どうやらここは辺境の国
「あれ、日本知らないの? 日本だよニッポン!」
少女がさも知っていて当然という風に国の名前を連呼する。
だがそう言われても光秀に心当たりなどはない。
この態度からすると、その《日本》とやらは大きな国であるらしい。他国の人間でも名前ぐらいは聞いたことがあるぐらいに。
だとすると光秀がいた国からは、かなり遠く離れた場所に召喚されてしまった可能性がある。
そうなると、彼らが光秀を元の場所に戻すと言ってくれても、そう簡単には行かない可能性が高い。
帰還に暗雲が再び立ち込め始め、光秀は渋い顔をした。
だが頭を切り替える。悩んでいても始まらない。
「俺は光秀。君は?」
しばらくは目の前の彼らの世話になるのは確実なのだ。まずは自己紹介をする。
「ミツヒデ?」
だが何が不思議なのか少女はきょとんとする。
「日本人みたいな名前ね。金髪だし、どう見ても外国人に見えるけど……。
本当に日本を知らないの? ご両親のどちらかが日本人ってことはない?」
「そんなこと言われても、光秀なんて俺の国じゃありふれた名前だぞ」
「そ、そうなのか?」
確認するように隣に立つ老人を見やる少女。老人は肩を竦めるだけだ。
嘘を吐いてるわけでもないのに疑われるのは微妙に腹が立つ。
「こっちが名乗ったんだから、そちらの名前も教えてほしいな」
「私は長瀬楓よ。こっちが私のお目付け役の徳爺。後ろにいる四人が……」
「あ~、野郎の紹介はいらない」
老人に続いて、背後に控える男達を紹介しようとするのを遮る。
どう見てもモブっぽいしな。名前を覚えても記憶容量の無駄だ。
「そう? それで今は私の成人の儀で、契約する守護霊を召喚しようとしてたんだけど、なんか失敗したみたいで貴方が現れちゃって……」
「お嬢様! だからペラペラと一般人に霊能力について話してはいけませんと何度も!」
徳爺が楓を注意する。
どうでもいいがアンタも『霊能力』とか言っちゃってるぞ、おい。
だが何となく分かった。
「え~と、つまりあんた達は俺の国でいう魔法使いなんだな?
だけど魔法なんてありふれてるものを一般人に話しちゃいけないってどういうことだ」
もしかして、この国では魔法は珍しいのだろうか。
そんな国など聞いたこともない。魔法は少し練習すれば誰でも習得できる技術だ。
もちろん高等魔法になれば扱える人間は少なくなるが、魔法の存在そのものはどこにでもあるもののはず。
やはり住んでいた場所からかなり遠く離れた場所なのは間違いない。
「だけど人間を召喚するなんて大魔術だろ。ダンジョンとかにたまにワープの魔法陣があったりするけど、ウチの国でもまだ人間の手で再現できちゃいないぞ?」
生物を召喚するなんて遥か昔に存在したという魔法王国ならともかく、現代ではそれを扱える人間など存在しない。
もしかすると足元にある見慣れない魔法陣は、その古代王国の遺産か何かなのだろうか。
だとすると国宝級の代物だ。
となると、目の前の楓という少女はこの国の王女なのかもしれない。
隣にいる徳爺も『お嬢様』と呼んでいたし、その可能性は高い。
だとすると下手な行動をすると外交問題になりかねない。
よく分からない状況で正体を明かすつもりはなかったが、そうも言ってられない状況だ。
光秀は咳をして喉を整えると、できる限り威厳の篭もった声音で自らを名乗り直した。
「楓殿、改めて自己紹介しよう。
我は大統一帝国シュヴァート皇帝、光秀・明智・シュヴァートだ。
魔王ノブナガを打ち倒し、人によっては勇者、英雄王と呼ぶ者もいる」
それはこの世界に住む者ならば誰もが知っている名前。
世界を絶望の渦に叩き込んだ魔王ノブナガ、激しい激闘の末にその魔王を滅ぼしたのは五年前。
旅の仲間であった魔法使いにして亡国の姫と結婚し、王に即位。
周辺諸国を次々と併合し、国名を王国から大統一帝国へ変えることを宣言したのは昨日の戦勝五周年の宴の席でのことだった。
いくら辺境の国だといっても、全世界、それこそ神界にまで猛威を振るった魔王のことは知っているだろう。
そして、それを倒した勇者のことも。
だが目の前の連中の反応は芳しくなかった。
何か可哀想なものを見るような目でこちらへと向けている。
半眼となった楓がそんな彼らの心境を代表して口にする。
「え、なんなの妄想? 電波なの?」
……なんでそうなる。