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(3)

「ノコ」

「なんだ?」

「先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ」

 静樹の言葉に、ノコの小さな肩がビクンと震える。口に付いたカステラのカスを袖で拭うと、ノコは唇を引き結びながら、タヌキの帽子を引き下げた。

 正直に言えば、静樹はそのことを語る必要はなかっただろう。でも、静樹は正直者だ。だから、全部言わないで、ノコを騙すような形で前には進みたくなかった。

 だから静樹は続ける。あくまでも正直に、それが当り前のように。

「やっぱり、みのりは可愛いと思う。正直、俺はみのりみたいな顔つき子がすごいタイプだ。ツカサもみのりに負けないくらい可愛いと思う。正直に言えばツカサみたいに溌剌とした性格が俺は好きだし、一緒にいたいと思う。でもな……」

 静樹がノコに歩み寄る。ノコは動かない。じっと、静樹を待つ。

 もう二人の距離は一歩もない。

 静樹は膝を折ってノコと高さを合わせると、その小さな身体を抱き寄せた。

「俺は、俺を俺らしくしてくれたノコが一番大切だ。ノコ、俺は男らしくなっていたか?」

「……ふん。及第点だ」

 早口で答えるノコに、静樹も恥ずかしそうに微笑む。

「じゃあ、ノ……のっち。俺と付き合ってくれるか?」

「言うのが遅いぞ。このバカっ!」

 どこまでもノコはノコらしく悪態をつくと、その小さな手を静樹の背中に回し、絶対に逃げないように捕まえた。――その時。

 ――パンッ、パパンッ。パンッ――と、二人の周りでクラッカーが鳴り響いた。

「あ~あ。ノコに先越されちゃったか―。まっ、今回のところは仕方ないね」

「悔しいですけどね」

「ツカサっ! みのりっ!」

 お菓子の影から現れた二人に、静樹が思わず泡を吹く。しかし、隠れていたのは二人だけじゃなかった。

「やれやれ、ようやくひと段落だね」

「ふがふががががふぁが、ふががふがふががががふぁが(認めないのである。断じて認めないのである)」

「京介。それと、校長、何やってんすか?」

 さらにお菓子の影から現れたのは、含み笑いで肩を竦める京介と、なぜかスマキに猿轡をされ芋虫状態の校長だった。

「えっと……これは、つまり」

「うん。ちゃんと聞いてたよ。ほら」

 可笑しくて堪らないとばかりにしきりに眼鏡を直す京介は、マイクの画面を映したスマートフォンを取り出すと、音声再生のボタンを押した。

『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』

『じゃあ、ノ……のっち。俺と付き合ってくれるか?』

「んが~~~~~~~~~~っ! 止めろ、こっぱずかしいっ!」

 顔を真っ赤にした静樹が、京介に怒鳴り散らす。

「まぁまぁ、そんなに怒るなって」

「怒るなわっ!」

「どうどう。静樹、僕なんかより、もっと向き合うべき相手がいるだろ」

「う……」

 京介の言葉に静樹は怒りを飲み込むと、様々な苦悩を滲ませながらも迷いのない表情で、みのりとツカサの方を向いた。

「みのり……、ツカサ……。俺が全面的に悪い。非難は全部受ける。でも、俺はノコと付き合いたいんだ」

「うん、わかった」

「しょうがないですね。いいですよ」

「え、そんなにあっさり?」

 一世一代の静樹の謝罪に対し、ツカサとみのりの返答は驚くほどあっけなかった。いや、覚悟があるとはいえ罵倒されるのも辛いが、ここまであっさりされては寂しさが込み上げてくる。

 静樹が困惑した表情を浮かべると、腕を首の後ろに回したツカサが、心底楽しげに白い歯を見せて言った。

「だって、今回はノコが一歩リードしたってだけでしょ」

「そうです。まだまだ、私たちにはチャンスが残ってますからね」

「一歩リード? チャンス? おいおい、何言ってんだ? 俺は……」

 思わず身を乗り出した静樹に、ツカサとみのりは二人でアイコンタクトを取ると、揃って静樹の額に人差し指を押し付けた。

「し・ず・き。あたしたちとした約束を今この場で復唱せよっ!」

「え、いや。いくらなんでもそれは恥ず……」

「早くしなさい、静樹。このまま爪をグリってしますよ」

 みのりが麦わら帽子のつばの下で双眸を暗く輝かせる。静樹は慌ててあの日の約束を繰り返した。

「のっちを俺のお嫁さんにする」

 今さらながら口にした約束に、静樹は恥ずかしくて顔が焼けそうになる。

 対して、ツカサとみのりは不敵に微笑んだ。

「静樹。お嫁さんてことは、今すぐノコと結婚するの?」

「そ、そんなわけないだろ。物事には順序が……」

「ですよね。つまり、静樹はノコと付き合うだけで、まだ約束には執行猶予。初恋になれなかったのは残念ですけど、最後の恋にするチャンスはまだまだありますよ」

「いやいやいやいやいや。俺はそんな軽い男じゃ」

「なんでさー。静樹、あたしやみのりのことも好きって言ったじゃん。京介、再生っ!」

「一回百円だけど?」

「それじゃあ、私とツカサ、五百円・五百円で合わせて千円払います」

「毎度あり~。では……」

『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』『先に、謝っとく。ごめん。俺、みのりとツカサが好きだ』

