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(4)

 足早にまずツカサを実家の酒屋に送り届け、次はみのりをまるで武家屋敷のような日本家屋に送る。最後にノコを――二、三度嘘の道を教えられて遠回りしながら――送り届けると、日は完全に落ちていた。ノコの家は山手の方にあったので、田園を照らす灯りはポツポツと立つ民家と、申し訳程度に造られた外灯のみ。

 先ほどまでの騒がしさがなくなった分、どこか物寂しさが一気に静樹の身体を包み込んだ。

「ふぅ……」

 路上に捨てられていた空き缶をバス停の屑かごに捨て、そのままベンチに腰掛けた静樹が空を仰ぎながら大きく息を吐く。春先とは言え、夕方はまだまだ冷え込む。

 ベンチの冷たさを背中に感じながら、静樹はようやく落ち着いた心で一人考えた。

 疲れた。とにかく疲れた。それに分からないことだらけだ。

 現れた三人の女の子。みんな自分をのっちと言い、みんな帽子を被っている。

 いったい、自分が約束した子は誰なのか?

 約束していない二人は、なんで自分のことをのっちなんて名乗るのか。

 考えれば考えるほど分からなくなる。

「あ……」

 背もたれに寄りかかり空を仰いでいた静樹の口から、吐息のような声が漏れた。

 田舎の空に瞬く星は、小刻みに揺れるように淡い光を放ちながら、暗い夜空を彩っていた。都会の空じゃまず見られない。地上の光が強くては、この儚く瞬く光は届かない。無限の空に点々と孤独に光りながら、その光はどこまでも力強かった。

 子供の頃の微かに残った記憶に触れ、静樹の身体に纏わりついていた“何か”がするりと抜ける。

「まぁ。とりあえず帰るか」

 強張った肩をストンと落とし、静樹はベンチから立ち上がった。解れた糸を結び直すように、どこか懐かしい帰り道を歩き始める。木々が折り重なり月の光が届かない森の奥から、――ホォーホォー……――と梟の細い鳴き声が寂しくもどこか懐かしい気持ちを掘り起こす。

「まさか、山の上でおばけがオカリナ吹いてたりしねぇよな」

 くすっと、垢抜けた笑みが零れる。

 そのとき、背後から鋭い呼び声が静樹の背中を捕まえた。

「「待てっ!」」

「ん? おまっ!?」

 後ろを振り返った静樹は、おもわず自分の眼を疑った。

 何の冗談か……というか、どこに売っているのか。

 静樹を呼び止めたのは、全身を黄色のタイツで包み、顔は黄色の覆面で覆った、見るからに怪しい軍団だった。まず、恐い。とにかく怖い。おまわりさん、ここに大変な人たちがいます。これは完全に通報レベルだろう。よくもまぁ、こんな目立つ格好で職務質問されなかったものだ。

 あれか? 春先は変態が出没しやすくなると言うが、アレなのか?

「な、なんなんだ? お前らは?」

「よくぞ聞いてくれたのである。我らはサンダーロード親衛隊であるぞーっ!」

 ズザザザザーっと数人の全身黄色タイツの男たちが綺麗に整列し、二人一組で雷のジグザグのポーズを取る。ただ、号令を掛けていた男は、一人で雷のポーズを取っていた。

 背格好と、覆面から垣間見れる顔つきから、二人ひと組で組んでいる集団は学生だろう。

 まさかと思いつつ、静樹が唾を飲みながら一人で雷ポーズの男に訊ねる。

「なぁ、アンタ。何歳だ」

「御年五六歳である」

「じじいじゃんっ!」

 目眩がしてきた。

 なんなんだ、こいつらは?

 いや、ちょっとまて。サンダ―ロード? 雷の道……雷道。

「ノコに関係してるのか?」

「ふ、それを見破るとは。貴様、情報通りただものではないなであるな」

 お前らもなっ!

