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 一方、一人資料室に残された静樹は、積み重なった本を前に奮闘していた。まだ、貸出帳に記入する三分の一も見つかっていない。探してみると机の下や、棚の後ろにまで本が落ちていて、予想以上に時間を取られていた。

「あ~、終わるかな。これ」

 先行き不安な声を吐き出しながら、今度は机の引き出しに無造作にしまわれた本を取り出していく。と、ここで目当ての本を発見。『今蘇る戦国絵巻・第三章』。渋ッ!? いったい、誰が借りたんだか?

「えっと、い、い、い、……これだな。はい、返却っと」

「あれ……、深山君。何してるの?」

「ん?」

 突然掛けられて声に、静樹が首を回す。すると、資料室の半開きになった扉の隙間から、カチューシャを付けた女子生徒がカメラを抱えながら部屋の中を覗き込んでいた。

 だれ?

 心の中で静樹が呟く。いや、待てよ。「深山君」て言ったって事は、クラスメイトか。でも、見覚えが……

 とりあえず、愛想笑いで返す静樹。その心情を悟ったのか、女子生徒は控えめな口調で言った。

「あ、えっと。同じクラスの須藤だよ。副委員長の」

「あ、ああ~。了解了解。悪いな。俺、本当に人の顔と名前覚えられなくて」

「別に、気にしないでいいよ。私、地味だし……。それより、この前はありがとう。ゴミ、持ってってくれて」

「ああ、いいよいいよ。俺、ああいう雑用嫌いじゃないから。またなんかあったら言ってくれよ」

「あ……うん。ところで、深山君何してるの?」

「ん? ああ、……先生に頼まれて返却の確認と棚の整理だよ」

「先生? えっと、大野先生のこと?」

「そうそう、その先生。須藤は?」

「私はフィルムの現像に来たの。個の隣の部屋が写真部の部室で、現像室も兼ねてるから」

 カメラを少し持ち上げながら、須藤が隣の部屋を指差す。

「へ~、カメラ好きなんだな」

「うん」

 静樹の言葉に須藤は恥ずかしそうに微笑むと、少し躊躇いがちに言った。

「あの、深山君。よかったら、私も手伝っていい?」

「え、別にいいよ。現像に来たんだろ」

「急いでるわけじゃないし。この前の御礼かな」

「そっか、助かる。じゃあ、そこの棚の本を並べてもらっていいか」

「うん。ちょっと待ってて、カメラ置いてくるから」

 駆け足で須藤はカメラを片づけてくると、本の整理に加わった。

 物静かな放課後。差し込む夕陽が、部屋の中を赤く染める。

 自分で本の整理を手伝うと言った須藤だったが、内心は男の子と一緒にいると言う事実にドキドキだった。

 なにか、何か話さないと。

「えっと、深山君て。モテるんだね」

「なんだよ、藪から棒に」

「え、ああ。ごめんっ。あはははは、なに聞いてるのかな。私」

 自分で言ったことに驚きながら、須藤が何とかごまかそうと笑い声を上げる。

 静樹は対して気にした様子もなく作業を続けると、小さく苦笑した。

「モテるってわけじゃないと思うぞ。というか、なんでそうなるんだ」

「だって、ノコちゃんや野々市さんや、野永さんが」

「ああ、そのことか」

 曖昧に頷いた静樹は、昔の約束のことを説明しようと思ったが、止めた。さすがに、そこまで説明することじゃないし、結局ツカサとみのりが何で嘘を言ったのかも分からない。へたに話しを広めない方がいいだろう。

 静樹が話しを止める。すると須藤は、本を順番通りに揃えながら「ん~、でも、分かる気がするな」と静かに零した。

「分かるって、何が?」

「須藤君がモテる理由。須藤君、優しいもんね。この前のゴミのこともそうだし。いつも、みんなの仕事手伝ってくれるし」

「頼まれたら手伝う。当り前のことだろ。別に、大したことしてるつもりはないんだけどな」

 肩をすくめながら、またまた出てきた未チェック本を貸出帳に書きこむ。『トイレで読みたい傑作選。これであなたもすっきりお仕事』。ここの資料室は、いったいどこに向かっているのだろうか?

「当り前のことが当り前に出来るって、凄いことだと思うんだけどな……」

 静樹に聞こえないように、須藤が年代がメチャクチャになった歴史書の順番を直しながら呟いた、その時。

 不意に資料室の扉が横に滑り、小さな影が部屋の中を覗き込んできた。

 部屋の中の二人の視線が扉に集まり、タヌキの帽子を被って現れた人物の名前を呼ぶ。

「ノコ!?」

「ノコちゃん!?」

「………………」

 同時に名前を呼ばれたノコは、部屋の中を覗きこむなりピタッと固まった。大きな瞳がゆっくりと動き、まずは静樹を捉え、次に須藤に流れる。

 視線が移るにつれ、ノコの表情が徐々に変わっていく。初めはどこか満足げだった顔が、次第にショックを受けた顔となり、最後は不機嫌の極み。まるで睨み殺さんばかりの鋭い視線で静樹を睨みつけた。

「静樹、なんだこれは」

 相変わらずの可愛い声なのに、静樹はその声を聞いた耳が凍りつくような錯覚に陥った。怒ってる、ノコが怒っている。でも、なぜ?

