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(2・5)

 初めにその硬直状態を抜け出したのは、校門前に待ちかまえていた生徒たちだった。数人の生徒たちが各団体から飛び出し、みのり、ツカサ、ノコを取り囲む。

「野永お姉さま。春季書道コンクールの出展作品の件でご相談がっ!」

「なぁ、ツカサ。ちょっと悪いんだけど、サッカー部の朝練の助っ人に来てくんねぇ? ツカサ、俺たちよりも上手いじゃんか」

「ノコちゃーん、おいでおいで~。ノコちゃんの大好きな、宝香和菓子屋の黄金どら焼きだよ~」

 あれよあれよと言う間に、三人が生徒たちによって玄関の方へと誘導されていく。

 このどさくさに……、と静樹もこっそりと逃げ出そうとしたが、目の前に抜群の質量を誇る相撲部のみなさんがご丁寧にもマワシ姿で現れたので断念。三つの帽子が生徒玄関へと消えて行く。

「え~……っと。それでこれはこの学校伝統の転校生に対する挨拶でしょうか?」

 『今日から君も転校生』の25ページ。挨拶編の第3項に従い、静樹はなるべく謙虚に訊ねてみる。

果たして、その成果は……

「「「奴を捕まえろ―っ!」」」

 生徒たちの怒号となって返ってきた。

「なんでだよっ!」

 爽快な春の青空に静樹の叫び声が木霊する。生徒たちの足は止まらない。本気の本気で捕まえに来ている。というか、目! 目が恐ぇーよ! 完全に殺りに来てますよ? なんで捕まえるのに野球のバッドやら、パイプいすがいるんだよ?

 いや、そんなことより!

「校則で暴力行為は禁止だろ!」

 昨日の黄色タイツ軍団のように力で抑止するわけにもいかない以上、静樹が取れる行動は一つしかない。

 ズバリっ!

「三十六計逃げずにしかず、だ!」

 静樹は全力でその場から逃走した。

「逃がすなーっ! 追えーっ!」

 静樹の後を追い、集団が一斉に方向を変える。ただし全員ではなく、半数は別方向に散開した。回り込んで静樹を挟みうちにする気だろう。

 けれど、散開組が回り込む時間よりも、静樹が追いつかれる可能性の方がよっぽど高かった。長距離はそこそこ走れる静樹だが、短距離走はからっきしだ。過去の体育祭でも、最後から二番目以上になった記憶……、つまりは最下位以外になった記憶は皆無だった。

 生徒たちの先頭者はすぐに静樹の背中に迫った。

 ダメだ、追いつかれるっ!

 悟った瞬間、静樹はすぐさま暗記した八斗学校の校則を思い出した。そして、今から自分が取ろうとしている行動が、校則に無いことを確認するや否や。

 静樹は学校の壁に跳び付いた。

「なっ!」

 生徒たちの驚きの声を下方に残し、静樹はまるで軽業師のような身のこなしで窓の縁を足場に校舎の壁をよじ登る。あっという間に生徒たちの視界から静樹は消えてしまった。

「くっはぁ、はぁはぁ」

 壁を登り切った静樹が、腰をコンクリートに落としながら荒い息を吐く。

「まさか、この校舎の壁をよじ登ってくるなんて。どうしたらそんなことが出来るんだい?」

「はぁはぁ、こんなもん……大したことねぇよ。前に木に上って降りられなくなったネコを助けたことがあって、それ以来、同じことがあったらもっと早く助けられるようにって、体を鍛えていたってだけ。当然の結果だ」

「当然の結果、ねぇ」

「そう、当然のけ……て、誰だっ!?」

 自分が誰かと会話していることにようやく気が付き、静樹が体を跳ね上げる。

 屋上の縁に腰掛けながらパソコンを開いたその男子生徒は、心底呆れたような表情で眼鏡の奥の細い双眸を静樹へと流していた。身体の線は細く、いかにもインテリっといった感じだ。

 男子生徒はしばし静樹を見続けると、疲れたように溜息を漏らしながら指先で眼鏡を押し上げた。

「僕も『八斗学園の守銭奴』とか、『情報と金の亡者』とか、いろいろ言われているけど、さすがに完全に忘れられるのはショックなものだね。静樹」

「え……?」

 男子生徒の言葉に、静樹が警戒を忘れ押し黙る。なるほど、改めて見ると確かに見覚えのある……かも?