「情報? 情報ってなんのことだ? 誰かが俺のことお前たちに教えたのか?」

「な、なぜそれを!? まさか、貴様も戸口から我々の情報を買ったのであるか?」

「語るに落ちるって言葉知ってるか?」

 戸口……戸口……戸口……。はて? どこかで……

 珍しく、静樹には聞き覚えがある名前だった。

 まぁ、情報源はともかくとして、こんな訳のわからない集団に巻き込まれるのはいい迷惑だ。こっちまで変態扱いされてしまう。

 三人の約束の女の子の次は、全身黄色の変態軍団。早すぎる展開に、静樹はもはや疲れしか出てこない。吐き出す溜息は、もはや呆れ気味だった。

「とにかく、俺はお前らに呼び止められる覚えはない。もう、帰らせてもらうぞ」

「待つのである変態っ!」

「全身黄色タイツが何を言うっ!」

 しまった、反射的に振り返ってしまった。

 相手をしてしまったからには仕方がない。静樹は心底疲れた溜息を漏らしながら、黄色タイツの集団に問いかけた。

「んで、その親衛隊が、俺に何の用なんだ?」

「知れたこと。我らが八斗高校の愛玩少女、雷道乃子にエッチぃことをする不逞な輩を成敗しに来たのである」

「え、えっちぃ? だぁほ! 誰がするか、そんなこと」

「ふふ、動揺したな。それが何よりの証拠であるぞ!」

「今のこの状況をありのままに受け入れられる人間が、この宇宙上に存在するのかよ?」

 ダメだ。これ以上は相手をしていられない。静樹は逃げる体勢を整える。――ズサッ――と、あぜ道の砂が擦れる音が背後でした。しまった、と思った時にはすでに遅い。

「マジかよ……」

 気が付くと、静樹は黄色タイツの集団に完全に挟まれていた。うぉ……悪寒が。

「俺をどうするつもりだ」

「安心するのである。誰も命を取ろうなんて言わん。人として、男として、二度と立ち直れないようになってもらうだけである。さぁ、者ども。ヤツをひっ捕えろ―」

「「おおーっ!」」

 黄色タイツじじぃの号令を受け、黄色タイツ集団が静樹に疾走してきた。

「うわ、気色悪っ!」

 静樹が心底嫌そうな表情を浮かべる。何、このラブロマンスの後のバイオレンス?

「たく。怪我だけはすんなよ」

 怒涛の展開に静樹は身震いしながら、掌を軽く開いて構えると変態たちを迎え撃った。

「このー。雷道にベタベタ触られやがってー。羨ましいぞー、チクショー」

 ジェラシーの炎を高ぶらせたひょろ長い男が、静樹に掴みにかかる。しかし、彼の手が静樹の服に届く前に、静樹は彼の袖を掴んでいた。袖を取った静樹は、そのまま相手の身体を引き、突進の威力をそのまま投げへと利用する。自身の力をほとんど使うこと無く、静樹は初めの男を投げ飛ばした。全身黄色タイツの男が宙を舞う。

「俺だって、エッチぃ事したいんだーっ」

 二人目の男は、全身タイツからも分かるほど筋骨隆々としていた。掴みかかる腕も太く、手のひらもでかい。

 しかも、背後からは別の男が静樹の背中を狙っている。

「ノコを背負ったのはこの背中か―っ。この服、貰ったーっ!」

「だれが、やれるかっ!」

 完全に挟み撃ちにされた静樹は、身体を反転しながら背後へ飛び退いた。いきなり迫ってきた静樹の背中に、手を突き出していた男がギョッとする。静樹は反転した背中で男の突き手を滑らせて躱すと、さらに身体をもう反転させ、男の後ろに回り込む。

 静樹はそのまま男の背中を押しだした。マッチョ男の方へ。

「な、こら。来るな――っ」

「うぎゃー。止めろ―っ」

 ――ぶちゅぅうっ――

「哀れな……」

 静樹は同情の念を込めて、眼を回した男を突き崩した。

 四人目の男はサッカーかバスケか、とにかくフットワークを駆使して静樹へと迫ってきた。右へ左へと小刻みに体を揺らし、静樹を翻弄する。一瞬の停滞を見逃さず静樹は腕を突き出したが、それはフェイントだった。逆に、静樹の腕が掴まれる。

「おっしゃ、やったぜ。捕まえた」

「まだまだ」

 歓喜に吠えるスポーツマンに、静樹は掴まれた腕を引くどころか、男の方へと突き出した。突き出された腕に男が仰け反り、倒れまいと辛うじて踏ん張る。しかし、その踏ん張りが仇だ。静樹はすぐさま力のベクトルを反転させ、腕を自分の方へと引きつける。最初に投げ飛ばされた男よろしく自分の力を完全に制圧された男は、顔面から地面へと突っ込んだ。

 立て続けにやられる隊員たちに、黄色タイツ軍団がざわめき立つ。

「なんだ、コイツは」

「おまえ、まさか梁山泊のマスタークラス(達人級)か」

「誰がスポーツ化した武道に馴染めない達人だよ」

 呆れたように呟いた静樹は、男たちに向けてビシッと親指を立てた。

「静樹流男らしくなるためのその八。自分の身は自分で守れるようになるべし。誰かを守ろうとするなら、まず自分の身くらい最低限守れないでどうする。男として、当り前のことだろう」

 胸を張って宣言する静樹に、黄色タイツ達が戦く。今や、数の優位があろうとも、完全に静樹の気迫に飲み込まれていた。

「下がるのである、小童ども。こ奴、その気になればかめ○め波まで撃ちよるぞ」

「んなもん撃てるか!」

「よかろう。静樹、このワシが相手をしてやるのである」

 手下たちを下がらせ、いよいよ親玉のタイツじじぃが現れた。その手には、一本の細い棒が握られている。

「杖術か」

「ふ。かの宮本武蔵の二刀流を打ち破った夢想権之助が祖、神道夢想流杖術の力を特と見よ」

 足を大きく開き、重心を落とし、タイツじじぃが杖を構える。

「ゆくぞっ! キェェェェ――――ッ」

 奇声を上げながら、黄色タイツの杖が闇を突く。いや、ちょっと!