 そこで、ようやく静樹自身も今の自分たちの状況を意識した。夕焼けが染め上げる部屋で、若い男女が二人きりで作業しているのだ。いくら真面目に仕事をしているとはいえ、傍から見れば勘探りの一つもしたくなるだろう。それが、好いている相手ならなおさらだ。

 静樹は慌てて両手を振り、声を上擦らせながら弁解した。

「待て、ノコ。話しを聞け。須藤には本の整理を手伝ってもらってただけで、何もない。な、ノコ。危ないから、猟銃しまってくれないか? な、な、な…………ウギャーっ!」

 静樹の弁解虚しく、ノコの猟銃が火を噴いた。

「天誅だ」

 静かに告げたノコの視線が、今度は須藤に滑る。しかし、その表情は怒りではなく、どこか拗ねたような表情だった。

「静樹はノコのだ。いくら美波でも、横取りは許さないぞ」

「そんな、横取りだなんて。ノコちゃん、本当に私は深山君を手伝ってただけだから」

「本当か?」

「うん。私じゃノコちゃんに嘘はつけないって」

「……わかった。信じてやる。ほら、静樹。何寝ている。さっさと仕事を終わらすぞ」

 銃口でぐりぐりと頭を押され、静樹が「あのなぁ」と不平を漏らしながらも立ち上がる。

 すると、ノコの後に続き、足音が資料室へと近づいてきた。

「静樹ぃー。手伝いに来たよー」

「静樹。早く終わらせて、勉強しましょう」

「ツカサにみのり!」

「じゃじゃじゃじゃーん。俺もいまーす」

「三条、お前までっ!」

 あっという間に増えた増援に、静樹は事態を飲み込めずぽかんとした表情を浮かべた。

「なんで、ここに?」

「京介からメール来たんだよ。静樹を手伝ってやれって」

「私のところにも」

「あいつ……。手伝わないとか言ってたくせに。三条もか?」

「いや、俺は帽子っ子が集まるって聞いてやってきた。こんなシャッターチャンスを逃すわけにいかねぇだろ」

「あっそうかい」

 三条の理由にはさすがに苦笑いするしかなかったが、これだけいればすぐに作業も終わるだろう。静樹は京介の澄まし顔を想像し小さく吹き出した。おそらく、ツカサ達がファンクラブの目を逃れてこれたのは、京介がその情報網を駆使し手まわしをしてくれたのだろう。

 心の中で京介に礼を言いつつ、静樹は集まった援軍に頭を下げた。

「じゃあ、悪いけど。みんな、手伝い頼むわ。俺とノコと三条は残りの未チェック書籍。ツカサとみのりと須藤さんは、棚の整理を頼む」

 静樹の号令を受けて、資料室の大整理が始まった。人海戦術とはよく言ったものだ。もしかしたら三時間は掛かるかもと覚悟を決めていた作業は、当初の二時間という予想すら上回って終了した。

「ふぅ~、片付いたな。みんな、ありがとう」

「いいよ、いいよ。あたしと静樹の仲じゃん」

「静樹にはテスト勉強を頑張ってもらわないと困りますからね。それで、勉強は順調ですか?」

「あ、ああ。まぁ……かなりキツイな。正直言うと」

 静樹は渋面を作りながら頭を掻いた。早く終わったことは嬉しい限りだが、どちらにしろ時間が足りな過ぎる。やはり、初日に参考書や問題集が買えなかったのは痛かった。課題を突破できるかどうかは別として、すくなくとも、今より効率は良かっただろう。

 できれば、何かいい参考書があれば……

 静樹がそう思った、その時だった。――ガチャン――と資料室に物騒な音が響く。音の方を見ると、ノコが三条に猟銃を突きつけていた。

「まて、雷道。話せばわかる。俺はただ、雷道たちの素晴らしい帽子っ子ぶりを後世に伝えたくて」

「ウザい。キモい。しつこい」

 男が言われて傷つくトップスリーを見事に言い募ると、ノコは躊躇わずに引き金を引いた。残念ながら全面的に同意だったので、他のメンバーは静観。「あふぃ、うぎゃん。うきゅーん」と、ノコの言うとおりウザい、キモい、しつこい(?)悲鳴を上げながら、銃弾を受ける三条が狭い資料室の中を踊り狂う。

 最後の銃弾を眉間に受けた三条は、そのまま壁にぶつかってぶっ倒れた。かなりの勢いでぶつかったため、振動で壁の上に立てかけられていた表彰状がガタガタと音を立てて降り注いだ。

「イタダダダダダ―。ふぅ、本の滴るいい男だよね~。あ。ごめん、撃たないで。あ、だめ、そこは。ピュギャ―ッ」

 もっとも受けてはいけない場所に銃弾を浴びせられ、三条が完全に沈黙する。

 さすがに少しだけ哀れに思いながら、静樹が、「あ~あ」と三条の上に振り積もった表彰状に手を伸ばす。

「あれ?」

「ん? 静樹、どうした?」

「いや、この表彰状。なんか変じゃないか?」

 静樹はその表彰状が入った額縁に違和感を覚えた。何というか、表彰状を入れるだけにしては分厚い気がする。

 試しに振ってみると、中で何かが動く音がした。厚みとぶつかる時の手応えから察するに、本のようだが。もしかしたら、まだ返却未チェックの書籍があったのかもしれない。

 念のため止め具を外して開いてみると、やっぱり本が入っていた。いや、本じゃない。ノートだ。

「うわー、なんか事件の予感がするね。静樹、早く開いてみてよ」

 目を少年のように輝かせたツカサが静樹を急かす。

「ああ、ちょっと待てよ。じゃあ、いち、にの、さん。でいくぞ」

 ツカサ以外も真剣な表情となり、ノートに注目した全員が静樹の言葉に頷く。

 代表を受け持った静樹は唾を飲みこむと、もう一度全員と目配らせしてから手に力を込めた。

「じゃあ、行くぞ。いち、にの…………。さん」

 静樹が賞状額の裏に埋もれたノートを開く。

「「「ええ、これってっ!?」」」

 次の瞬間、その場にいた全員の声が重なった。


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