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(2)

 資料室から飛び出した静樹は、すぐさま黄色タイツの集団に追われていた。

「「「オルゥァアアアァアァァッ。ライトロード親衛隊の力を思い知れぇ―っ」」」

「逃すではないのである。今日さえ乗り切れば、ヤツを売り滅ぼせるのであるぞ」

「校長っ! 味方になったんじゃなかったの?」

 先陣を切って杖を振り回してくる大道寺校長に、静樹は冷や汗を流しながら廊下を駆け抜けていた。何人か先回りもされたが、今の静樹に迷いはない。

「止められるものなら、止めてみろっ!」

 引き止めようとする生徒を千切っては投げ、千切っては投げ、静樹が廊下を爆走する。家庭科部に連れられたと言うなら、目指すは実技塔。渡り廊下を渡れば、もう調理実習室はすぐそこだ。

「来たぞっ! 深山静樹だ!」

 だが、もちろんそこに敵も焦点を合わせてくる。渡り廊下はすでに、筋骨隆々とした部活組や、箒や書道筆で武装した女子たちがひしめいていた。

 くそ、仕方ない。押し通るかっ!?

 静樹が苦渋の表情で拳を固める。

 しかし、次の瞬間。人海の壁が、まるで海を割ったモーセのように二つに割れた。

「な、なんだ?」

「行け、深山静樹。この場は俺たち『ツカサと青春を謳歌し隊』と」

「私たち『みのりお姉さま近衛隊』が引き受ける」

「あれ、沢木先輩? なんでっ!?」

「う、五月蠅い。さっさと行け、バカモノっ!」

 顔を赤らめながら、沢木先輩が静樹に喝を飛ばす。

 しかし、静樹以上に驚いたのはノコのファンクラブの面々だった。

「みのりファンクラブに・ツカサファンクラブだと!? どうした、お前たち。俺たちを裏切るのか?」

「ふ、裏切るも何も。貴様らにも情報が回っただろう。深山静樹は、雷道乃子に告白すると決った」

「つまり、ここで深山を通せば。自動的にみのりお姉さまを、魔の手から逃すことが出来る」

「ちょ、ちょっとまて。なんで、その情報が……って。京介かっ!」

「御名答ーっ!」

 渡り廊下から見える、ちょうどさっきまで静樹がいた資料室の窓が開き、中から京介が顔を出す。

「ほらね、静樹。情報の力ってすごいだろ。操作一つで、敵を味方に出来ちゃうんだから」

「つまり仲間割れかよ」

「そんな嫌な顔しないでさ。ほら、さっさと行きな」

「「「そうだー、深山。さっさと行けぇ―っ!」」」

「「「させるかーッ!」」」

 京介の言葉が皮切りとなり、ツカサ・みのり連合軍対ノコファンクラブの面々が入り乱れて戦い合う。大道寺校長はもちろん先陣を切って生徒たちを迎え撃ったが、なんといって人海戦術は強い。あっという間に細い黄色タイツの姿は見えなくなった。

「さっさと行けと言っているだろ、深山っ!」

「あ、は、はいっ!」

 沢木先輩の叱咤を受け、静樹が再び走り出す。音を立てて開かれる調理室の扉。瞬間、静樹の顔面に、白くて丸いケーキの生地が飛来した。

「うぉっとっ!」

「ち、外したか」

 辛うじて避ける静樹に舌打ちが飛ぶ。改めて見渡すと、調理室ではエプロンに身を包んだ家庭科部の方々が、お菓子を手に湧き上がる闘志を放出して静樹を待ちかまえていた。

「喰らえっ! スイーツ千連発っ!」

「食べ物を粗末にするなよっ!」

 静樹の悪態もなんのその。背後でさらにお菓子を増量する女子たちの前面に並んだスイーツ男子が、静樹にお菓子をいっせいに投擲してきた。ケーキやクッキーはまだいいが、雪だるまのような大福餅はさすがに一撃で押しつぶされるぞ。

