(4)
――ざっざっざ……ボスンッ――
「あれ……?」
土を掘っていたスコップが、異様な感触を須藤の手に伝える。何度か勘違いした石の堅い手応えとは全く違う、なにか薄い膜を突き破った軽い手応え。スコップを引き抜いてみると、抉れた地面の先に、青い半透明のビニールが見えた。注意深くビニールの周りを削ってみる。
そして現れた、「第6年度卒業生3―3組み」の文字。
穴から顔を上げた須藤は、震える声で叫んだ。
「あ、あ、あ……ありましたーっ!」
「なにーっ! 本当かー、須藤―っ!?」
「はーい。間違いありませーん」
「「「「やったーっ!」」」」
大腕を振ったメンバーが、須藤のもとに駆け寄りタイムカプセルが埋まった穴を覗く。ビニール袋に包まれたタイムカプセルは、青いポリバケツだ。大野先生の言うとおり、地盤沈下で流されてきたせいか、横向きになっ埋まっている。
「すごい。やったね、須藤さん」
「須藤、ありがとう。助かったよ」
「いえ。そんな……」
「パシャパシャ、パシャパシャッ。第一回タイムカプセル争奪戦の覇者、須藤結香選手。今の感想をどうぞっ!」
「ええ、えっと。今まで生きてきた中で一番嬉しいです!」
「たく。ほら、テメェら。ボケてねぇで、さっさと掘り起こすぞ」
和やかなボケボケムードに、小山先輩が鋭い一言を入れ再び気を引き締める。
ビシッとその場をまとめられた一同は、恥ずかしげに頭を掻くと、丁寧にポリバケツの周りを掘り始めた。何十年も埋まってたわりには、ポリバケツは思いのほかしっかりと原形をとどめている。きっと、何重にも覆われたビニール袋が腐食を止めていたのだろう。
全体の3分の2を掘り上げたところで、大野先生がポリバケツを抱え込む。
「よっこいしょっと」
大野先生が地面の上にポリバケツを持ち上げると、一同はお互いに泥だらけの顔を見合わせた。言い表せない達成感。自然と笑みが零れる。
そんな中、我慢できないと言った様子のツカサが「はーい」と大きく手を上げて宣言した。
「ねぇねぇ、開けちゃおうよっ!」
うわ~、それ言っちゃったか。と、一同が再び互いの顔を見比べる。全員興奮した様子のニヤけ顔。そうだ、せっかく掘り上げたのだから、中身を確認するくらいの役得があってもいいんじゃないか?
うずうずとみんなの賛同を待つツカサ。しかし、その意見には待ったが掛かった。
「いや、さすがにそれは止めとこう」
「え~、なんでさ。静樹」
「あのなぁ、ツカサ。考えてみろよ。お前がもしタイムカプセルを作ったとして、それをまったく別のヤツに開けられたいと思うか? 赤裸々に綴った手紙だって入ってるかも知らないだろ」
「も~。本当に真面目だなよね~、静樹って。そう言うのを見るから面白いのに」
「いや、よく言ったのであるっ!」
「「「「校長先生っ!?」」」」
全員の声が揃えて飛び跳ねる。声の方を振り向くと、そこには両手を組んだ校長先生がなぜか難しそうな顔をして立っていた。
突如現れた校長先生に、木の幹に腰掛けていた京介が、スコップのとっての部分に顎を乗せて何やらニヤニヤしながら訊ねる。
「おや、校長先生。奇遇ですね。こんなところに、どうして」
「ふ、ふん。作業が気になって見に来ただけである。これは、ワシが深山二年生に頼んだことであるからな」
動揺しながら口早に答える大道寺校長に、京介以外のメンバーが不思議そうに小首を傾げる。