 次の言葉を発しない静樹に、男子生徒が――カチャカチャカチャ――とノートパソコンのキーボードを叩く。

「静樹、僕の名前は? 静樹っ!」

「あ、その……。浦島桃太郎?」

「それは一体どこのお伽噺の主人公だ?」

 やれやれとばかりに首を横に振った男子生徒は、――パタン――とノートパソコンを閉め、自分の名前を口にした。

「戸口京介という名前に、聞き覚えはないか」

 戸口? はて、どっかで聞いたような……

 昨日の黄色タイツ軍団が口走った名前だが、静樹は完全に忘れていた。名前の覚え悪さここに極めり、である。その代わりもっと古い記憶の淵にその名前の片鱗が垣間見れた。

 いや、まてよ。戸口、京介。とぐち……きょうや。とぐ……きょう……。

「トグキョンっ!?」

「やっと思い出したか。静樹。ああ、それと。その呼び名は恥ずかしいから止めてくれ。普通に京介でたの……」

「トグキョンっ。トグキョンじゃないか! うわー、ひっさしぶりだなーっ!」

「だから、京介って呼べって……。まぁ、静樹が思い出しただけでも奇跡的、か」

 疲れたような表情で京介が顔を手で覆う。

 一方、静樹は興奮しっぱなしだった。子供の頃の幼馴染、それも男子の中では親友と呼べる友人と再会したのだ。これが、興奮せずにいられるか。

 静樹は京介の顔から手を引っぺがすと、その手を熱く握った。

「ほんっっっと、懐かしいなぁ。9年ぶりかぁ」

「今の今まで忘れていた奴がよく言うよ」

「そう言うなって。トグし……京介も俺が人の顔と名前を覚えられないのは良く知ってるだろ」

「ああ、それはもう病的に覚えられないから……ねっ」

 静樹の手を振り払い、京介が再び眼鏡の位置を整える。声色は極めて事務的で冷たかったが、眼鏡に添えた手の下では、口元に小さな笑みが浮かんでいた。

「それで、京介はこんなところで何してんだ?」

「ちょっと依頼を受けてね?」

「依頼?」

「そ、依頼」

 素っ気ない口調で、京介が屋上の反対側を指差す。静樹の勘が確かなら、そこは校門の方向。

「あ、もしかして。垂れ幕か!」

「ピンポン」

 なるほど。いやにいいタイミングで垂れ幕が落ちたと思ったら、みのりが静樹に頼んでいたのか。

 それにしても、ここで旧友に会えたことは静樹にとって大きい。

「なぁ、京介。知ってたら教えてくれ。なんで、転校早々俺は追いかけられるハメになってるんだ?」

 静樹が頭を掻きながら訊ねる。京介は一瞬渋るような表情を見せたが、ふと考えるように口に手を当てると静樹に聞こえないように「まぁ、慰労金代わりか」と小さく口にして答えた。

「それは君が、八斗高校の三大アイドル『雷道乃子』『野々市ツカサ』『野永みのり』の想い人だからだろうね」

「八斗高校三大アイドル?」

「そう。今やこの高校は、『サンダ―ロード親衛隊』と『雷道乃子を愛でる会』をツートップとする雷道乃子ファンクラブ、『野々市ツカサと一緒に青春の汗を流す会』を筆頭とする野々市ツカサファンクラブ、『ああ、私のお姉様』を主力とする野永みのりファンクラブ、そしてその他の中小ファンクラブが乱立する、ファンクラブ戦国時代だからね」

「ファンクラブ戦国時代?」

「そ。そして君は、その神格化されたアイドルたちを奪い取ったわけだ。そりゃ、彼らからしたら死んで欲しい存在だろうね」

 聞いていて本当に目眩がしてきた。ある意味、なんて平和な学園だろうか。というか、ファンクラブなんて本当に存在するんだな。静樹の中ではファンクラブなんて、完全に二次元の世界の話しだと思っていた。まさか、現実に存在しようとは……。

「それで、君の本命は誰なんだい?」

「なんでそれを聞くのにパソコンを開く必要があるんだ?」

「そんなの決っている。いい金になりそうな情報だと判断したまでだ」

 まるで悪びれもなく、むしろ「当り前なことを訊くな」とばかりに京介がキーボードに手を乗せる。ちなみに、京介が言う金とは、冗談ではなく本当に金、『マネー』のことだ。昔から、京介は本当に金を集めることに情熱を燃やしていた。その手腕、心意気には、静樹も少なからず感動した覚えがある。

 いや……ちょっと待て?

 情報? 金になる? そう言えば、昨日の変態たちもなんかそんなこと……。

 ようやく昨日の一件で「戸口」の名前が出ていたことを思い出した静樹が、「ああっ!」と大きな声を張り上げた。

「もしかして。俺が帰ってくるって言いふらしたの、京介なのか?」

 そうだ。考えてみればおかしな話だ。静樹は帰郷することを源じぃと綾ばぁにしか話していなかった。それにしては、ノコやツカサやみのり、それに昨日の黄色タイツ軍団や、さっきの待ち伏せの都合がよ過ぎる。

