(2)
生徒たちとすれ違いながら、静樹は玄関へ向かい靴を履き替える。さすがに三週目となると、いきなり襲ってくる輩は少なくなってきた。歩くたびに喧嘩を売られた先週が懐かしい。とは言え、まったくなくなったわけでもない。特に、校長なんかはしつこく待ち伏せを繰り返しているのだ。
下駄箱の影で息を潜め、静樹が外の様子を確認する。先週は外に出た途端、何の冗談かさるかに合戦の如く臼に仮装した大道寺校長が降ってきた。今日はさすがにいないようだ。飛び降りた時に痛めた脚がまだ完治していないらしい。
「ふぅ。さてと、今日はどこ回るかな」
短く息を吐いた静樹は、部活一覧表を眺めながら、ひとまずグランドの方へと足を向けた。八斗高校のグランドは広いし、学校の外には第二グランドもあるが、それでも全部の部活が一気に入ることはできない。結果、日替わりでグランドの使用権が移るのだ。
グランドに出ると、活気あふれる掛け声が木霊していた。しかも、妙に可愛らしいというか、甲高いと言うか……。よくよく見ると、今日グランドを使っている部活性は、女子生徒ばかりだった。
「あ、そうか。今日は月曜日か」
しまった、という表情を浮かべながら、静樹は髪を掻いた。基本的に八斗高校は月曜日がノー部活動デーなのだが、それでも部活をする部は多い。ただし、二頃は男子の部活がグランドの広域を使うので、月曜日のグランドは全域女子部活に開放する約束になっていた。
しかも、今は新たに入学してきた新入部員のかき入れ時。
つまり、春の日差しが降り注ぐグランドは、とてもピンク色な雰囲気に包まれていた。あっちこっちで日ごろよりも一オクターブ高い声がする。高学年は優しげに新入部員を呼び込み、ほんの一か月前まで中学生だった初々しい女子たちが、様々な部活の見学に回っている。よくよく見れば、グランドを取り囲むように、男子達が歓声を上げていた。
「アイツら、ノコたちを追い掛けてないと思ったら……」
苛立ちというよりは呆れた表情を浮かべ、静樹が部活一覧に目を通す。とりあえず、第一グランドを使用する部活はほとんどアウト。とすると、可能性があるのはテニスコートか体育館のどっちらか。確か、体育館も月曜日は女子優先だったはず。となると、残りはテニスコートだけ。
「テニスか……。苦手なんだよな~」
中学の時、体育館の室内テニスでボロボロだったことを思い出し、静樹が苦い顔を浮かべる。静樹は、極度のノーコンだった。テニスのラリーなら、打ったボールはパートナーから2メートル以上離れた所に跳び、野球でキャッチャーをすると、ピッチャーへの返球が出来ない。
散々悩んだあげ、静樹は自分のノーコンが奇跡的に治ったという微かな望みに賭けて、テニスコートに向うことにした。
テニスコートはグランドの向こう側、プールに隣接した四コートだ。さすがにグランドを突っ切るわけにもいかず、静樹は大きくグランドを迂回する。
「あぶねぇな……」
そのとき、ある男子達の一団が静樹の目に止まった。用具室の隣で何かのボックスを積み重ね、グランドの女子生徒たちに鼻を伸ばしている。その後ろには、棒高跳び用なのか、長い棒が用具室の壁に幾つも立てかけられていた。
隣を通り用具室に入る体操服姿の女子が、迷惑そうな表情を浮かべている。
こういう相手を見ると、声を掛けずにいられないのが静樹の性分である。
制服のカラーラインは白。三年生だ。
静樹は、出来るだけ相手を刺激しないように声を掛けた。
「あのぉー。すみません。そんなとこに乗ってたら、危ないですよ」
「はぁ? 何だお前、うっせーな」
「あ、コイツ。深山静樹だろ! 噂の」
「ああぁ~、あのジゴロ君か」
ニタニタと笑いながら、三人の中で長髪の男が静樹に向かって足下のボックスを蹴っ飛ばした。けたたましい音を立てて落ちる木製の箱。近くにいた女子生徒が悲鳴を上げる。
静樹は頬をピクリと動かすと、冷静にそのボックスをキャッチした。あまりに簡単にキャッチされ、 三年生の不良たちがギョッとした表情を浮かべる。
静樹は「ふぅ」と短く息を吐くと、丁寧にボックスを足下に下ろしながら、改めて三年生に視線を向けた。
自分たちに浴びせられた視線に、三年生たちの表情が強張る。
「すこし、イラっとしました。もう一度だけ言いますね、先輩。――危ないから、そこから降りろ」
敬語をやめた静樹に、三年生たちが悔しそうな表情を浮かべる。けれど、殴りかかるようなことは出来なかった。自分たちに非があることもそうだが、静樹の言葉には言い返せない凄味があった。
「くそっ。気分わりぃーな。いくぞっ!」
捨て台詞を吐き、三年生がボックスから降りようとした、その時。
「あ……」
ひとりが大きくバランスを崩した。
足を乗せていたボックスが傾き、地平線が消え視界が空に覆われる。スローモーションで動く景色の中で、悪友たちが驚いた顔が遠ざかっていく。体を包む、嫌な浮遊感。必至に手を伸ばして何か棒のようなものを掴んだが、それも自分と一緒に倒れて行く。
頭の中が真っ白になった、次の瞬間。
三年生の身体は、地面に叩きつけられること無く、誰かの手によって受け止められた。
「だから、危ないっていったじゃないですか。先輩」
自分が今しがたバカにしていた静樹に助けられたと理解する前に、何かが大きく崩れ落ちる音が辺りに響き渡った。足下を見ると、すぐ傍で今までのっていた足場が大きく崩れている。静樹に支えられた彼は、今自分が落ちていたということを思い出しぞっとした。
「おまえ、何で?」
「何が『何で』なのか分からないんですけど」
静樹は支えていた三年生を自分の足で立たせると、大きく安堵の息を吐いた。
「よかったですね。怪我がなくて」
相手に怪我がないことを確認した静樹が、今度は崩れたブロックに目を向ける。そして、黙々と片づけ始めた。誰かに言われたわけでもなく。
一人で片づけ始めた静樹だったが、すぐに手伝いの手が伸びてきた。先ほど、三年生たちを迷惑そうに見ていた部活の女子たちだ。彼女たちは、不良の三年生たちには消して見せない表情で、静樹と共にブロックを戻し始めた。
「くそ。なんか、かっこいいじゃねかよ」
強がること、不良ぶることがカッコいいと思っていた三年生は小さく呟くと、遠くへ逃げた仲間を呼び戻し、自分たちもブロックの片づけに加わった。




