(6)
「あ~、肩凝った……」
夕暮れが空を橙色に染める放課後。正門の石柱に背中を預けた静樹は、心底辛そうな溜息を吐きながら腕を回して呟いた。みのりに連れられて行った書道部体験。一言で言うならば、あれは拷問だ。
ノコの家庭科部と同じく、書道部はみのりファンが席巻する部活だった。しかも、本人は知ってか知らずか静樹の指導を買って出るのだから、もはや静樹は体に叩きつけられる殺気に活きた心地がしなかった。
なぜか、沢木部長は「暇だったらまた見に来い。こき使ってやる」と最後に声を掛けてくれたが、あの部活の様子じゃ入部はほぼ不可能。つまり、タイムリミットは後一日となったわけだ。
そう、タイムリミットは後一日……
「どうすんだよ俺ぇええええーっ!」
現実を直視した静樹が、頭を抱えて蹲る。入部のメドはゼロ。限りなく濃厚になる退学。いや、改めて考えてみれば理不尽極まりない話しなのだが、勝負を受けた手前、言い訳は出来ない。男に二言はない!
いや、だがしかし。この現状はどうやって打破すればいいんだ? 静樹の脳裏に、京介が言った「0.075%」という数字が駆け巡る。
やはり不可能な賭けだったのか、と静樹が俄かに心が揺らいだ、その時。
――パシャッ、パシャパシャッ――
静樹の背後で、カメラのシャッターを切る音が連続で響いた。
音に引き寄せられ、静樹が石柱の影から生徒玄関へ続く道を覗き込む。そこでは、一人の女子生徒が一心不乱に夕焼けで燃えるように赤く染まった木々と、夜の訪れを感じさせる薄い紫の空をカメラに収めていた。
相変わらず人の顔と名前が覚えられない静樹は一瞬その女子が誰か分からなかったが、夕陽を受けて紅く染まったカチューシャには見覚えがある。「ああ」と小さく手を打つと、静樹はゆっくりとそのクラスメートのもとに歩み寄った。
「須藤」
「ひゃいっ!? み、深山君?」
「わ、悪い。驚かしたか」
なんとも可愛らしい悲鳴を上げた須藤に、静樹が慌てて謝る。まさか、そこまで驚くとは思わなかった。
「あ、ううん。大丈夫……。いや、ちょっとびっくりしたけど」
おどおどと答える須藤に静樹は小さく苦笑すると、彼女の持つ高価そうなカメラに目を向けた。
「俺、カメラのことは良く分かんねぇんだけど。それが一眼レフってヤツか?」
「あ、うん。でも、大したものじゃないよ。それに、これはおじいちゃんからもらった奴だから」
「へ~。それにしてもさっきは本当に真剣に写真撮ってたな。写真撮るのが好きなのか」
「好きって言うのもあるし。それに私、写真部だから」
「ああ、そう言えば前に言ってたな」
先週、書庫の整理を手伝ってくれた時のことを静樹が思いだす。あの時は、現像室に行く途中と須藤は言っていた。
それにしても、写真部か……。
写真。正直、静樹はあまり写真は撮ったりする方じゃない。デジカメだって持たないし、携帯のカメラでときどき撮るぐらいだ。
でも、さっき真剣に写真を撮っている須藤の姿は素直にカッコいいと思った。自分もあんな風になれるだろうか? 静樹の心に僅かにだが期待が生まれる。
静樹は、思い切って聞いてみた。
「なぁ、須藤。俺、写真部に入ってもいいか?」
「ええっ……」
静樹の言葉に、須藤が大きく身を引く。ああ、そうだよな。やっぱり、ダメだ……
「ホントッ!? 本当に写真部に入ってくれるの? 深山君」
諦めかけた静樹に、須藤は突然前のめりになると、感極まったように叫び出した。
「おとととと。どうした、須藤。いや、つーか。俺、入部してもいいのか?」
「大歓迎だよ。実は写真部先輩が卒業して三人になってて、新入生も今のところ一人しか入部届け出してくれてないの。だから、むしろ入ってください。お願いします」
「でも、俺が入ると部員同士ギクシャクするとかないか? ほら、俺。今何かと問題抱えてるから」
「ああ、それは大丈夫だと思うよ。今の写真部に三年生はいなくて、二年生は私と、三条君と、戸口君で。一年生はまだファンクラブとかには入ってないと思うから」
「ちょちょちょ、ちょっと待て。三条はデジカメでいつも撮ってたから分かるけど、戸ぐ……京介も写真部なのか」
「え、あ、うん。そうだよ。情報屋に写真は欠かせないとか何とか……」
「あ、そう」
どっと体の力が抜けた気がした。ということは、京介は静樹が助かる道を知っていたってわけだ。ただ単に意地悪で教えてくれなかったのか、それともギリギリまで引き延ばした方が高値が付くと思ったのか。まぁ、おそらくは後者だろう。
チャンスは身近にあるって、このことかよ。
静樹が悔しげに笑いながら、心の中で京介に毒づく。
しかし、なにはともあれ、これで静樹の第二の試練はクリアだ。
「じゃあ、俺も写真部に入る。入部届けは明日でいいか」
「うん。それじゃあ、私は今から三条君と戸口君に知らせてくるね」
「あ、いや。そこまでしなくても。て……行っちまったか」
静樹が声を掛ける間もなく、須藤は校舎へと駆けていく。よほど嬉しかったのか、静樹の声はまるで聞こえていなかった。
須藤の後ろ姿を見送って、静樹はもう一度大きく息を吐いた。一気に緊張が解ける。
「静樹。楽しそうですね~」
だが、その解けた緊張は、背後から掛けられた日本刀のような危うさを感じさせる声に一瞬で引きしまった。
「み、みのり」
静樹の背後には、般若のようなオーラを纏いながらそれでも清楚に微笑むみのりが、麦わら帽子を被って佇んでいた。