 静樹の質問に、京介は「失敬だな」と言わんばかりに眉を顰めた。

「言いふらすわけがないだろう」

「う……」

 京介の即答に、罪悪感が静樹の胸に広がった。

 そうだ、どうかしているのは自分の方だ。数年ぶりに再会した幼馴染を裏切るなんて……

「ちゃんと買い取ってもらったに決ってるだろ」

「むしろ金を出させて売ったのかよ!」

 前言撤回。やっぱり京介はこういう奴だ。

 今度は静樹が疲れたように肩を落とす。まさか、数年来の幼馴染に裏切られようとは。ああ、目頭が熱い。

 力なく静樹が項垂れると、友達の情報すら金に変える守銭奴、京介が「それで、どうなんだい?」と話しを切りだした。

「どうなんだい、って。ああ、三人のことか」

 投げかけられた質問に、静樹は髪を掻きながら困った顔を浮かべる。昨日から、その問題に関しては一向に進展していない。つまり、誰が「のっち」なのか、静樹はまったく思い出せないでいたのだ。

 そこまで考えて、静樹はあることに気が付いた。

 そうだ、目の前にいるじゃないか。自分の過去を知る幼馴染が。

「……なあ、京介。そのことなんだけどよ……」

 静樹は一瞬躊躇したが、京介に事の次第を話すことにした。自分が引っ越しの時に、帽子を被った「のっち」という一人の女の子と約束したこと。帰って来てみたら、ノコ、ツカサ、みのりの三人が、自分が「のっち」であると名乗り出たこと。それと、これは関係するか分からないが、ノコを背負っている時に「昔、ノコが足を怪我したときにおぶったことがあったな」と言ったら、なぜか猟銃で撃たれたことも全部。

 所々でキーボードを打ち、メモを取りながら京介が静樹の話しに耳を傾ける。

「まず、一言だけ感想だけ言わせてもらおう」

「ん、ああ?」

 話しが終わると、京介はパソコンを閉じ、静樹に視線を映してこう言った。

「君、最低だな」

「ぐほっ!」

 京介の一言は、ある意味ノコの猟銃よりも鋭い狂気となって静樹の腹に突き刺さった。いっぱつKO。静樹が屋上に這いつくばる。いや、まあ。そう言われるのも仕方ないだろう。約束した相手を完全に忘れてしまったのは、完全に静樹の落ち度なのだから。

 這いつくばる静樹を見下ろしながら、京介は――ぱたん――とパソコンを閉じると、重い重い溜息を吐きながら言った。

「先に言っておく。僕はその場にはいなかった。だから、静樹が誰と約束したかは知らない」

「そう、だよな」

「ただ……」

「ただ?」

「今の話しでだいたいの見当はついた」

「ホントかっ!?」

 這いつくばっていた静樹が飛び跳ねる。

「ああ。今の話と静樹の性格・悪癖を考えれば代替わかるさ」

「悪癖って、人を遊び人みたいに言うなよ」

「はぁ? 君は何を言っているんだ?」

 京介が怪訝な顔をすると、頭痛でもするように頭を押さえた。

「で、いったい誰なんだ? 俺が約束した子って言うのは? 分かったのなら教えてくれよ」

 堪りかねて、静樹が京介の肩に手を乗せる。

 京介は何やら指折り何かを数えると、三本指を立てた手を静樹に突き出した。

「な、なんだよ」

「三万」

「……は?」

「情報料三万円だ。ほら、とっとと」

「んな!」

 京介の提示した金額に、静樹は眼を丸くした。

「払えるかそんなもん。それに、今聞いたのは俺の情報だろっ!」

「じゃあ、情報を基にして考えた僕の意見料としてくれてもいい。まぁ、払えないんなら聞かないことだね」

「ちょっと待てよ。友達から金取るのか?」

「残念。僕は千円で知り合い、五千円で友人、一万円で親友になれる男だけど、静樹との有効期限はとっくに切れてるよ」

「友情に有効期限なんか作んなっ!」

「まぁ、静樹は特別に幼馴染ってことで三割引きにしてあげるよ。どうだい? 買う?」

「三割引きでも二万一千円だろうが。高けぇよっ!」

「じゃあ、諦めることだね。さて、そろそろ時間だ」

 屋上の縁から京介が腰を上げると、待ちかまえたかのように呼び鈴が鳴った。

「ほら、このままだと遅刻するよ」

「うわっ! それだけはダメだ」

「あいっかわらず、どこまで真面目なんだよ。君は」

 苦笑を漏らしながら歩き出す京介の後を、静樹がカバンから取り出した内履きに履き替え追いかける。

 京介の隣に追いついた静樹は、「あれ?」と急に小首を傾げ、隣を歩く京介に質問した。

「なぁ、京介。幼馴染に有効期限はないのか?」

「本当に馬鹿だな、君は」

 静樹の質問に、京介はどこか懐かしい笑みを浮かべながら答えた。

「逆に教えてほしいよ。どうやったらこんなバカと幼馴染じゃんなくなるのかを、ね」

 皮肉を込めたちょっと憎たらしい笑み。

 ただ、それはこの町で初めて静樹が本当に知っている笑みだった。


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