(11)
ざわざわ、がやがや
新学期おめでとうテストの翌日。普段ならすべて返却までに一週間は掛かっていたはずなのに、今回はもう全てのテストが帰ってきた。魂の抜ける先生たちを尻目に、生徒たちは階段わきに張られた番数上位者一覧表に殺到。最注目の人物の番数を確認する。
「おいおい、マジかよ」
「一体どんなマジックを使ったんだ?」
生徒たちの口から漏れるのは驚嘆ばかりだ。だれもが、予想を大きく覆した番数に目を白黒させている。
「どくのである。番数は、ヤツの番数はどうなったのであるか」
「あ、校長先生。おはようございます」
「校長ではない。ワシは通りすがりのサンダ―ロード親衛隊である。で、ヤツの結果は!」
朝から黄色タイツに身を包んだ大道寺校長が、生徒たちをかき分け番数表を確認する。マスクの間から覗く双眸が、見る見るうちに見開いた。
「バカなっ! どういうことであるか!?」
深山静樹の名前は、第7番の隣に確かに刻まれていた。
自分の策が見事に突破され、へなへなと腰を落とす大道寺校長。だが、本当のビックニュースはこの後に訪れた。
「校長先生っ。何朝から変な格好してるんですか? 大変ですよっ!」
「西沢学年主任。どうしのであるか、そんなに慌てて」
学年主任が心底慌てた表情で現れ、歓喜が入り混じった声で叫ぶ。
「凄いことが起きましたっ! 今回の新学期おめでとうテスト、学年成績が学校史上最高値を記録しました。この分なら、国公立や有名私立大も夢じゃない生徒がたくさん出ますよ! いったいどんな魔法を使ったんだって、近隣高校からの電話が殺到してます。すぐに校長室に戻ってください」
「こ、こら。相沢学年主任、引き摺るでない!」
学年主任に引き摺られた大道寺校長が、けたたましく電話が鳴る校長室へと連行されていく。
余談ではあるが、この静樹の転校を期に、八斗高校は全国でも有数の進学校として名を轟かせるようになるのだった。
「ふぁぁ~。なんとか、助かったな」
「お疲れ、静樹。でも、本当にどんな魔法を使ったんだ?」
静樹が疲れた体を机に預けていると、アイフォンを片手に持った京介が心底不思議そうな表情を浮かべて現れた。
京介の見立てでは、いくらあれから勉強濃度を増やしたとしても、静樹がトップ10に入れる可能性はなかった。だから、本当は静樹に黙って裏工作をするつもりだったのだが。ふたを開けてみれば静樹は自力で課題を突破してしまったのだ。
「そっか、京介はあの時いなかったからな。ほらよ。これが魔法の正体だ」
そう言うと、静樹はカバンの中に手を突っ込み、数冊のノートを取り出して京介に差し出した。
「これは……まさか?」
受け取ったノートを確認した京介の表情が驚愕に染まる。静樹の差し出したノートには、びっしりと授業の要点、テスト対策の例題が分かりやすい解説を加えて書きこまれていた。
「伝説の学習帳! 静樹、コレをどこで?」
「あの資料室だよ。偶然見つけてな。後で大野先生に聞いたら、『備品じゃないけと、手伝ってくれたし、貸出帳に名前を書いて借りてもいい』って言ってくれたんだよ」
静樹の言葉を聞いて、京介は「はは~ん」と小さく声を漏らした。大野先生なりの罪滅ぼしと言ったところか。
それにしても、情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。静樹が大野先生を手伝うと言いわければ、このノートが見つかることもなかっただろう。
「けど、それでも良く間にあったね」
「実際、ギリギリだったけどな。けど、やっぱり大切なのは地力だよ。それまでの下地の勉強のおかげで、なんとか追いついたって感じだ」
「なるほど、確かにそうかもね」
京介が頷く。静樹の言うとおり、静樹が最終的に課題を突破できたのは、静樹がそれまで真面目に勉強をこなしたからこそだった。いくら伝説の学習帳とは言え、まったく下地が出来ていない者がいきなり高得点を取れるほど優しくは出来ていない。それは、実際にノートを見ればよく分かる。要点をまとめてあるとはいえ、結局のところそれらを理解する理解力がなければ始まらないのだ。
静樹が相変わらずの真面目さに呆れた笑みを浮かべていると、静樹がグーッと両腕を天井へ向って突き出し、固まった体を解し始めた。まるで、昼寝明けのネコのようだな。
「これで第一関門突破だね。ご苦労さん」
「ああ、まぁな。つか、静樹ありがとな」
「なんだい、突然? 気色悪い」
「気色悪い言うなよ。金曜日の話しだ。ノコたちを呼んでくれたろ。助かったよ」
にこやかな笑みを浮かべる静樹に、京介は思わず顔を背けた。これだから静樹はタチが悪い。もともとは京介が作りだしてしまった厄介事なのに。
こんな奴だから、『八斗学園の守銭奴』と呼ばれた自分が懐柔させられたのだろう。
丸くなった自分に京介が溜息を漏らしていると、「あ~、でもなぁ」とどこか納得していない、というか悔しそうな声が静樹の口から洩れた。
「どうしたんだい」
「いや、番数のことだけどよ。アイツ、学年一番だったのか」
「ああ、そのことね。静樹、バカと天才は紙一重って言葉知ってるかい?」
悔しそうな静樹に、京介は笑いながら肩を竦めて答える。京介たちの学年には、一年生から常に不動の番数一番を叩きだし続ける男がいた。
「あ、雷道。今日も帽子が可愛いね。ハイ、チーズウギャアアアアアー」
静樹より上、学年番数一番の称号を取った三条は、猟銃の狙撃にダンスを踊りながら窓の外へと落ちて行った。




