使ってる霊符や霊具は、我が家で作ったものですよ。それを緊縛の術式が刻まれていることにも気付かずに……」
男達のリーダーがそう言う。
どうやら楓達が額につけている翻訳の札に、体の動きを束縛する魔法がかかっていたらしい。
ああ、本当に罠だったのか。自分でつけなくて良かった。
しかし、そうなるとこの翻意は突発的なものではなく、最初から計画されていたものである可能性が高い。
自分の判断の正しさにほっと息を吐きながら、光秀はゆっくりと立ち上がった。
自分の体に異常が起こっている以上、優先すべきはそれを解明解決すること。
彼等にお家騒動ではしゃがせている気はない。