「はやっ!?」

 予想を遥かに超えた突き速さに、静樹はなりふり構わず飛び退いた。回転を加えた杖に絡まる大気が、螺旋の渦となって弾け飛ぶ。道端の草が、杖を中心に発生した乱気流に吹き飛んだ。

真芯で喰らえば、腹に風穴が空いている。

「漫画みたいな威力だな、おい」

 静樹の背筋を冷たい汗が滴る。ふざけた恰好をしているが、完全に実力は静樹より上だ。

「やるであるな。では、これならどうだ?」

 杖を引き戻したタイツじじぃが、突きの連打を繰り出した。まるで突きの洪水だ。しかも、回転が加えられた一撃の威力は先ほど見たとおり。

 いやちょっと。なんで日本の片田舎でこんな目に?

 静樹は攻めも防御も捨て回避に回るしかない。脇を杖が通り過ぎるたびに、凄まじい風圧の渦が静樹を飲み込もうとする。

「まだまだ、キュエェェェェ―」

 サルの威嚇のような気合いが田園に木霊する。じじぃタイツは突き出した杖を引き戻すと、横手から大きく杖を薙ぎ払った。遠心力を伴い加速した杖の先端が静樹の足を刈る。

「うぉおっ。危ねっ」

 寸前で大きく飛び跳ねる静樹。その瞬間、タイツじじぃの目が光った。手首を返し突き出された杖の柄が、空中に飛び上がった静樹のみぞおちを襲う。

「こんのっ!」

 膝を跳ね上げ、静樹が杖の柄を蹴り上げる。その反動を利用し、静樹はタイツじじぃから大きく飛び退いた。

「クソっ。制空圏が違いすぎるな」

 実力が上の相手にじり貧になれば勝ち目はない。とは言え、攻めるタイミングを間違えば、あの杖の一撃が喰らいつく。

「ふむ、なかなかやりよるな。か○はめ波を出される前に仕留めるである」

「だから、撃たねえって」

 ちらりと腕時計を確認。時刻は6時50分。晩御飯の時間は7時遅れるわけにはいかない。

勝機は一瞬。

「では、二ラウンド。開始である」

 再びタイツじじぃの杖が闇を突く。静樹はこの一瞬に賭けた。

 ギリギリまで引きつけ、最小最低限の動きで杖の一撃を躱す。闇をかき混ぜる杖。

 静樹は次撃のために引きこむ杖を逃さなかった。突き出した手が杖を逃すまいと握り込む。

「こんのっ!」

「ぐぅっ!」

 唸るタイツじじぃ。

よっしゃ、ここだ! とばかりに、静樹が足を蹴りあげる。男を一撃で黙らせるなら、狙いは一つだ。

「甘いであるぞ」

「んなぁ!」

 タイツじじぃ無理やり回転させた杖に、静樹の手のひらの皮が捻じ回される。堪らず手を放す静樹。

「ふぉっふぉっふぉ、甘いわ甘いわ」

 高笑いを上げながら、大きく飛び退くタイツじじぃ。

 時に、田舎のあぜ道では注意しなくてはならないものがある。石、ミゾ、カエル。そして、

「んのっ!?」

 畑の肥料になる、牛糞だ。

「牛(糞)踏んだ―っ!?」

 足を牛糞に取られたタイツじじぃが、くだらないギャグを叫びながらずっこける。その拍子に、手に持っていた杖が空高く舞い上がった。

「「「あっ……」」」

 静樹と雑兵タイツ軍団の声が重なる。

「ん? ふんぎゃっ!」

 闇の空高く舞い上がった杖は、まるで計ったかのようにタイツじじぃの額に落っこちた。悲鳴と同時に足が跳ね上がり、そのまま沈黙。いや、……生きてるか?

「た、隊長~~~~っ! 野郎ども、引きあげだ―っ」

 トップがやられ、サンダーロード親衛隊がやられた仲間を回収しその場から撤退する。

 ひゅ~、ひゅるるるる~

 一陣の夜風が吹き、熱闘の熱を冷ましていく。

「いや……。ほんとなんなんだよ」

 肩を落とす静樹。まさか、引っ越し一日目にこんな訳のわからない戦いに巻き込まれようとは。

「帰ろう」

 すごすごと、まるで敗者のように静樹が帰路を辿る。

 しかし、油断は禁物。まだ、特大の試練が静樹を待っていた。

「参った。これは……どうすりゃいいんだ?」

 一日の最後の最後で残っていた試練。それは……

「うぉおおおおお。俺は、俺はーっ!」

 山積みになった未開封の段ボール……ではなく、

「この布団で寝てもいいのか―っ? 寝られるのか―っ!?」

 みのりが潜り込んでいた空の布団だった。


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