大道寺校長は「ゴホンッ」と大きく咳払いをすると、厳格そうな目を細めて静樹に視線を流した。
「見つけて、くれたのであるな」
「は、はいっ。ま、見つけたと言ってもみんなのおかげでしたけどね」
はにかみながら土の付いた頬を掻く静樹に、周りのメンバーが恥ずかしそうに微笑む。
静樹はその全員と視線を合わせると、誇らしげに笑いながらタイムカプセルを大道寺校長へと差し出した。
「どうぞ、校長先生。頼まれていたタイムカプセル。確かに見つけ出しました」
「うむ」
鷹揚に頷き、大道寺校長が静樹の手からタイムカプセルをしっかりと受け取る。
大道寺校長は手に掛かる重みにどこか懐かしげに目を細めると、次の瞬間には一転して目をカッと見開き、山全体に轟くのではないかと思うような大声で宣言した。
「深山静樹二年生。貴殿はここにワシが題した全ての課題を突破した。よって、本校への入学を正式に認めるのである」
「「「ヤッターッ!」」」
静樹を初めとした全員が叫び、手を叩き合い、喜びを分かち合う。一歩引いた小山先輩は「フンッ」とどこか充実したように鼻を鳴らし、京介も満足した笑みを浮かべてその様子を見守っていた。
これで静樹は、全ての難関を突破したのだ。めでたしめでたし。
なんて、世界は都合よく回ってはいなかった。
山に満ちた祝福は、三条の放った何気ない一言で吹き飛んだ。
「でよぉー。結局静樹は誰と付き合うんだっ!?」
「「「え……あ。ああっ!」」」
再び全員の声が重なる。しかも、今回は全員が全員、見事なおマヌケ面を浮かべていた。
「「「静樹ッ!」」」
一拍置いて、全員の視線が静樹に集中する。
「え、あ、俺はっ……。ちょ、ちょっと待ってくれ」
静樹は大慌てで両手を顔の前で振ると、脳味噌が沸騰するのではないかという速度で思考を巡らせた。
そうだ、まだその大きな謎が残っていた。しかも、ここ最近は発掘作業が忙しくて、すっかり忘れていた。
ノコ、ツカサ、みのり。
そして、静樹が約束した帽子の女の子「のっち」。
最大にして最難の課題が、まだ解決していなかった。
一体、誰が本当に静樹と約束した子なのか?
静樹が約束した帽子の子は一人。のっちと呼んだ子も一人。
しかし、名乗り出た女の子は三人。
しかも、その全員との思い出が静樹にはあった。
よく考えろ、俺の脳細胞。一つ一つ情報を吟味、可能性を選出して、的を絞っていくんだ。
まず第一にハッキリさせなきゃいけないのは、三人のうち誰が間違っているかだ。静樹が約束した女の子が一人なら、残り二人は勘違い、もしくは嘘を言っているということになる。
でも、それは誰だ。それに、何のために? 静樹を慕ってか? いや、それでもそんなバレタときのリスクが高い嘘をわざわざ付いてくるか?
三人との思い出は、それぞれ静樹の記憶に合った。とても曖昧で不確かなものだけど、それは間違いない。
誰だ、約束した「のっち」は? そして、うそつき「のっち」は誰なんだ?
周りの視線が静樹を貫かんばかりに見詰めてくる。その中には、当然三人の視線もあった。
「静樹、ツカサとの約束。覚えてるんだよね」
「私も、静樹と約束しました」
「のっちは……ノコだからな」
どれもまっすぐで純粋で、それでもって少しだけ怯えた目。これが本当に、嘘を言っているこの目だろうか?
わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからないっ!