 迫りくるスイーツの雨あられ。静樹は近くにあったまな板を手に取ると、必死の形相で応戦した。

 顔面に飛来したショートケーキをまな板で弾き飛ばし、手裏剣のように水平に投げられたクッキーをまな板を盾に受け止める。ショートケーキのクリームに、クッキーの欠片で重くなったまな板を投げつけ、スイーツ男子の一人を黙らせる。頭上から押し寄せる、強大なプレッシャー。見上げると、特大の大福が静樹に向かって落ちてきた。

「のわっ!」

 ――ドスン――と重い音を立てて、大福が周りに付いていた粉を巻き上げる。

「あっぶねー……ん?」

 転がりながら大福を回避した静樹の眼に、何やら危ないモノが写る。それは、ノコが持っていたような猟銃。スイーツ男子には見えない無骨な男子が引き金を引くと、銃口から飴玉が信じられない速度で飛び出した。慌ててさらに転がる静樹の脇を飴玉の弾丸が掠め、壁にぶつかった途端――バンッ――と音を立ててはじけ飛ぶ。

 調理台の影に隠れた静樹へ、今度は頭上から茶色いチョコレートケーキの雨が降り注ぐ。静樹は咄嗟に調理台の戸棚を開けると、中からありったけのボウルを取り出して、降り注ぐチョコレートケーキを受け止めた。鼻から突き抜ける甘い香りが、緊迫した脳味噌を蕩けさせる。

 上半身が現れた静樹に再び向けられる銃口。しかも、今度の銃はタダモノじゃない。銃を構える目つきの鋭い女子の身体には、ポ○キーが束になって巻きつけられていた。そう、まるでコマンダーのように。

「ファイアーッ!」

 掛け声と共に、ポッ○ーがダース単位でガトリングから発射される。――ガガガガガガガガガッ――とポッキーを受け止めた調理台が物凄い音を立て始めた。まさかとは思うが、調理台を削り取る気か?

 まったくもって身動きが取れない静樹。その時、この騒々しい中で静樹のポケットに収まっていた携帯が震えだした。家庭科部を警戒しながら静樹が電話を取ると、着信画面には「京介」の文字。

 静樹はすぐに通話ボタンを押すと、携帯を耳に押し当てた。

「おーい、静樹。元気?」

「ぶっ飛ばすぞっ! 何を呑気なこと言ってんだ。こっちは今、○ッキーに射殺されそうなんだよ」

「ああ、それなら丁度よかった」

「何がっ!?」

「だから、今静樹は調理室にいるんだろ。でも、残念。ノコはそこにはいないよ」

「何だって?」

「今入りたての新鮮ほやほやの情報さ。須藤さんが、家庭科部に連れられて外に行くノコを見かけたんだ。早くグランドに行ってみな。面白いモノが見られるよ」

「了解っ!」

 静樹は勢いよく電話を切ると、鬼のように連射されるマシンガンのタイミングを計り調理室のドアへと駆けだした。

「しまった、気付かれたかっ!」

 静樹の動向に、足止めに徹していた家庭科部のメンバーが必至になる。ポッキ○マシンガンをさらに二丁追加。凄まじい音が、調理室に轟いた。特にドアの部分は集中砲火だ。鋭い槍のような弾丸が、ドアに当たっては弾け飛ぶ。さすがの静樹も、おいそれとは飛び込めない。

 何か、何かないか!

