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(3)

 西に降りる夕陽が、町全体を黄昏色に染め上げる。春休みの最後の日が沈み、明日からは新学期。とは言え、高校生が帰るにはまだまだ早い、そんな時間。

 静樹は腕時計で時間を確認すると、次はどこへ行くと議論し始めた三人の帽子娘たちに焦り気味に声を掛けた。

「うわっ。もうこんな時間かよ。そろそろ帰るぞ」

「うえぇっ。静樹、何言ってんのさ。まだ六時だよ」

「『まだ』六時、じゃねぇだろ。『もう』六時だ。くそ、ぜんぜん気が付かなかった」

 髪を掻き乱す静樹に、指先で野球帽をくるくると回すツカサが「え~」と頬を膨らませる。ラフな格好で感情をそのまま表情に出すツカサは、さながら部活帰りの野球少年だ。ただ、胸にあるものが凶悪。横を歩かれると、目のやり場に困る。しかも、本人は無自覚なのだから悪魔的にタチが悪い。

「静樹。私も、もう少しくらいなら大丈夫だと思いますけど」

 麦わら帽子を被ったワンピース姿のみのりが、控えめに手を上げる。清楚な格好にどこか土臭さが香る麦わら帽子は何ともギャップがあるが、そのギャップが何ともいえず彼女の魅力を引き出していた。並みの男なら、息をすることを忘れ失神するレベルだ。

「ノコは、まだ行きたいところがある」

 みのりの隣で、ノコが――シュビッ――と勢いよく手を上げた。あれだ、小学校で先生が「答えわかった人―」って言った時に、元気よく手を上げる、そんな感じ。ノコは身体が小さいので、余計にそう見えてしまう。手を上げた瞬間、街中ではひどく目立つタヌキ帽子の尻尾が大きく揺れた。こちらは免疫のないものが見たら痙攣するレベルの可愛さだ。

 レフト(ツカサ)、センター(みのり)、ライト(ノコ)と三者三様のおねだり。鉄壁の布陣。まったくもって隙がない。普通なら「じゃあ、あと五0件くらい行っちゃうか」と両手放しで喜んでは、心の中で「プーン、プププーン。ププパーン。ジャジャジャジャン」とファンファーレが大合奏するところだろう。

 静樹にもそんな欲求がないわけではない。だが、静樹にはそれ以上に守るべき己の道があった。

 静樹が大きく首を横に振り、強固な意志を立てる。

「ダメだ。男として、女の子をそんな遅くまで連れ回せない!」

「ふぇ~、ほんと頭固いね。静樹って」

「悪い……かよ」

 感心するツカサとは対照的に、静樹はどこか浮かない顔をして声を沈ませた。

 静樹も知っていた。自分の考えが硬いことくらい。静樹が女の子と付き会ったことがない理由の一端も、この頭の固さにあることも。六時になれば帰宅しようと言う静樹は、同世代には煙たがられる。

 結局、同じだ。やっぱり、自分は女の子と付き合うなんて……

「そっか。んじゃ、帰ろうか」

「そうですね」

「(こくり)」

 静樹の懸念をよそに、三人は実にあっさりと頷いた。

「え、本当にいいのか?」

「まぁ、遊び足りないって言ったら遊び足りないけど」

 ツカサは少し不満そうに口を尖らせながら首の後ろで両手を組むと、納得したように首肯するノコとみのりに視線を流して、照れくさそうに笑った。

「そういう、どこまでも堅苦しくて真面目なところ、昔と変わってないんだもんね」

 二人の言葉を代弁したツカサが、さすがに少し恥ずかしそうに野球帽をかぶり直す。恥ずかしいのはこっちだ。静樹は思わず叫びそうになった。

 ツカサは顔を夕陽に向ってそむけると、黄昏の色を顔に移しながら口早に言った。

「んじゃ、もちろん送ってってくれるんだよね。男を語る静樹なら」

「もちろんそのつもりだ。で、誰の家が一番近いんだ?」

「みのりは抜け駆けした。一番最初に送る」

「ちょっと、ノコ。アレは違います。偶然……」

「みのりの偶然は、勝手に男の部屋に上がり込んで布団の中に潜り込むんだ。へ~、大胆になったな~。この前15Rの本貸してあげた時は、表紙でギブアップだったくせに」

「ツカサっ!」

 暴露爆弾を落とされたみのりが悲鳴に似た声を上げる。周りの通行人の目が「なんだなんだ?」と四人に注目。男性からの視線が殺気に代わるまで、ものの10秒も掛からなかった。

 ヤバい。

 血に飢えた野獣、というよりは怒りに燃えた狂獣がメラメラと嫉妬の炎を焚きつける。夕焼けに染まる町の一角の温度が、嫉妬の炎により上昇。勘違いであればいいが、陽炎まで見え始めた。

「静樹。私は本当にやましい気持ちはこれっぽっちも……」

「無かったの?」

「無いのか?」

「いや……その…………ぅ、ちょっとだけ」

「ほらー、やっぱり抜け駆けじゃん」

「みのり、痴女」

「ち、痴女!? そ、それを言うならノコだって、一人で先に山に行っちゃったんでしょ。そっちの方が……」

「ノコは狩りに行っただけ。ちゃんと逃がさずに狩ってきた」

「じゃあ、ズルしてないあたしが最後だね」

「「そんなのずるいっ!」」

 三人の言い争いはさらにヒートアップ。それを見た男たちは、ここぞとばかりに火力がバーストアップ。お魚咥えたどら猫がその場に飛び込むと、加えていた魚が一瞬にして焼き魚になった。ネコを追い掛けてきた特徴的な髪のご婦人が、こんがり焼き上がった魚を見て眼を丸くする。

 このままじゃ干物になるぞ。

 身の危険を感じた静樹は、決死の覚悟で白熱する三人の間に分け入った。

「一番近いのは誰の家なんだ? 近いところから回ろう」

「それならツカサの家ですね。あっちです」

「あっちか。よし、行くぞ」

 ツカサとみのりの手を取り、静樹が指差された方向へと走り出す。

 ちなみにノコはちゃっかりと静樹の背中に飛び乗っていた。


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