(3)
何はともあれ、これで戦力は十分。早速タイムカプセルの捜索が始まった。いくつかのグループに分かれ、大野先生が分析してくれた地図の四方から掘り進める。
「お姉さま、こちらは滑りやすくなっているのでお気を付けください。ああ、それからもっと麦わら帽子は深く被りましょう。せっかくの白い肌にシミが」
「大丈夫ですよ、沢木先輩。私、これでも山っ子ですから。それよりも、頑張って掘りましょう!」
「だねー。静樹のために頑張ろうか。にしても、あ~あ、ノコいいな~」
「ツカサ。それは言わない約束ですよ。私だって、私だって……」
東を受け持った、みのり・沢木先輩・ツカサのチーム「部活道」
「静樹」
「ん? なんだノコ?」
「……ヘビが出たら、ちゃんと守れよ」
「ぁ、ああ。当たり前だろ。任せとけ」
「よし。その代わり、クマ・イノシシ・カッパが出たら任せろ。容赦しない」
「おいおい、カッパなんて出るのか?」
「エロガッパ」
「ああ、なっとく」
西を受け持った、ノコ・静樹のチーム「狩人姫と召使い」
「ところで、須藤君も深山君に惚れたクチなのかい?」
「ふぃなななな。何を、いってるんですかっ! 大野先生っ!」
「いや~、青春だねぇ~。そのカメラに深山君という思い出がいっぱい詰まってるわけだ」
「全然詰まってません。まだ、30と4枚だけで……ぁ」
「いや~、穴掘りった楽しいな~。今のは墓穴とも言うけどね~」
「大野先生っ!」
南を受け持った、大野先生・須藤のチーム「タヌキとカメラ」
「先輩。名前なんて言うんですか」
「小山だ」
「じゃあ、小山先輩。俺、ちょっと向こうの方に行って可愛い帽子っ子たちを盗撮してきます」
「行かすかっ! このボケっ! テメーも早く地面を掘りやがれ」
「そんなこと言わなくても、ちゃんと先輩にも現像してあげますから」
「テメェーの耳は飾りか? さっさとスコップ持てって言ってんだよ」
「あ、先輩見てくださいっ! 今、野永が麦わら帽子のツバを、恥ずかしそうにクシャッてしましたよっ! 可愛い、可愛すぎる。ああ、その隣じゃ。野々市が、まるで小学生の少年みたいに無邪気な顔して野球帽をクルッて。いわゆる本気モードですねっ! おおっと、西ではノコがぁぁぁ、何もしてないけど可愛い。あの、ダボッと帽子を被ってるのって、なんかこーう、胸にキュキュンってきませんかっ!?」
「そうか、わかったぞ。テメェーは耳じゃなくて頭が飾りなんだな。ああ、もう掘らなくていいぞ。俺がテメェーを埋めてやるっ!」
そして、北を受け持った、三条・三年生の小山のチーム「不良とエロガッパ」
静樹本人が呼びかけたわけではない。けれど、そんな静樹の下になんともバラバラなメンバーが集い、こうして山に不思議な笑い声が木霊する。怒る人も、笑う人もいる。しかし、その笑顔の輪の中にいた彼らは、みんなこの時を楽しんでいた。
「バカなっ。なんであるか、あれは?」
静樹たちに気付かれないように、遠くから隠れてその様子を盗み見ていた大道寺校長は、驚きを隠せない表情で呟いた。
それもそうだろう。もとより静樹を慕っていたノコ、ツカサ、みのりが手伝いに来たのならまだ分かる。クラスメイトの三条や須藤が手伝いに来たというなら、まだ納得もできる。
しかし、だ。
「なぜ、沢木書道部部長と、小山三年、それに大野地理教員までいるのであるか?」
沢木はみのりファンクラブの幹部であり、反静樹運動にも精力的に活動している。小山三年は担当教員からも聞かされたことのある不良問題児。とても、同じ不良仲間以外に手を貸すとは思えない。大野先生は無所属だとしても、この前の一件で大道寺校長の意向は知っているだろう。お土産品の罪状がなくなったとはいえ、まさか静樹に付くとは思ってもみなかった。
「むむむむむ。これは、一体どういうことであるか? なんで、静樹二年の下には、あんなに人が集まるのである?」
隠れていた木の幹を握りしめ、大道寺校長が困惑した表情で血涙を流す。
「そんなのことも分からないんですか? 校長先生」
「む、その声は! 戸口二年生っ!」
目の端をつり上げて振り返った大道寺校長に、「ども」と京介は軽い調子で手を上げる。その姿は、先ほど静樹の下に集まった生徒たちと同じくジャージ姿だった。
「そうか、なるほど。分かったのである。これはすべて、戸口二年生の情報操作であるな」
「そんなわけないですって。買い被り過ぎですよ」
「なんと。では、あれは一体どういうことであるか」
大道寺校長が楽しそうな笑い声を上げて採掘を続行している静樹たちを指差す。
「何で泣きそうなんですか」
呆れ気味に京介は静かに眼鏡を中指で押し上げると、とってもいい笑顔を浮かべて開いた手を差し出した。
「一万五千円になります」
「なんとっ! 高額なっ!」
「嫌ならいいですよ。また、別の情報屋に聞けばいいじゃないですか。聞ければですけどね」
「ぐぅ」