思考の渦が螺旋となり、さながら洗濯機の如く静樹の頭の中を掻き乱す。そして、あまりの混乱に静樹が目を回して倒れそうになった、そのとき。
「やれやれ。さすがに、もうタイムリミットだね。静樹」
『八斗高校の守銭奴』が、静かに腰を持ち上げた。
「京介っ!」
「静樹、とっておきの情報があるんだけど。買うかい?」
「……い、いくらだ?」
「そんなに警戒するなよ。幼馴染割引が適用して、ほんの七千円さ」
「なんだよ、その微妙にリアルな金額は!」
「一万円の三割引きだよ。んで、払うの? 払わないの?」
手を差し出す京介に、静樹が歯噛みする。正直、今の静樹の手元に七千円もない。情報は買いたいが、お金がないのでは、どうしようも……
「その情報、私たちが買います」
「な、お前らっ?」
みのりとその脇にいたツカサ・ノコが、各々の可愛らしい財布を取り出して立ち並んだ。
「その情報を一番欲しいのは私たちだもんね~。そろそろ、ハッキリさせたいしさ」
「ノコで決ってる」
「おやおや。じゃあ、綺麗に割り切れるように特別で六千八百円でいいよ」
挑むように並んだ三人に、京介が商い師のスマイルを浮かべて手を差し出す。だが、
「だ、ダメだっ!」
そこに静樹の鋭い声が飛んだ。
「自分が欲しい情報を、他人に、しかも女の子に払わせられるかよ」
「まぁ、そう来ると思ったよ。でも、どうするんだい、静樹。どーせ、お金持ってないんだろ」
「うっ。しゅ、出世払いで」
「ダメ。お金はしっかり支払わないとね」
「な、ううぅぅ……」
低く唸りながら頭を抱える静樹。京介の目には、一切妥協がない。ここは本当に払わないと情報を教えてくれないだろう。
苦悶の表情を見せる静樹に、実に意外なところから助け船が現れた。
「では、ワシが立て替えるのである」
「ええっ。校長先生?」
名乗り出たのは、ここまで静樹を散々追い込んできた大道寺校長だった。大人らしいシックだが高級感のある財布を取り出し、中から数枚の紙幣を抜き取る。
「こ、校長。そんな悪いですって。止めてくださいよ」
「なんの、これはタイムカプセルを見つけてくれたお礼である。これは、真摯で誠実で寛大な大人として当り前の行動であるよ。それに、深山二年生。――子供は、大人の行為には素直に甘えるものである」
「あ、はい……」
反論を許さない口調で静樹を制した校長が、手に取った紙幣を静樹に渡しながら、小さく呟く。
「これで、貸し借り無しであるよ」
「え……校長何か言いました?」
「ふ、ふん。空耳であろう」
慌てて取り繕う大道寺校長。その前では、京介が小さく肩を揺らしながら笑っていた。
「それで、戸口二年生。情報をいただきたいのである。ここにいる深山二年生が約束した、その『のっち』という女子は、いったい誰であるのだ?」
大道寺校長の問いかけに、静樹に向いていた視線が今度は京介に集中する。
京介は丁寧にもらったお金をしまうと、「まぁ、まずは幾つかヒントを出していきましょうか」と、どこか探偵のような雰囲気を醸し出しながら眼鏡を押し上げた。
「そもそも、今回のことは静樹の悪癖が招いたことなんですよ」
「深山二年生の悪癖……。『人の名前と顔を覚えない』という、アレであるか?」
「その通りです。これが、重要なヒントです。そして、もうひとつ。今回の謎を解くカギは……『嘘をついているのは一人だけ』ということです。さぁ、それではシンキングタイム・スタート」
京介が指を鳴らし、突然始まったクイズ大会。京介以外の全員が、提示されたヒントを元に考え始める。静樹ももちろん考えていた。だが、とにかく分からないことがある。
『嘘をついているのは一人だけ』……二人じゃないのか?
その場にいた全員が、それぞれ思考を巡らせる。しかし、軽々には発言が出来ない。京介は『嘘をついているのは一人だけ』と言っているが、逆に言えば残りは本当のことを言っているのだ。根拠もない疑いは、相手てを傷付ける。
「ブブ―。時間切れだね」
だれも答えを出せないまま、京介のシンキングタイムは終了した。
「じゃあ、そろそろ解答タイムといこうか。ときに、須藤さん。もし須藤さんが『人の名前と顔が覚えられなかった』としたら、どうやって相手を判断する?」
「え、わたし? えっと……喋り方とか、あとは何か特徴的なものを探すかな」
「そう。子供の時の静樹はまさにそうだった。顔と名前がなかなか覚えられないから、名前は本名じゃなくて『あだ名』。顔は、顔じゃなくて『帽子を被ってる』ってだけで判断してたんだ。つまり……」