 あたりを見回した静樹は、そこで絶好の盾を見つけ出した。

「アレだっ!」

 ドアに向かっていた静樹が、一転して今までいた所へ引き戻る。静樹の奇行に、緊張する家庭科部。しかし、狙いまでは分からず、対処が完全に遅れた。

「おうっりゃっ!」

 静樹が先ほど投げ込まれた特大大福を持ち上げる。

「しまった!」

 気付いたときにはもう遅い。静樹は大福を盾に疾走。的は大きいが、それは家庭科部渾身の力作で作った、凄まじい弾力を誇る大福もちだ。打ちこまれるポ○キーは次々と大福に吸い込まれ。威力を吸収され、静樹までは届かない。

「抜けた―っ!」

 大福を抱えた静樹はいよいよ調理室を突破し、グランドへと走り出した。

 だが、グランドで待ちかまえていたモノは、静樹の予想の斜め上を行くものだった。

「ここの家庭科部はバカなのか?」

 グランドに立ちはだかるお菓子の城。いや、城はいいさ。認めよう。ただ、なぜに天守閣にシャチホコまでのっている和城をチョイスした? うわ~、甘い香りのする堀には、鯉の形を模した羊かんまで浮いてるよ。

「はいはい。俺は姫様を狙うくせ者ってわけね。上等だっ!」

 もはや半分壊れかけた思考の中、静樹は堅焼き八ツ橋で作られた見事な門を蹴り破った。

「ものどもー。深山が現れたぞーっ。かかれ―っ!」

 ガッチガチに固めた極太アイスキャンディーや、先ほど静樹を苦しめた飴玉銃を手にしたノコファンが立ちふさがる。もちろん静樹は止まらない。ここぞとばかりに軽く拳を握ると、迷いなく集団の中へと切り込んだ。

「道を開けろ―っ!」

 冷気と共に振り降ろされたアイスキャンディーを打ち払い、体勢が崩れた男子の足をローキックで刈り取る。転ぶその姿を尻目に、静樹はアイスキャンディーを男の手から奪い取ると、狙撃された飴弾を撃ち落とした。砕かれるアイスキャンディーが太陽の光を反射しキラキラと光る。

 その隙をつき、静樹は一気に城内へと駆けこんだ。甘い、甘い香り。長くいると気持ち悪くなりそうだ。

 再び静樹の携帯が鳴る。相手は確認するまでもない。

「静樹、ノコは最上階だ。階段を見つけて駆け上がれ」

「さすが、京介。ナイスタイミング」

 通話を切った携帯をポケットにねじ込むと、静樹は眼に入った階段をなりふり構わず駆け上がった。

「待てぇ、深山。このノコファンクラブ、四天王が一人、爆炎の工藤が……ぐぎゃっ!」

「続けて登場! 四天王が一人、疾風のろ……うぼっ!?」

「ごきげんよう、深山君。何をそんなに慌ててるんだい。ここはひとつ、僕と一緒に豊かなティータイムでも。ふはははは、掛かったな。我こそは四天……ばぶべべべっ!?」

「ふふ、よくここまでたどり着いたな。わたしィタタタタタタタ。痛いよ―、おかーさーん!」

「バカしかいないのか? この学校はっ?」

 あまりに弱過ぎるヘンテコ四人衆をあっという間に撃破し、静樹はとうとう最後の襖に手を掛けた。

 取っ手に掛けた手が重い。ドクン、ドクン、ドクン。と、鼓動が嫌に大きく聞こえる。この襖を開ければ、もう後戻りはできない。

 けれど、静樹はその覚悟を持ってここまで来た。

「スゥ―……よしっ!」

 大きく息を吸い、静樹が自分に喝を込める。もう、迷わない。見失わない。忘れない。

 静樹は一気に最後の襖を押し開いた。甘い香りが一気に濃くなる。

 積み上げられたお菓子の山。その奥で、可愛らしいタヌキの尻尾が揺れている。前は調理室に置かれていた豪華なイス。

 ノコはそこに座って、すこし機嫌悪そうにカステラを口いっぱいに頬張っていた。その脇には、すぐにでも撃てるように猟銃が添えられている。

 静樹は今一度立ち止まり、胸に手を当て、軽く眼を閉じる。

 そして、静かな口調でノコに語りかけた。


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