先日、別の情報屋に頼んでまったく役に立たなかった情報を掴まされたことを思い出し、大道寺校長が苦い表情を浮かべる。もちろん、静樹はその情報も入手していた。だからこそ、この値段なのだ。
「まぁ、校長先生はお得意さんでしたからね。特別に一万二千円でいいですよ」
「むっ。ホントであるか?」
「はい」
ホイホイと喰いついてくる大道寺校長に、――ふっ、ちょろいな――とにこやかに京介は心の中で呟く。先に大きな金額を提示して値引きするのは、交渉の常とう手段だ。
「じゃあ、お金はいつも通り口座に振り込んでおいてくださいね」
「うむ。これで交渉成立であるな。さっ、早く教えてほしいのである。深山二年生は、一体どうやってアレだけの人を集めたのであるか?」
両手を握ってズイっと前のめりになってくる大道寺校長に、京介は静樹たちの方へ視線を流すと、『守銭奴』というあだ名が似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「校長先生。静樹はね、特別なことしてるわけじゃないんですよ。当り前なことをしているだけなんです」
「バカなっ。そんなはずはないのである。深山二年生は、何か特別なことをしているはずである」
首を激しく横に振って否定する大道寺校長に、京介は「分からない人だなぁ」という風に溜息を漏らすと、すぐ近くの茂みに落ちていた空き缶を見ながら訊ねた。
「校長先生。もし普段歩いていてゴミが落ちていたら、先生ならどうしますか?」
「もちろん、拾って捨てるのである。当り前であろう」
「本当に? 絶対そうだと言い切れますか?」
念を押して訊ねる京介に、校長は視線を泳がせ歯切れ悪く答えた。
「それは、まぁ。拾わない時もあるかもしれないのである」
「当り前なことなのに?」
「うぐ。ええいっ、それがどうしたと言うのであるかっ?」
「キレないでくださいよ。つまり、それが静樹と校長先生との差なんですよ」
「ど、どういうことであるか?」
どこか怯みながら大道寺校長が聞き返すと、京介は先ほど見つけた空き缶を広いながら、どこか呆れたように、でも、どこか誇らしげに答えた。
「校長先生。静樹はね、こんな風にゴミが落ちているのを見たら、間違いなく拾うんですよ。同じように、自分がどんなに忙しくても、静樹は誰かに頼みごとをされたら手伝うんですよ。人に迷惑を掛けるような奴を見たら、黙っていられないんですよ。それで、どんな相手だろうと助けなきゃいけなくなったらなに振り構わず助けちゃうんですよ。これって、確かに当り前のことなんですよね。でもね、校長」
指先で空き缶を弄びながら、京介が小さく微笑む。
「当り前のことを当り前にできるって、特別なことを出来るよりずっと難しくて凄いことだと思いませんか?」
京介の言葉に、大道寺校長は何も答えることが出来なかった。「清く・正しく・美しく」。教員ならば、誰もが一度は生徒に言ったことがある言葉だ。だが、それを本当に実践できる者が、果たしてどれだけいるだろうか。
戸惑いを覚える大道寺校長に、京介はさらに続けた。
「静樹がこっちに戻ってきてから、やっぱり何人も僕の所に情報を買いに来たやつがいました。『なんで、静樹があんなにモテるんだ』って。そんな相手に、僕が言うことはいつも決ってます。『じゃあ、君も静樹と同じことやってみたら』って。まぁ、十人いて十人が出来ませんでしたけどね。別に、静樹は見た目がカッコいいとか、会話が上手いからモテるわけじゃないんですよ。ただ、当り前なことが当り前にやっちゃう、そんな静樹がカッコいいから、見る目のある人たちが静樹を好きになるだけなんです。ノコも、ツカサも、みのりも、あそこにいるみんなも。そして、この僕でさえも。――これが、僕の持つ情報です。では、これで」
空き缶を持参したゴミ袋へ入れ、京介が大道寺校長に軽く会釈して静樹たちの方へ歩き出す。しかし、すぐにその足を止めると、何かを思い出したように振り返った。
「ああ、そうそう。情報を買ってくれたおまけです。一ついいことを教えてあげますよ。静樹のヤツ、この最後の課題は、今までの課題より凄くやる気でした。何でだと思いますか?」
「なんで……であるか?」
背中を向けたまま訊き返す大道寺校長に、京介が呆れたように肩を竦めて答える。
「校長、静樹に『これは課題じゃなくて、お願い』っていったでしょ。あいつ、張り切ってましたよ。『絶対に校長のタイムカプセルを見つけ出して、思い出を届けてやる』って」
「それも……深山二年生にとって、当り前なことだからであるか?」
「ええ、おそらく。それが、たとえ自分を退学させようとしているファンクラブの親玉であってもね。と、これ以上は有料になるので、僕はこれで失礼します。僕も、たまには体を動かした方がいいですからね」
京介は二度と振り返ること無く、静樹たちの一団へと加わっていった。遠くから、にぎやかさを増した声が聞こえてくる。
大道寺校長は独り、胸の中に生まれたモヤモヤと戦いながら、遠くからその様子を眺め続けた。