一度言葉を区切った京介が、ノコ・ツカサ・みのりの三人を見渡す。
「静樹は、ノコ・ツカサ・みのりの三人を、一人の『のっち』っていう女の子として接してたんだよ」
「「「……はあっ!?」」」
京介の言葉に、その場にいた全員が口をあんぐりと開いて固まった。
「いやいやいやいやいや、ちょっとまて、京介。いくら俺でも、それは……」
「無いって言えるのかい? そもそも、京介よく考えてみなよ。いくら仲がイイって言ったって、そんな毎日毎日遊べると思うかい? 家の手伝いだってあれば、遊べない日だってもちろんある。特にみのりなんて、実家の書道の稽古でなかなか外に出られなかったっていうのにさ」
「うぅっ……。じゃあ、俺は本当に……」
「そう、だから嘘つきは静樹」
「いや、でも。アレは、約束の件はどうなるんだよ?」
「それこそ、静樹の悪癖の極みみたいなものさ。静樹、君は帽子の子、のっちが何回も約束に来たって言ったよね」
「ああ、間違いない。だから、俺は約束だけはちゃんと覚えてたんだよ」
そうだ、これだけは譲れないと言う風に静樹が拳を握る。
そんな静樹を、京介はどこか憐れんだように見つめると、その視線を再び、ノコ、ツカサ、みのりの三人に向けた。
「ツカサ。ツカサは静樹の転校の日、いつ静樹の家に約束に行ったんだ?」
「あたし? あたしは、早かったよ。家の酒屋で朝の仕入れを手伝った後だったから、日の出と一緒くらいかな。その日、静樹を叩き起こしたのあたしだったしね」
「みのりは?」
「私は午前の稽古が終わった後だったので、お昼ですね。最後、静樹に慰められながら、一緒にご飯を食べましたから」
「最後にノコは」
「ノコは出発直前だ」
「じゃあ、三人に聞くけど。この中で二回以上静樹に約束に行った人はいるかい?」
「ううん」「いいえ」「行ってない」
京介の質問に、三人が揃って首を横に振る。辺りを満たす静寂。山鳥が――チュンチュチュン――と唖然とする静樹を見降ろして笑う。
その静寂を切り裂いたのは、般若のような表情を浮かべた沢木先輩だった。
「深山―っ。貴様という奴は、少し見直したかと思えばああぁぁぁぁっ! お姉さまの純情を弄びおってぇーっ!」
「ちょ、沢木先輩。締まってる、本当に締まってる」
「深山君。最低です」
「うーん、これはさすがに深山君に問題があるな」
「うむ、やはり、これは入校を取り消すべきか……」
「はぁ、俺は何でこんな奴に……」
それまで静樹の味方をしていた全員が、揃って冷たい視線を静樹に流す。まぁ、これはしょうがないだろう。自業自得も甚だしい。
そんな殺伐とした空気を一転させたのは、お腹を抱えたツカサの晴れ晴れとした笑い声だった。
「アハハハハハハハ。静樹ぃー。それはないよー。でも、ま。これでハッキリしたね」
「ハッキリって、何がだ?」
「つまり、あたしとノコとみのりは、全員対等ってことでしょ。つまり、静樹が選んだ子が静樹のお嫁さんになれるってわけじゃん。もちろん、男らしく静樹の方からね」
「そ、そんなのでいいのかよ?」
「あたしはいいよ。自信あるしね」
ふふ~んと、ツカサが鼻を鳴らしながら得意げに口に指先を当てる。数日前の保健室の一件、静樹(の頬)にキス。確かに、積極的という意味では、ツカサが一歩リードしているかもしれない。
「まぁ、もちろんハーレムエンドとかでももちろんいいけど。で、ノコとみのりはどうなのさ?」
余裕綽々といった態度で、ツカサがみのりとノコに話しを振る。こうなっては、ノコとみのりも黙ってはいない。
「も、もちろん私もそれで構いません。静樹はきっと私を選んでくれるから。ね、静樹。そうでしょ」
「ノコもそれでいい」
慌てた様子でアピールするみのり。いつものように憮然と、でも、どこか心配げにタヌキの帽子を目深に被るノコ。
もはや、静樹に選択の余地はない。
静樹は頭、身体、胸、に渦巻く様々な感情を大きく息を吸って黙らせると、今にも泣きそうなほど顔を真っ赤にしながら、それでもあくまで堂々と三人に応えた。
「わかった。ちゃんと、俺が選ぶ。でも、考える時間をくれ」
「ま、しょうがないよね。じゃあ、期限はゴールデンウイークが明けた最初の登校日、明後日まで。明後日中に、あたしたち三人の誰かにちゃんと告白すること。で、ノコとみのりもいいよね?」
「構いません」
「ふん、どうせノコに決ってる」
ここにきて覚悟を決めたノコとみのりが、挑むように強い光を目に宿して頷く。
期限は二日。
ここに静樹の最後の課題が決まった。