「やめろぉぉぉおおおおーっ!」

 静樹が涙目になりながら両手で耳を押さえ、現実逃避するために頭を振り払いまくる。

「一体、何の拷問だっ!」

「拷問も何も、愛の確認ですよ」

「重すぎるわっ!」

「まぁまぁ、静樹落ち着いてよ。とにかく。みのりも、もちろんあたしも静樹のこと諦めるつもりはないから。そのつもりで。ああ、ハーレムルートも、もちろん可だよ」

「そんな不純なこと、俺が出来ると思うのか?」

「それなら、しっかり誰か一人を選んでくださいね」

「だから、俺はノコを!」

「そんなの、『今は』だよ。ここからあたしたちが悩殺していけばいいんだから、さっ!」

 言うやいなや、ツカサが静樹の腕に抱きつき、その凶悪な胸に押し付けた。

「ば、ばか。なにすんだっ!」

「あはははは、慌ててる慌ててる」

「あ、ツカサズルイですよ。私だって」

「へへ~ん。みのりとノコじゃ足りないでしょーっだ」

 静樹を振り回しながら、ツカサが「あっかんべー」と舌を出す。

 その時、お菓子の甘い雰囲気とは無縁な――バスンッ――という鋭い発砲音が轟いた。

 さすがのツカサも驚き、慌てて静樹から腕を放す。その目線の先では、天井に向かって猟銃を構えたノコが、ふるふると震えながら静樹のことを睨んでいた。

「ノ、ノコ。何を」

「動くなっ!」

「はいいっ!」

 銃口を向けられ、静樹が返事をしながら兵隊さながらに背筋を伸ばす。猟銃を構えたまま、ノコが静かに近寄ってくる。タヌキの帽子の毛が逆立ち、ノコの大きな眼は悔しそうにしっとりの濡れていた。

「しゃがめっ!」

 静樹の目の前まで歩み寄ったノコが、静樹の胸に銃口を押しつけながら鋭い口調で命令する。もちろん静樹に拒否権はない。しゃがむにつれ銃口がせり上がり、喉に冷たい感触があたった時はもう生きた心地がしなかった。

 だからこそ、次に感じた感触が、静樹は一瞬何か分からなかった。

 

唇に重なる、どこか荒々しくそして初々しい感触。口に広がり鼻に抜ける甘み。怖がるように堅く閉じられた瞼。額をくすぐる柔らかなタヌキの毛。


始まりの唐突さとは裏腹に、惜しむようにゆっくりとノコが静樹の首に回していた腕を解く。

ノコは言葉を失った周りの面々を順番に睨みつけると、挑むように宣言した。

「静樹はノコのだ。誰にも渡さんっ!」

 あまりにもきっぱりと言い放ったノコ。ツカサとみのりはあまりの事態に呆けていたが、一拍を置くと、先にツカサが好戦的な笑みを浮かべながら宣言した。

「渡してくれなくてもいいよ。力ずくで奪い取るしねっ!」

「同じく。キ、キスぐらいで、いい気になっては困ります。わわわ、私はもっと凄いことしますからね」

 ツカサに続き、こちらは動揺を顕わにしたみのりが、それでも負けじと宣言する。

 火花を散らす三人の帽子っ子の三つ巴。

 そんな渦中ど真ん中に立たされた静樹は、あまりのノコの熱烈なアピールに目を回して気絶してしまったのだった。

「うん、まだまだ荒稼ぎが出来そうだね。まぁ、とりあえずはこの現状を下の奴らに売りに行くかな」

「ふがー。ふががががが。ふががががががが」

「ふがふが五月蠅いですよ。校長先生。はいはい、僕と一緒に下に降りましょうね」

 事の顛末を記録した京介が、芋虫状態の校長を転がしながら下で静樹たちの情報を今か今かと待つファンクラブの元へと降りて行く。

 こうして、静樹のとてつもなく騒がしい入学試験が終わり、解決したようで解決していない帽子っ娘との約束の延長戦が始まったのだった。


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